著者の所属・活動拠点の国は、イラクです。

掲載誌:Bacteria

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

総説のねらい

γ-アミノ酪酸(GABA)は、たんぱく質の材料にはならないアミノ酸の一種です。哺乳類の脳や脊髄では、神経の興奮を抑える代表的な神経伝達物質として働いています。GABAを多く含む食品への関心は近年高まっていますが、この論文は新しい実験の報告ではありません。これまでに発表された研究を整理し、批判的に検討した総説です。

著者らが特に取り上げたのは、乳酸菌がGABAを作る仕組みと、その食品・健康分野での利用です。目的として、GABAを作る生化学的な経路と遺伝的な調節の整理、GABAを作る乳酸菌の多様性の評価、発酵条件の最適化や工業規模への拡大に伴う課題の分析が挙げられています。さらに、食品への応用と体への作用に関する証拠をまとめ、今後埋めるべき知識の空白を示すことも目的としています。

乳酸菌はなぜGABAを作るのか

人間にとってのGABAは神経の働きに関わる物質ですが、乳酸菌にとっての役割はまったく異なります。著者らによると、乳酸菌のGABA生産は、酸性の環境で生き延びるための仕組みです。菌はグルタミン酸からGABAを作ります。この反応を担うのがグルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)で、その際に細胞内の水素イオンを消費し、二酸化炭素を放出します。水素イオンが減ることで、細胞の内側が酸性に傾きすぎるのを防げます。

この酵素はビタミンB6の活性型であるピリドキサール5'-リン酸(PLP)を補酵素として必要とします。乳酸菌では、2種類の酵素と、グルタミン酸を取り込みつつGABAを外へ送り出す輸送体とが、一体の仕組みとして働いていると説明されています。この仕組みは酸性条件、とくに菌の増殖が落ち着いた時期に強まるとされます。

総説が繰り返し強調するのは、GABAを作る能力が菌の種や属で一律に決まるものではなく、株ごとに大きく異なるという点です。報告例はレビラクトバチルス・ブレビスやラクチプランティバチルス・プランタルムに偏っています。一方で、アフリカの発酵穀物やキャッサバ、インドや東南アジアの伝統的な発酵食品など、まだ十分に調べられていない環境からも有望な株が見つかっていると紹介されています。

生産条件と食品化の課題

著者らは、GABA生産に最も重要な条件としてpHを挙げています。酵素の働きはおおむねpH3.5〜5.0で高く、中性に近づくと大きく低下します。ただし、酵素が最もよく働くpHと、GABAが最も多くたまるpHが一致しない株もあるといいます。適した温度も株によって30〜55℃と幅があります。材料となるグルタミン酸(多くはうま味調味料のグルタミン酸ナトリウムとして加える)は、多すぎると菌の増殖を妨げることがあるとされます。

工業化の壁として指摘されているのは、発酵液からGABAを取り出して精製する工程の効率です。紹介された研究には、純度98.66%を達成しながら回収率が50%にとどまった例があり、高い純度と回収量の両立が難しいことが示されています。

食品への応用としては、高いGAD活性を持つ株を使ったキムチで520mg/L、カタクチイワシの魚醤で11.68g/Lといった報告が紹介されています。ただし著者らは、こうした高い値の多くは実験室で最適化された条件で、グルタミン酸ナトリウムを多く加えて得られたものだと注意を促しています。実際の製造にそのまま当てはまるとは限らないということです。GABAは濃度が高いとわずかな苦味を帯びる場合があり、風味との両立も課題とされています。また、グルタミン酸ナトリウムの添加を避けたいという消費者の意向に応えるため、酵母エキスや大豆など、もともとグルタミン酸を多く含む素材の利用も検討課題に挙がっています。

この総説が示すこと

著者らは、GABAの健康への作用について慎重な姿勢をとっています。食事から取ったGABAは血液脳関門(血液から脳へ物質が入るのを制限する仕組み)をほとんど通過しないと考えられています。そのため、腸と脳の連絡経路を介して作用する可能性が議論されているものの、決着はついていません。総説は、精製したGABA、GABAを多く含む発酵食品、生きた乳酸菌の作用を区別して評価する必要があると指摘しています。さらに、特定の食品を食べることとストレスの軽減や血圧、睡眠との因果関係を確かめた、大規模で厳密に設計されたヒト試験は不足していると述べています。

研究間で報告値を比べにくい理由として、測定法や実験の規模、単位の違いも挙げられています。この総説から伝わるのは、乳酸菌によるGABA生産が菌自身の生存戦略に根ざした現象であり、その成果は株と条件に強く左右されるということです。GABAを多く含む食品の価値を正しく見極めるには、統一された測定法と、現実の食品を使った検証が欠かせないと著者らは整理しています。

原著論文の著者・所属:Nawras Mohammed Al-Timeme(Department of Food Science, College of Agriculture, University of Basrah, Basra 61004, Iraq)、Shayma Thyab Gddoa Al-Sahlany(Department of Food Science, College of Agriculture, University of Basrah, Basra 61004, Iraq)、Ali Kudair Al-Rikaby(Department of Food Science, College of Agriculture, University of Basrah, Basra 61004, Iraq)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Nawras Mohammed Al-Timeme, Shayma Thyab Gddoa Al-Sahlany, Ali Kudair Al-Rikaby. Production of Gamma (γ)-Aminobutyric Acid by Lactic Acid Bacteria and Its Applications in the Food and Health Sectors. Bacteria 2026-08-04. DOI: 10.3390/bacteria5030047. 原著ライセンス:CC BY.