著者の所属・活動拠点の国は、スイス、トルコです。
掲載誌:Frontiers in Agronomy
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
植物工場のように光や温度、養分をすべて管理しながら作物を育てる方式は、都市化や気候変動、農地不足への対応策として注目されています。なかでも高密度の垂直農場(バジルなどの葉物を何段にも積み重ねて育てる屋内農場)は、限られた面積で多くの収穫を得られる一方、成長を速めすぎると香りや風味のもとになる成分が薄まってしまう「収量と品質のトレードオフ」が課題とされてきました。今回、スイスのAgroscopeなどの研究チームが、料理やハーブティーで親しまれるスイートバジル(Ocimum basilicum)を対象に、この課題を環境の工夫と品種選びで乗り越えられるかを調べた研究を報告しています。
屋内の水耕栽培と従来の土耕栽培を比較
研究チームは、Elenora、Emma、Grand Vert、Prospera、Loki、Paoletto、Adi、Basilioという8品種のバジルを用意し、二つの栽培方式で育てて比較しました。一つは、10平方メートルの人工気象室内に設置した高密度の水耕式垂直農場で、LED照明(赤:青=2:1の比率、光強度200μmol/m²/s)や温度(明期25℃・暗期18℃)、湿度、二酸化炭素濃度(明期800ppm)まで細かく制御し、苗を浮かせた発泡フォームの穴に差し込んで1平方メートルあたり96株という密度で育てました。もう一つは、スイス・コンテイの実験農場にあるガラス温室での従来型の土耕栽培で、自然光と屋外に近い気候条件のもとで育てられました。両方式で収穫量、葉の生理状態、養分の蓄積量、精油(アロマ成分)の含有量などを測定し、品種による違いも調べています。
結果、水耕栽培は面積あたりの収量を土耕栽培より66%多い1平方メートルあたり1.53kgまで押し上げました。さらに注目されたのは、栽培にかかった日数まで考慮した「1日あたりの生産性」で、水耕栽培は1平方メートル・1日あたり90.3gと、土耕栽培の43.7gの2倍以上に達しました。これは水耕栽培が苗を育てる期間(土耕では4週間)を大幅に短縮できたことが大きく、乾物率(重さのうち水分を除いた実質量の割合)は水耕8.60%、土耕8.78%とほぼ同じだったため、単に水分を多く含んでいるだけでなく、実質的な生育スピードが上がっていたと考えられています。ただし、水耕栽培の株は葉と茎の比率で見ると葉の割合が60%と、土耕栽培(68%)より低く、密植による競争で茎が伸びやすくなる傾向も見られました。
気孔を閉じても光合成は落ちない、意外な養分の動き
植物の葉にある気孔の開き具合(気孔コンダクタンス)や蒸散量を測定したところ、水耕栽培の株は土耕栽培に比べて気孔コンダクタンスがほぼ半分(0.38→0.18 mol/m²/s)、見かけの蒸散量も半分以下(4.71→2.16 mmol/m²/s)まで下がっていました。成長スピードが2倍になっているにもかかわらず、水を節約するような控えめな振る舞いを見せていたことになります。それでも光合成システムの働き具合を示す指標(光化学系IIの量子収率)は両方式でほぼ同じ(約0.68)で、光合成の効率が落ちているわけではなかったと報告されています。研究チームは、密植された屋内環境が湿度や温度の面で植物にとって「快適」な微気候をつくり、無理に蒸散で体温を下げる必要がなくなったためではないかと考察しています。
養分の面でも興味深い変化が見られました。窒素とカリウムの葉内濃度は水耕栽培でわずかに減少しましたが、これは急速に増えるバイオマス(糖や繊維など)の量に対して、これらの養分の吸収が追いつかない「希釈効果」によるものと説明されています。一方でリンの濃度は水耕栽培で明確に増加しており、土壌中でカルシウムや鉄と結びついて吸収されにくくなるリンが、水に溶けた状態で常に根に触れられる水耕栽培では吸収されやすかったためと考えられます。さらに、蒸散量が減っているにもかかわらずカルシウムの葉内濃度はむしろ水耕栽培で高くなるという、通常の想定とは逆の結果も見られました。カルシウムは通常、蒸散の流れに乗って葉に運ばれる養分とされているため、この点は著者らも「生理学的なパラドックス」と表現しており、根が養液に絶えず触れていることや暗期の根圧が関係している可能性が示唆されています。
見た目の緑色も精油の量も、水耕栽培のほうが優れていた品種も
葉の緑の濃さを示すSPAD値(クロロフィル量の目安)は水耕栽培で有意に高く、見た目により濃い緑色の葉が育ったとされています。さらにバジルの商品価値を大きく左右する精油含有量(Clevenger式装置による水蒸気蒸留法で測定)についても、水耕栽培のほうが有意に多いという結果が得られました。つまりこの研究では、収量を増やしながら見た目や香り成分の質も同時に高められる可能性が示されたことになります。ただし、この傾向はすべての品種で同じように現れたわけではありません。AdiとProsperaという2品種は、1日あたりの生産性がそれぞれ158%、148%も伸び、精油量も大きく増える「高反応性」の品種だった一方、Paolettoなど従来の露地向け品種は生育の伸びが比較的控えめ(+69〜73%)で、水耕栽培の「快適さ」を品質向上にうまく結びつけられていなかったと報告されています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究はスイスの人工気象室と実験温室という特定の設備・気候条件のもとで行われたものであり、8品種のバジルという限られた対象での結果です。研究チーム自身も、水耕栽培の恩恵を最大限に引き出せるかどうかは品種ごとの遺伝的な特性(表現型の可塑性)に大きく左右されると述べており、環境を整えるだけでなく、その環境に適した品種を選ぶことの重要性を強調しています。今回の結果は一つの研究によるものであり、他の作物や栽培条件にそのまま当てはまるとは限らない点には注意が必要です。
今回の研究は、屋内型の集約栽培でも工夫次第で収量と品質を両立できる可能性を示した一例といえます。今後、より多くの品種や栽培条件での検証が進むことで、家庭や飲食店で使われるハーブの生産にどう活かせるかが見えてくるかもしれません。
原著論文の著者・所属:Gil Carron(Agroscope, Institute of Plant Production Systems)、Marilou Maret(Agroscope, Institute of Plant Production Systems)、Robert Farinet(Agroscope, Institute of Plant Production Systems)、Philip Bosshard(Yasaï)、Florentina Gartmann(Research Group Aquaculture Systems, Institute of Natural Resource Sciences, ZHAW Zurich University of Applied Sciences)、Nadine Rüegg(Centre for Food Production and Packaging, Zurich University of Applied Sciences)、Selçuk Yildirim(Centre for Food Production and Packaging, Zurich University of Applied Sciences)、Christoph Carlen(Agroscope, Institute of Plant Production Systems)、Zala Schmautz(Research Group Aquaculture Systems, Institute of Natural Resource Sciences, ZHAW Zurich University of Applied Sciences)、C. Camps(Agroscope, Institute of Plant Production Systems)、Daniel Tran(Agroscope, Institute of Plant Production Systems)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Gil Carron, Marilou Maret, Robert Farinet, et al. Trade-offs between yield, physiological performance, and quality in basil (Ocimum basilicum) cultivated in hydroponic versus conventional soil-based greenhouse system. フロンティアーズ・イン・アグロノミー (2026). DOI: 10.3389/fagro.2026.1866628. 原著ライセンス: cc-by.