この研究は、ブラジルの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Microbiology Research
ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: Crossref
なぜ「減塩」と乳酸菌なのか
サラミのような発酵ソーセージづくりで、食塩(塩化ナトリウム)は味を決めるだけでなく、色や食感、微生物の制御にも関わる基本的な材料です。しかし著者らは、過剰なナトリウム摂取と高血圧や心血管疾患との関わりへの関心が高まり、ナトリウムを減らした食肉製品への需要が増えていると述べています。世界保健機関(WHO)は成人に対し、食塩として1日5g未満(ナトリウムとして2000mg未満)を推奨しています。とはいえ塩を減らすことは簡単ではなく、安全性や品質に影響しうる点が課題だと論文は指摘します。
著者らが着目したのは乳酸菌(LAB)です。乳酸菌は発酵を進めて酸をつくり、微生物学的な安定性に寄与し、風味が生まれる化学反応にも影響します。ただし論文は、乳酸菌は食塩の代わりそのものではなく、発酵を補助し保護する役割の菌として位置づけるべきだとしています。そのうえで本研究は、減塩した発酵ソーセージに異なる乳酸菌株を加えたとき、脂肪酸の組成と香気成分(揮発性化合物)がどう変わるかを調べ、風味の質への意味を探ることを目的としました。
6種類の試作品を20日間熟成させて比較
研究チームは6つの試作区をつくりました。標準的なナトリウム量の対照区(Con)と、5つの減塩区です。減塩区のうち1つはスターターカルチャーのみを用いたもの(NAR)で、残る4つには減塩に加えてそれぞれ異なる乳酸菌株――Lacticaseibacillus rhamnosus LGG、Lacticaseibacillus paracasei BGP1、Leuconostoc mesenteroides subsp. mesenteroides SJRP55、Lactiplantibacillus plantarum ST8SH――を接種しました。減塩区では食塩の一部を塩化カリウムに置き換えています(食塩2.5%に対し、減塩区は食塩1.88%+塩化カリウム0.62%)。原料は豚肉と豚背脂に砂糖、香辛料(白こしょう、にんにく、ナツメグ)などを合わせ、いずれの区にも共通のスターターカルチャーを加えました。
コラーゲンケーシングに詰めた後、温度と湿度を段階的に下げながら20日間熟成させ、20日目に試料を採取しました。脂質量はソックスレー抽出法で、脂肪酸組成はガスクロマトグラフ(GC-FID)で、香気成分はヘッドスペース固相マイクロ抽出とガスクロマトグラフ質量分析(HS-SPME/GC–MS)で分析し、統計解析と多変量解析(ヒートマップと階層的クラスタリング)で比較しています。なお、ここでいう揮発性化合物とは、空気中に飛びやすく香りとして感じられる成分のことです。
脂質はほぼ変わらず、香りは大きく変わった
論文の報告によれば、減塩と乳酸菌の接種は総脂質量に有意な差をもたらしませんでした。値は28.53%から29.53%の範囲で、統計的な差は認められていません。脂肪酸の全体的な組成も大きくは変わらず、どの区でも一価不飽和脂肪酸が最も多く、次いで飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸という順でした。ただし個々の脂肪酸には有意な違いがいくつか見られ、たとえば最も多いオレイン酸は38.38%から40.87%の範囲で、Lpb. plantarum ST8SH区が最も高く、Lbs. paracasei BGP1区が最も低い値を示しました。著者らは、今回は総脂肪酸を測定したのみであるため、脂肪分解活性や具体的な代謝の仕組みを直接結論づけることはできないと断っています。
一方、香気成分には減塩と乳酸菌の双方がはっきりした影響を与えました。全体で10の化学クラスに属する51種類の揮発性化合物が同定され、量の面ではカルボン酸類(有機酸)が最も多く、種類の多さではテルペン類(12種類)が最多でした。検出された化合物数は区によって47種類から51種類まで幅があり、最も多かったのはLpb. plantarum ST8SH区でした。カルボン酸類の相対的な割合は対照区の23.37%からLbs. rhamnosus LGG区の62.27%まで大きく開き、LGG株で有機酸の生成が高かったと報告されています。
多変量解析では試料が2つの大きなグループに分かれました。対照区とBGP1区が同じグループになったことから、著者らはBGP1株が香気成分の構成を対照区から大きくは変えなかったと解釈しています。残る減塩区がもう一方のグループを形成したことは、減塩そのものだけでも香気成分の構成を変化させるのに十分だったことを示すとされています。香辛料由来と考えられるテルペン類も区によって割合が異なり、主要成分のテルピネン-4-オールは2.23%から6.85%の範囲でした。相関の解析では、多価不飽和脂肪酸はアルデヒド類やアルコール類と正の関連を示し、カルボン酸類は主に微生物の代謝と結びついていました。ここで示されているのは関連であり、因果関係が確かめられたわけではありません。
この研究が示すこと
著者らは、選抜した乳酸菌株が風味に関わる生化学的な経路を株ごとに異なるかたちで調節しうることを、この結果が示していると述べています。脂質の量や脂肪酸の全体像をほとんど変えずに香りの構成だけを動かせるという報告は、塩を減らすことで損なわれやすい風味の面を、菌株の選択という手立てで補いうる可能性を指し示しています。どの菌をどう組み合わせるかが、減塩発酵ソーセージの香りの設計に関わる要素になる、という見取り図がここから読み取れます。
著者:Marcello Lima Bertuci(Graduate Program in Food, Nutrition and Food Engineering, São Paulo State University, São José do Rio Preto 15054-000, SP, Brazil)、Victoria Diniz Shimizu-Marin(Graduate Program in Food, Nutrition and Food Engineering, São Paulo State University, São José do Rio Preto 15054-000, SP, Brazil)、Carlos Alberto Alves Junior(Graduate Program in Food, Nutrition and Food Engineering, São Paulo State University, São José do Rio Preto 15054-000, SP, Brazil)、Livia Padilha Lima(Graduate Program in Food, Nutrition and Food Engineering, São Paulo State University, São José do Rio Preto 15054-000, SP, Brazil)、Svetoslav Dimitrov Todorov(ProBacLab, Department of Food Science and Experimental Nutrition, Faculty of Pharmaceutical Sciences, University of São Paulo, São Paulo 05508-090, SP, Brazil)、Suzana Caetano da Silva Lannes(Department of Pharmaceutical Technology, Faculty of Pharmaceutical Sciences, University of São Paulo, São Paulo 05508-000, SP, Brazil)、Ana Lúcia Barretto Penna(Department of Food Technology and Engineering, Institute of Biosciences, Humanities and Exact Sciences, São Paulo State University, São José do Rio Preto 15054-000, SP, Brazil)、Andrea Carla da Silva Barretto(Department of Food Technology and Engineering, Institute of Biosciences, Humanities and Exact Sciences, São Paulo State University, São José do Rio Preto 15054-000, SP, Brazil)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Marcello Lima Bertuci, Victoria Diniz Shimizu-Marin, Carlos Alberto Alves Junior, et al. Effects of Lactic Acid Bacteria Cultures on Lipid Profile and Volatile Compounds of Reduced–Sodium Fermented Sausages. Microbiology Research 2026-09-01. DOI: 10.3390/microbiolres17090186. 原著ライセンス:CC BY.