著者の所属・活動拠点の国は、ポルトガル、スペインです。
掲載誌:Sensors
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ食品の傷みを素早く知る技術が求められるのか
この論文は、発酵食品と非発酵食品の傷み(腐敗や劣化)を監視・検出する「スマート化学センサー」について、これまでの研究を整理した総説です。著者らは、食品の傷みがどのような仕組みで起こるのか、従来の検査法にどんな限界があるのか、そして新しいセンサー技術が何を手がかりに傷みをとらえようとしているのかを、既存の研究報告に基づいてまとめています。
著者らによれば、食品の傷みは大きく三つに分けられます。水分の出入りや温度変化、凍結による氷の結晶などで起こる物理的な傷み。酸化や酵素の働き、たんぱく質と糖が反応して色や風味が変わるメイラード反応などによる化学的な傷み。そして細菌や酵母、カビが食品の成分を栄養として増えることによる微生物的な傷みです。これらは互いに重なり合い、影響し合うこともあると論文は説明しています。
一方、従来の検査法には限界があると著者らは指摘します。微生物を培地で育てて数える方法は、信頼できる結果を得るまでに24〜72時間以上かかることが多く、熟練した人手と実験室の設備が必要です。生きていても培養できない状態の微生物を見逃し、微生物の量を少なく見積もるおそれもあります。ガスクロマトグラフィーや質量分析といった化学分析は感度が高いものの、高価な装置と手間のかかる試料の準備が欠かせません。人がにおいや見た目で判断する官能評価は主観に左右されやすく、はっきりした変化が現れる前の初期の傷みは見つけにくいとされています。こうした状況から、その場で素早く、継続的に食品の状態を把握できる技術が必要とされている、というのが本総説の出発点です。
センサーは何を手がかりに傷みを見つけるのか
論文では、スマート化学センサーを、特定の化学物質や物理化学的な変化を検出して数値化できる信号に変え、さらにデータ処理や通信の機能を備えた装置として紹介しています。包装の中や保管環境で連続的に測定し、そのデータを遠隔で確認したり、予測的な分析に使ったりできる点が、従来のセンサーとの違いとして挙げられています。
センサーが手がかりとする物質の代表例は、微生物が増えたり酵素が働いたりする過程で生じるものです。肉や魚介類、乳製品の傷みでは、アンモニア、硫化水素、二酸化炭素、トリメチルアミン(魚の生臭さの原因物質の一つ)などが放出されることが知られています。冷蔵下でも増える低温性の微生物が傷みの大きな原因になるため、こうした気体は品質低下の指標として注目されてきたと著者らは述べています。
においの元になる揮発性有機化合物(空気中に広がりやすい有機物)も重要な手がかりです。アルコールやアルデヒド、ケトン、エステル、硫黄を含む化合物などは、目に見える変化や人が拒否する段階よりも前に放出されることが多いため、早期の判定に役立つとされています。肉や魚では窒素や硫黄を含む化合物が、果物や野菜では熟成や老化に伴うアルデヒドやアルコール、エステルなどの変化が目立つと論文は説明しています。
このほか、ヒスタミンやチラミン、プトレシン、カダベリンといった「生体アミン」も取り上げられています。これらは細菌がアミノ酸を分解する際に生じ、魚や肉などたんぱく質の多い食品と強く関係するもので、毒性面からも重視されています。また、乳製品や植物性食品では、微生物が糖を発酵させて乳酸や酢酸などの有機酸をつくり、pH(酸性・アルカリ性の度合い)を下げます。逆に、たんぱく質が分解されるとアルカリ性の物質が生じてpHが上がります。そのためpHの変化も、鮮度や傷みの進み具合を示す重要な指標になるとされています。
センサーの材料と、色・電気・においのパターンで読み取る仕組み
著者らは、センサーの性能が検出部分に使う材料に大きく左右されると述べ、主な材料を整理しています。金や銀のナノ粒子は信号を強める性質があり、生体アミンや揮発性の傷み成分の検出に使われてきました。酸化スズや酸化亜鉛、酸化チタン、酸化タングステンといった金属酸化物半導体は、傷みで出る揮発性物質によく反応するため、多くのガスセンサーの基盤になっています。グラフェンやカーボンナノチューブは電気をよく通し表面積が大きいことから、ポリアニリンやポリピロールなどの導電性高分子は気体に触れると電気の通りやすさが変わることから、それぞれセンサー材料として研究されています。さらに、酵素や抗体、特定の分子の形を写し取った「分子インプリントポリマー」を組み合わせることで、狙った物質を選び分ける力を高める工夫も紹介されています。
分かりやすい例として論文が挙げるのが、pHによって色が変わる天然色素を使った指示薬です。アントシアニン(赤キャベツなどに含まれる色素)やクルクミン(ウコンの色素)は、pHの変化に応じて構造が変わり、目に見えて色が変わります。論文では、キトサン、コーンスターチ、赤キャベツ抽出物でつくったフィルムが、保存中の生の魚の切り身の劣化に伴うpH変化に反応したという研究例が紹介されています。
こうした色の変化を人工知能で読み取る研究も整理されています。画像認識に使われる深層学習などで色のセンサーのデータを解析し、95%を超える分類精度が報告された研究があると著者らは紹介しています。たとえば、pHで色が変わる色素を含んだゲルの小片を包装内に入れ、肉の傷みで出るアミン類による色の変化をスマートフォンのアプリが解析して鮮度を自動判定するシステムが報告されています。
さらに著者らは、傷みでは複数の物質が同時に生じることから、多数のセンサーを組み合わせて反応の「パターン」をとらえる方法にも注目しています。「電子鼻」は、それぞれ少しずつ異なる物質に反応するセンサーを並べ、その反応の組み合わせを「においの指紋」として統計手法や機械学習で解析し、鮮度の段階や傷みの程度を見分ける装置です。肉の保存中に出る微生物由来の揮発性物質を監視し、従来の微生物検査より早く傷みを検出した例や、パンや酒類の発酵の進み具合を追跡した例が紹介されています。液体中に溶けた有機酸などを電気化学センサーの組み合わせで調べる「電子舌」は、ワインやビール、発酵乳製品の評価に使われており、電子鼻と組み合わせることで食品の状態をより多面的にとらえられるとされています。
この総説から見えてくること
本総説は、食品の傷みを、においの成分や気体、pH、微生物がつくる物質といった化学的な変化から、素早く、食品を壊さずに、継続的にとらえようとする技術の広がりを示しています。発酵食品のように微生物の働きが品質に欠かせない食品も含め、材料の工夫、読み取りの仕組み、データ解析や通信との組み合わせが一体となって研究が進んでいる様子が整理されています。
同時に著者らは、センサーの安定性、周囲の環境による影響、品質の再現性、大規模な商業化、ナノ材料の安全性といった課題が残っていることも指摘しています。スマート化学センサーは従来の検査法の弱点を補う手段として期待される一方、実際に広く使われるにはまだ解決すべき点がある――それがこの論文から伝わる全体像です。
原著論文の著者・所属:Catarina Marques-Gomes(Chemistry Research Center-Vila Real (CQ-VR), Department of Agronomy, School of Agrarian and Veterinary Sciences, University of Trás-os-Montes and Alto Douro, 5000 Vila Real, Portugal; Instituto Universitario de Investigación en Recursos Agrarios (INURA), Escuela de Ingenierías Industriales, Universidad de Extremadura, Avd. de la Investigación, 06006 Badajoz, Spain)、Fernanda Cosme(Chemistry Research Center-Vila Real (CQ-VR), Department of Biology and Environment, School of Life Sciences and Environment, University of Trás-os-Montes and Alto Douro, 5000-801 Vila Real, Portugal)、Ivo Oliveira(Center for the Research and Technology of Agro-Environmental and Biological Sciences (CITAB), Institute for Innovation, Capacity Building and Sustainability of Agri-Food Production (Inov4Agro), Department of Agronomy, School of Agrarian and Veterinary Sciences, University of Trás-os-Montes and Alto Douro, 5000-801 Vila Real, Portugal)、Berta Gonçalves(Center for the Research and Technology of Agro-Environmental and Biological Sciences (CITAB), Institute for Innovation, Capacity Building and Sustainability of Agri-Food Production (Inov4Agro), Department of Biology and Environment, School of Life Sciences and Environment, University of Trás-os-Montes and Alto Douro, 5000-801 Vila Real, Portugal)、Teresa Pinto(Center for the Research and Technology of Agro-Environmental and Biological Sciences (CITAB), Institute for Innovation, Capacity Building and Sustainability of Agri-Food Production (Inov4Agro), Department of Biology and Environment, School of Life Sciences and Environment, University of Trás-os-Montes and Alto Douro, 5000-801 Vila Real, Portugal)、António Inês(Chemistry Research Center-Vila Real (CQ-VR), Department of Biology and Environment, School of Life Sciences and Environment, University of Trás-os-Montes and Alto Douro, 5000-801 Vila Real, Portugal)、Alfredo Aires(Center for the Research and Technology of Agro-Environmental and Biological Sciences (CITAB), Institute for Innovation, Capacity Building and Sustainability of Agri-Food Production (Inov4Agro), Department of Agronomy, School of Agrarian and Veterinary Sciences, University of Trás-os-Montes and Alto Douro, 5000-801 Vila Real, Portugal)、Reinaldo Gomes(INESC TEC-Institute for Systems and Computer Engineering, Technology, and Science, Rua Dr. Roberto Frias, 4200-465 Porto, Portugal)、Sílvia Afonso(Center for the Research and Technology of Agro-Environmental and Biological Sciences (CITAB), Institute for Innovation, Capacity Building and Sustainability of Agri-Food Production (Inov4Agro), Department of Agronomy, School of Agrarian and Veterinary Sciences, University of Trás-os-Montes and Alto Douro, 5000-801 Vila Real, Portugal)、Alice Vilela(Chemistry Research Center-Vila Real (CQ-VR), Department of Agronomy, School of Agrarian and Veterinary Sciences, University of Trás-os-Montes and Alto Douro, 5000 Vila Real, Portugal)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Catarina Marques-Gomes, Fernanda Cosme, Ivo Oliveira, et al. Smart Chemical Sensors for Monitoring and Detection of Spoilage in Fermented and Non-Fermented Food Products. Sensors 2026-08-16. DOI: 10.3390/s26165186. 原著ライセンス:CC BY.