著者の所属・活動拠点の国は、韓国です。
掲載誌:Antioxidants
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
ヒ素は土壌や水に広く存在する有害な元素で、人の健康に対する発がんリスクが知られています。イネは他の穀物よりもヒ素を取り込みやすい作物です。水を張った水田の土は酸素が乏しく、ヒ素が土の中の水に溶け出して根に吸収されやすい形になるためです。
植物の体内では、硫黄を材料とする「チオール」と呼ばれる化合物がヒ素への防御に関わると考えられてきました。代表例は、細胞内の酸化と還元のバランスを保つグルタチオン(GSH)と、GSHから作られ、ヒ素と結合しうるファイトケラチン(PC)です。研究チームは、硫黄を十分に与えるとこうしたチオールによる解毒や抗酸化の働きが強まり、ヒ素の吸収量の増減にかかわらず、イネの苗がヒ素の害に耐えやすくなるという仮説を立て、検証しました。
何を調べたか
研究チームは、韓国のジャポニカ米品種「シンドンジン」の苗を水耕栽培で育てました。培養液の硫黄濃度を0、1、4ミリモーラーの3段階に分けています。葉が5枚の段階に達したところで、培養液に亜ヒ酸(3価のヒ素)を加えて15日間育て、ヒ素を加えない苗とも比べました。論文によると、1ミリモーラーは通常の栄養として必要な水準にあたり、0ミリモーラーは硫黄不足の状態です。
測定項目は、草丈や根・地上部の重さといった生育のほか、根と地上部のヒ素濃度、株あたりのヒ素の総蓄積量です。さらに、細胞を傷つける活性酸素や、細胞膜の傷みの目安となる物質(MDA)、GSHの前駆体であるγ-グルタミルシステイン、GSH、PCの量、窒素・リン・カリウムなど多数の養分の濃度も調べました。多くの測定値の関係は、主成分分析や相関ネットワークといった統計手法でまとめて解析しています。
主な結果
ヒ素を与えたイネは、草丈や根・地上部の重さが減り、葉先の黄化や根の発育不良が見られました。硫黄が不足した条件ではこの生育の落ち込みが特に大きくなりました。一方、硫黄を多く与えるほど生育は回復しました。地上部の重さは、4ミリモーラーでヒ素を与えない苗に近い水準まで戻りました。根の乾燥重量は、ヒ素を与えた条件でのみ硫黄の増加に伴って増え、119ミリグラムから202ミリグラムになったと報告されています。
注目すべきは、硫黄を与えた苗のほうが根でも地上部でもヒ素濃度が高く、株あたりのヒ素蓄積量も多かったことです。つまり、硫黄による害の軽減は、ヒ素の吸収を抑えた結果ではありませんでした。一方で、硫黄を与えた苗では、γ-グルタミルシステイン、GSH、PCといったチオール類が増え、特に根で顕著でした。また、活性酸素や細胞膜の傷みの指標は低下していました。
養分の組成は、組織や元素ごとに異なる形で変化しました。ヒ素を与えた条件では、硫黄やカリウム、マグネシウムなどが増え、マンガン・亜鉛・モリブデンなどの微量要素や根の鉄は減りました。研究チームは、硫黄が養分の吸収を一様に高めたのではなく、組織ごとに養分の配分を調整したと解釈しています。
この研究が示すこと
著者らは、硫黄がイネの苗のヒ素耐性を高める仕組みとして、ヒ素を締め出すことよりも、体内に入ったより多くのヒ素に耐える力を強めることが中心だと結論づけています。チオール類の増加と酸化ダメージの軽減が同時に見られたことから、チオールを介した解毒と酸化・還元の調節がその一端を担っている可能性があるとしています。
ただし、今回測ったのは植物体内のヒ素の総量だけです。ヒ素がどのような化学形態で存在するかや、ヒ素とチオールの複合体が実際にできているか、細胞内のどこにヒ素があるかは調べていません。また、PCの合成はヒ素そのものによっても誘導されるため、PCの増加の一部は、ヒ素が多く入ったことを反映している可能性もあると著者ら自身が述べています。さらに、実験は15日間の水耕栽培によるもので、実際の水田の複雑な土壌環境は再現していません。
著者らは食の安全の面からも注意を促しています。硫黄を与えると地上部のヒ素濃度が大きく上がったため、食用米を作るヒ素汚染水田で硫黄肥料をむやみに使うことには慎重であるべきだとしています。この研究は、ヒ素の害に耐えることとヒ素を体にため込むことは別の問題であり、両方を分けて考える必要があることを示しています。
原著論文の著者・所属:Ha-il Jung(Soil and Water Environment Division, National Institute of Agricultural Sciences, Rural Development Administration, Wanju 55365, Republic of Korea)、Myung-Sook Kim(Soil and Water Environment Division, National Institute of Agricultural Sciences, Rural Development Administration, Wanju 55365, Republic of Korea)、Eun-Jin Lee(Soil and Water Environment Division, National Institute of Agricultural Sciences, Rural Development Administration, Wanju 55365, Republic of Korea)、Tae-Gu Lee(Soil and Water Environment Division, National Institute of Agricultural Sciences, Rural Development Administration, Wanju 55365, Republic of Korea)、Theint Thandar Latt(Department of Plant Science and Technology, Chung-Ang University, Anseong 17546, Republic of Korea)、Jinwook Lee(Department of Plant Science and Technology, Chung-Ang University, Anseong 17546, Republic of Korea)、Chaw Su Lwin(Soil and Water Environment Division, National Institute of Agricultural Sciences, Rural Development Administration, Wanju 55365, Republic of Korea)、Bok-Rye Lee(Institute of Environmentally-Friendly Agriculture (IEFA), Chonnam National University, Gwangju 61186, Republic of Korea)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ha-il Jung, Myung-Sook Kim, Eun-Jin Lee, et al. Sulfur-Induced Thiol Metabolism Confers Arsenic Stress Tolerance Despite Increased Arsenic Accumulation in Rice Seedlings. Antioxidants 2026-10-15. DOI: 10.3390/antiox15101331. 原著ライセンス:CC BY.