この研究は、アルメニア、スロバキアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Journal of Microbiology Biotechnology and Food Sciences
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
何を目的とした研究か
肉は水分や栄養が豊富なため傷みやすく、乾燥・塩漬け・発酵といった保存の工夫が古くから重ねられてきました。論文の導入では、世界で生産される食品の約25%が収穫後や食肉処理後に微生物による腐敗で失われるという推定が引用されています。こうした課題への対応として注目されているのが「ハードル技術」で、温度管理や水分活性の低下、競合する微生物の利用といった複数の要因を組み合わせて有害菌の増殖を抑える考え方です。
この枠組みで中心的な役割を担うのが乳酸菌です。乳酸菌は有機酸やバクテリオシン(細菌がつくる抗菌性のペプチド)を生み出して食品のpHを下げ、腐敗菌やリステリア菌などの発育を抑えます。著者らはこの点に着目し、豚もも肉の熟成において、異なるスターターカルチャー(発酵の出発点として意図的に加える微生物)が脂質の酸化や脂肪酸の組成にどう影響するかを比較すること、熟成期間の短縮効果を比べること、そして全ゲノム解析によってその背景にある遺伝的な裏づけを示すことを目的として掲げています。
どのように調べたか
研究チームは、生後7か月・体重95kgの交雑豚(在来種×ランドレース)のもも肉を用い、4〜6℃・相対湿度75±5%の恒温恒湿チャンバーで熟成させました。試料は酸素を通す食品用フィルムに包み、好気的な条件下で自然な気体交換が起こるようにしています。豚もも肉を150gずつ4つに分け、それぞれ独立した発酵単位として処理しました。
比較したのは、伝統的な塩漬け(対照)、工業的に使われている市販のBactoFlavor® BFL-T0、Lactobacillus plantarum 66、そしてLacticaseibacillus rhamnosus 20-12の4条件です。L. rhamnosus 20-12はアルメニアの伝統的な塩水漬けチーズから分離された菌株で、高い塩濃度への耐性と低温での代謝活性を併せ持ちます。菌株は塩耐性(3.5% NaCl)と低温で増殖できる性質を基準に選ばれました。
脂肪酸の組成は、肉から脂質を抽出して脂肪酸メチルエステルに変換したうえで、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)で測定しています。熟成の到達点は一律の日数ではなく、pHがおよそ5.0に達した時点と定義され、各条件でその日に試料が採取されました。あわせて研究チームは、L. rhamnosus 20-12の全ゲノム配列を解析し、KEGGのGhostKOALAによる脂質代謝経路の同定、注釈済みゲノムからの抗酸化関連酵素の探索、BAGEL4とantiSMASHによるバクテリオシンおよび二次代謝産物の遺伝子クラスターの探索を行いました。統計解析は生物学的に独立した3反復を対象に一元配置分散分析で行われています。
報告された主な結果
熟成に要した日数は条件によって異なりました。目標pHに達したのは、伝統的な塩漬けで8日目、BactoFlavor®で7日目、L. plantarum 66で6日目、L. rhamnosus 20-12では5日目と報告されています。
脂肪酸ではオレイン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、リノール酸がいずれの条件でも主要な成分で、なかでもオレイン酸(一価不飽和脂肪酸)が最も多く、熟成の進行とともに顕著に増えました。伝統的な塩漬けでは熟成開始時の22.44%から8日目に43.31%へと増加し、L. rhamnosus 20-12では5日目に44.27%に達しています。つまり、より短い期間でより高い値に届いたことになります。著者らはこの「期間が短いのに脂質の組成はより好ましい」という関係を、変化が時間経過による受動的なものではなく、接種した乳酸菌の代謝活性によって主に駆動されていることの根拠として説明しています。
パルミチン酸とステアリン酸については、2つの乳酸菌株と工業用のBactoFlavor®との間に統計的に有意な差は認められませんでした。一方、オレイン酸とリノール酸ではL. rhamnosus 20-12とBactoFlavor®の間に有意差が見られ、両者は逆の傾向を示しています。L. rhamnosus 20-12区はリノール酸が最も低く(5.28%)、著者らはこれを代謝による変換、あるいは酸化からの保護の結果である可能性として述べています。多価不飽和脂肪酸であるリノール酸を熟成終了時に最も多く保っていたのはL. plantarum 66でした。
ゲノム解析からは、これらの現象を分子レベルで裏づけうる特徴が見つかりました。L. rhamnosus 20-12は脂肪酸生合成の開始と伸長にあたる一連の酵素群(KEGGモジュールM00082とM00083)を完全に備えていました。抗酸化の面では、チオールペルオキシダーゼやグルタチオンペルオキシダーゼを含む複数のペルオキシダーゼに加え、6種類の異なるNADHオキシダーゼが同定され、活性酸素種を処理する重複した仕組みを持つことが示されました。マンガン依存性のスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)は見つかりませんでしたが、著者らはこれが細胞内のマンガンで代替する乳酸桿菌に共通する性質であると説明しています。抗菌面では、エンテロシンX、LSEI_2386、カルノシンCP52を含むクラスII多ペプチド型バクテリオシンのクラスターと、RiPP様の生合成遺伝子クラスターが同定されました。カルノシン類はリステリア・モノサイトゲネスに対する活性で知られる物質です。
この研究が示すこと
同じ豚肉でも、熟成に用いる微生物を変えることで到達までの日数と脂質の組成がともに変わり得ることを、この研究は実測値とゲノム情報の両面から示しました。とくにL. rhamnosus 20-12では、短い熟成期間でオレイン酸が最も高い水準に達し、その背景に脂質代謝と抗酸化に関わる遺伝子群、そして抗菌ペプチドの遺伝子クラスターが備わっていることが確認されています。
著者らは、従来の食品科学の手法と全ゲノム解析を組み合わせることが、高い性能を持つスターターカルチャーを選び出すための確かな枠組みになると結論づけています。なお本研究では官能評価(実際の味や香りの評価)は行われておらず、風味に関する記述は既存の文献に基づく仮説として位置づけられています。
著者:Hasmik Grigoryan(Armenian National Agrarian University, Department of Biosciences and General Chemistry, Yerevan, Republic of Armenia)、Gayane Marmaryan(Armenian National Agrarian University, Research Center for Farm Animal Breeding, Genetics and Nutrition, Yerevan, Republic of Armenia)、Yuri Marmaryan(Armenian National Agrarian University, Research Center for Farm Animal Breeding, Genetics and Nutrition, Yerevan, Republic of Armenia)、Kristina Karapetyan(National Academy of Sciences of the Republic of Armenia, Scientific and Production Center «Armbiotechnology», Yerevan, Republic of Armenia)、Anna Mkhitaryan(National Academy of Sciences of the Republic of Armenia, Scientific and Production Center «Armbiotechnology», Yerevan, Republic of Armenia)、D.S. Navasardyan(Armenian National Agrarian University, Research Center for Farm Animal Breeding, Genetics and Nutrition, Yerevan, Republic of Armenia)、Anton Kováčik(Slovak University of Agriculture in Nitra, Faculty of Biotechnology and Food Sciences, Institute of Applied Sciences, Nitra, Slovak Republic)、A. A. Hambardzumyan(National Academy of Sciences of the Republic of Armenia, Scientific and Production Center «Armbiotechnology», Yerevan, Republic of Armenia)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Hasmik Grigoryan, Gayane Marmaryan, Yuri Marmaryan, et al. IMPACT OF STARTER CULTURES ON LIPID OXIDATION AND FATTY ACID PROFILE OF PORK MEAT MATURATION. Journal of Microbiology Biotechnology and Food Sciences 2026-09-11. DOI: 10.55251/jmbfs.14611. 原著ライセンス:CC BY.