著者の所属・活動拠点の国は、ウクライナです。
掲載誌:Reproductive Endocrinology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
戦時下の妊婦が受けるストレスを整理する
2022年2月24日に始まったロシアによる全面侵攻以降、ウクライナの女性は妊娠の計画から出産、授乳までを戦争の中で過ごしています。著者らはこうした状況を「ストレスと結びついた妊娠」と捉えました。この論文は既存の研究や指針をまとめた文献レビューで、新たに患者を集めて調べた研究ではありません。目的は、戦争に伴う慢性的なストレスが妊娠前後の女性の体にどう影響するかを整理し、母子の健康を守るための予防策や対処法を考える手がかりにすることです。
著者らはストレスを、普段の負荷を超える刺激に対して体が示す反応と説明しています。この反応ではコルチゾールなどの「ストレスホルモン」が分泌されます。ストレスが長く続くと体を消耗させる「ディストレス」になります。論文は戦争を急性かつ慢性のストレス要因と位置づけ、妊娠の喪失や子ども、身近な人を失うことへの絶え間ない恐怖が、妊婦に大きな心理的負担を与えていると述べています。
コルチゾールと体の変化
レビューの中心は、副腎でつくられるホルモンのコルチゾールです。著者らがまとめた文献によると、慢性的なストレスはコルチゾールが高い状態を長引かせます。その状態は腹部の肥満、インスリン抵抗性、高血圧といった代謝や心身の不調と関連づけられています。さらにコルチゾールは、カルシウムや鉄の吸収、血液の凝固、糖や脂質の代謝、水分と電解質のバランスにも関わるとされています。
生殖への影響も取り上げられています。コルチゾールの上昇は、脳の視床下部が出すホルモンの分泌を抑えます。その結果、卵巣の働きや排卵、妊娠の維持に欠かせない黄体ホルモン(プロゲステロン)の産生が妨げられうると論文は説明しています。妊娠初期には流産の危険や貧血、つわりなど、中期から後期には早産、胎児の発育の遅れ、妊娠高血圧腎症などがストレスを背景に起こりうる合併症として挙げられています。
一方で著者らは、戦時下の妊娠初期における流産などの頻度について、信頼できるデータは現時点で文献上見当たらないと述べています。女性が住む場所を何度も移らざるを得ないことが、その理由の一つとされています。
ストレスをどう測るか
著者らは、コルチゾールの測り方によって分かることが違う点にも注目しています。コルチゾールは朝に高く夜に低いという一日のリズムで変動します。そのため、一度の採血でわかるのはその時点の値にすぎません。また血液検査では、たんぱく質と結合した分も含めた総量が測られます。
論文の整理では、唾液では体内で実際に働く「遊離型」のコルチゾールが測れ、急性のストレスや一日の変動をみるのに向いています。毛髪のコルチゾールは過去にさかのぼった蓄積を反映するため、慢性的なストレスの評価に役立つとされています。著者らは、検査法ごとに得られる値が異なるため、状況に応じて使い分ける必要があると指摘しています。
著者らの提言と、このレビューが伝えること
結論として著者らは、戦時下の妊婦には家族や医療者からの特別な配慮と、とりわけ心理面での支えが必要だと述べています。具体的には社会的支援、アートセラピー、運動や食事を含む生活習慣の見直しを挙げています。あわせて、妊娠を医学的に計画する重要性を強調しています。検査では、血液と尿のカルシウムとマグネシウム、血液の凝固の指標、必要に応じてコルチゾールを確認することを勧めています。そのうえで、ビタミンB6を組み合わせたマグネシウムやビタミンD3の製剤を、血中濃度を確認しながら個別に使うことを提案しています。
著者らは「妊娠は病気ではなく生理的な過程である」としています。ただし戦争の中ではストレスと結びついた状態になるため、一人ひとりに合わせた予防と経過の管理が求められると結んでいます。このレビューは、戦争という大きなストレスが妊娠に及ぼしうる影響を、ホルモンの働きを手がかりに見渡そうとした試みとして読むことができます。
原著論文の著者・所属:V.P. Mishchenko(Odesa National Medical University, Odessa, Ukraine)、V.V. Mishchenko(Odesa National Medical University, Odessa, Ukraine)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):V.P. Mishchenko, V.V. Mishchenko. Stress-associated pregnancy. Reproductive Endocrinology 2026-09-30. DOI: 10.18370/2309-4117.2026.85.16-24. 原著ライセンス:CC BY.