著者の所属・活動拠点の国は、ロシアです。
掲載誌:Molecules
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
ヨーグルトなどの発酵に使われる乳酸菌の一種、ストレプトコッカス・サーモフィルスは、冷凍して長期保存されることがあります。ただし、凍結と解凍の過程では、氷の結晶による物理的な損傷や脱水に加えて、活性酸素による酸化的な損傷が細胞に起こります。こうした損傷を防ぐ物質は凍結保護剤と呼ばれます。代表的なグリセリンやジメチルスルホキシドは効果が高い一方で、細胞への毒性があり、解凍後に取り除く手間がかかります。
そこで、安全性の高い天然由来の凍結保護剤が注目されています。植物に含まれるポリフェノールには抗酸化作用や細胞膜を安定させる性質が期待されますが、これまでの研究は主に動物や植物などの細胞が対象で、細菌に対する効果のデータは限られていました。研究チームは、バジルの葉から得たポリフェノールを多く含む抽出液がサーモフィルス菌の凍結保護剤として働くかを調べました。あわせて、その仕組みを成分分析と計算機シミュレーションで探りました。
抽出液の作り方と含まれる成分
著者らは、バジルの葉を70%または80%のエタノール水溶液で抽出しました。原料と溶媒の比率は1対15から1対40の範囲で変えています。抽出液に混じる葉緑素(クロロフィル)は、条件によって活性酸素の発生を促す可能性があります。そのため抽出液をマイナス25度で凍らせて冷たいままろ過し、葉緑素を取り除きました。論文によると、どの抽出条件でも60%を超える葉緑素が除去されました。
抽出液はいずれも、ラジカル(反応性の高い分子)を消去する抗酸化活性を示しました。ポリフェノールの総量は、没食子酸換算で1リットルあたり約1350〜2200ミリグラムでした。ただし、ポリフェノールが多い抽出液ほど抗酸化活性が高いとは限りませんでした。著者らはこの結果から、抗酸化作用の強さは含まれる成分の種類に左右されると考えています。
質量分析を組み合わせた分析では、ロスマリン酸、フェルラ酸、ルテオリン、アピゲニン、オイゲノールが確認されました。このうちロスマリン酸の信号が最も強く出ました。
計算化学と凍結試験で分かったこと
研究チームは量子化学計算(DFT)を使い、各成分の水酸基が水素原子を手放してラジカルを消去しやすいかを見積もりました。その結果、ルテオリンとロスマリン酸は水素を手放すのに必要なエネルギーが最も小さく、比較に用いたアスコルビン酸(ビタミンC)と同等かそれ以上に有望な抗酸化成分と評価されました。一方、アピゲニン、オイゲノール、フェルラ酸の抗酸化能はこれより低いと見積もられました。
凍結試験では、サーモフィルス菌を抽出液などの各保存液に入れてマイナス25度で保存し、解凍後の生き残りを調べました。比較対象は生理食塩水とショ糖液です。今回の条件では、この二つの対照の生存率は同程度でした。バジル抽出液を加えた条件は、全体として生存率が高まる傾向を示しましたが、効果の大きさは抽出条件やショ糖の有無で異なりました。最も安定して再現性よく生存率が得られたのは、70%エタノール・比率1対30で作った抽出液です。80%エタノール・比率1対15のように濃い条件では、効果が下がる場合がありました。抽出液とショ糖を組み合わせた一部の条件では、それぞれを単独で使うより多くの菌が守られました。
生きた細胞と死んだ細胞を色分けする蛍光染色でも、生存率の高い条件ほど膜が保たれた細胞の割合が多いという一貫した傾向が見られました。また、試した濃度範囲の抽出液は菌の酸を作る働きを妨げず、増殖を抑える濃度には達しませんでした。
さらに、細胞膜を単純化したモデル膜と各成分の相互作用を分子動力学シミュレーションで調べました。どの成分も膜の内部の中心までは入り込みませんでした。オイゲノールだけがやや深く入り込み、ほかの成分は主に膜と水の境界付近にとどまりました。ルテオリンは膜表面に特に多く集まり、ロスマリン酸とルテオリンは膜の脂質と最も多くの水素結合を作りました。
研究が示すこと
著者らは、バジル抽出液の保護効果が、主に氷の成長を直接抑えることによるものではないと考えています。抽出液が活性酸素を消去し、膜と水の境界で脂質と相互作用することに由来し、ショ糖のような従来の保護剤とは異なる、補い合う仕組みとして働く可能性を示しています。
ただし論文は、膜に関するシミュレーション結果は単純化したモデル膜に基づく仮説であり、実際の菌の膜で直接確かめたものではないと述べています。濃い抽出液で効果が下がった理由も確定していません。今回の研究は、適切な濃度に調整した植物由来のポリフェノール抽出液が、乳酸菌を凍結から守る天然由来の保護剤の候補になりうることを示した報告といえます。
原著論文の著者・所属:Valeria A. Pyanchenkova(Infochemistry Scientific Center, ITMO University, 9 Lomonosova Str., 191002 St. Petersburg, Russia)、Vladislav S. Filozop(Infochemistry Scientific Center, ITMO University, 9 Lomonosova Str., 191002 St. Petersburg, Russia)、Mikhail O. Volodarskiy(Infochemistry Scientific Center, ITMO University, 9 Lomonosova Str., 191002 St. Petersburg, Russia)、Dmitrii N. Borovikov(Infochemistry Scientific Center, ITMO University, 9 Lomonosova Str., 191002 St. Petersburg, Russia)、Olga L. Balabanova(Saint-Petersburg Institute of Emergency Care Named After I.I. Dzhanelidze, 192242 St. Petersburg, Russia)、Olga O. Osmak(Infochemistry Scientific Center, ITMO University, 9 Lomonosova Str., 191002 St. Petersburg, Russia)、Semen S. Kazarin(Infochemistry Scientific Center, ITMO University, 9 Lomonosova Str., 191002 St. Petersburg, Russia)、Pavel V. Nesterov(Infochemistry Scientific Center, ITMO University, 9 Lomonosova Str., 191002 St. Petersburg, Russia)、Ivan V. Moskalenko(Infochemistry Scientific Center, ITMO University, 9 Lomonosova Str., 191002 St. Petersburg, Russia)、Mariia S. Ashikhmina(Infochemistry Scientific Center, ITMO University, 9 Lomonosova Str., 191002 St. Petersburg, Russia)、Ekaterina V. Skorb(Infochemistry Scientific Center, ITMO University, 9 Lomonosova Str., 191002 St. Petersburg, Russia)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Valeria A. Pyanchenkova, Vladislav S. Filozop, Mikhail O. Volodarskiy, et al. Molecular Mechanisms of Basil (Ocimum basilicum L.) Polyphenol Extracts as Bio-Based Cryoprotectants for Streptococcus thermophilus: Chemical Profiling, DFT, Molecular Dynamics and Cell Viability. Molecules 2026-07-30. DOI: 10.3390/molecules31152661. 原著ライセンス:CC BY.