世界各地で都市化が進み、農業に使える水や土地が限られていく中、限られた空間と資源で野菜を育てる技術への関心が高まっています。土を使わず、水に溶かした養分だけで植物を育てる「水耕栽培」は、そうした課題への対応策の一つとして注目される栽培方法です。今回紹介する研究は、パキスタンの都市部という具体的な条件のもとで、水耕栽培が実際にどれだけの収穫量や栄養価、水の使用効率をもたらすのかを、土を使った従来の栽培方法と比較して調べたものです。
研究チームは、パキスタン・ラワルピンディにある環境を制御できる施設で、2024年3月から6月にかけて実験を行いました。対象としたのはリーフレタス(品種名:グランドラピッズ)と葉物ホウレンソウ(品種名:ビロフレイ)の2種類です。栽培方法としては、養液を薄い膜状に流して根に触れさせる「NFT(栄養フィルム技術)」と、根を養液に浸したままにする「DWC(湛液水耕)」という2つの水耕システムを用意し、これらを従来の土壌栽培と比較しました。さらに水耕栽培では、養液の濃度(電気伝導度、EC)を1.5・2.5・3.5 mS cm⁻¹の3段階に分けて、濃度の違いによる影響も調べています。
研究でわかったこと
結果として、最も濃度の高い養液(EC3=3.5 mS cm⁻¹)を用いたNFTシステムが、出荷可能な収穫量(マーケタブルイールド)の面で最も優れていたと報告されています。具体的には、レタスで1平方メートルあたり4.2kg、ホウレンソウで同3.7kgとなり、これは土壌栽培と比べてそれぞれ133%、147%の増加に相当するとされています。
栄養面についても興味深い結果が示されています。水耕栽培で育てた野菜の硝酸塩濃度は、いずれも国際的な食品安全基準を十分に下回る範囲にとどまっていたとのことです。また、ビタミンCの含有量、葉の緑色の濃さを示す指標(SPAD値)、糖度などの可溶性固形分、そしてたんぱく質の含有量についても、土壌栽培に比べて水耕栽培の方が有意に高かったと報告されています。
水の使用効率についても大きな差が見られました。NFTシステムでの水の使用量は、従来の土壌栽培と比べて約90%少なく、収穫物1kgあたりで比較すると18.4リットルと186.3リットルという差があったとされています。都市部での水不足が深刻化する中、この水利用効率の違いは注目すべき点といえそうです。
コストの面では、水耕栽培による生産コストは土壌栽培よりも高くなる一方、農薬を使わない野菜として販売価格に上乗せ(プレミアム)が付くことで、経済的には良好な採算が得られたと報告されています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、パキスタンの都市部という特定の地域・環境条件のもとで、特定の品種(レタスの「グランドラピッズ」、ホウレンソウの「ビロフレイ」)を用いて行われた一つの研究であり、結果がすべての地域や品種、栽培条件に当てはまるとは限りません。また、要旨からは実験期間が2024年3月から6月までの一時期であることが分かりますが、それ以外の季節や長期的な運用における結果までは述べられていません。研究者らは、この結果はパキスタンの都市型食料システムに水耕栽培を導入する際の、地域に根ざした基礎的な根拠を提供するものだとしています。
まとめ
この研究では、NFTやDWCといった水耕栽培システムを用いることで、従来の土壌栽培と比べて高い収穫量と、ビタミンCなどの栄養価の向上、そして大幅な水使用量の削減が得られる可能性が示されました。硝酸塩濃度も安全基準内に収まっていたとされ、都市部における野菜生産の一つの選択肢として、今後さらに検証が積み重ねられていくことが期待されます。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:パキスタン都市部における制御環境下での水耕栽培レタスおよびホウレンソウ生産:NFTおよびDWCシステムの成長、栄養品質、水利用効率(トレンズ・イン・アニマル・アンド・プラント・サイエンシズ・2026年08月)