日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
掲載誌:Scientia Horticulturae
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
水耕栽培は土を使わずに液体の養液で植物を育てる方法で、収量の高さや環境の管理しやすさといった利点があります。しかし現在の水耕栽培は化学肥料に大きく依存しており、コストの増加だけでなく、養分の流出による水質汚染の懸念もあります。
そこで研究チームが着目したのが「液体消化液」です。これは、微生物が酸素のない状態で有機物を分解してバイオガスを生み出す「嫌気性消化」という処理の後に残る液体で、アンモニア性窒素やリン、カリウムなどの養分を多く含みます。論文によれば、消化液を十分に活用できれば世界の無機肥料使用量の5〜7%を置き換えられるとの推計もありますが、農地への散布には専用設備が必要でコストがかかり、廃水として処理されることも多いといいます。
一方で消化液には、アンモニアによる植物への害(薬害)の恐れ、養分濃度の偏り、弱アルカリ性のpHといった課題も指摘されてきました。著者らは、消化液を適切に希釈し他の養分を補えば、化学肥料の窒素の一部を置き換えながら生育を改善し、養分の利用効率を高めて環境負荷を下げられるのではないかと考え、レタスを用いて検証しました。
何をどう調べたか
消化液は、鶏ふんと米のもみ殻を処理する嫌気性消化装置から採取したもので、重金属は検出されませんでした。まず種子の発芽試験で薬害の有無を確認したうえで、水耕栽培の比較実験を行いました。
比較したのは5つの区です。標準的な養液である2分の1濃度ホーグランド液、市販の液体肥料、そして消化液を50倍・100倍・200倍に希釈した3区です。希釈の倍率は、合成肥料由来の窒素をそれぞれ30%・15%・7.5%置き換えることに相当し、いずれの区でも窒素・リン・カリウムなどの必須養分は標準養液と同じ水準になるよう補いました。家庭用の小型水耕栽培装置(有効容量2リットル)を用い、8日ごとに養液を交換して32日間育てた後に収穫し、生育量や成分を測定しました。播種から収穫までは49日間です。
さらに、養液中の窒素・リンの濃度変化を追って養分の吸収と除去を評価し、ライフサイクルアセスメント(LCA)という手法で環境影響も算定しました。LCAは、資材の生産から収穫までに生じる影響を積み上げて評価する方法で、ここではレタス1キログラムの生産を基準単位とし、地球温暖化の原因となる温室効果ガスの量(地球温暖化ポテンシャル)と、水域の栄養過剰を招く度合い(富栄養化ポテンシャル)を対象としました。
報告された主な結果
発芽試験では、希釈した消化液の発芽指数はいずれも90%を超え、薬害となる物質は認められなかったと報告されています。
生育では、窒素の30%を置き換えた50倍希釈区が最も良好でした。収穫時の重量は51.0グラムで、無機肥料の対照区の1.8倍、根の重量は4.0倍に達しました。光合成にかかわる色素(クロロフィルやカロテノイド)の含量も対照区の1.2倍程度に増え、可溶性糖は2.4倍、アミノ酸は1.3倍に増加しています。著者らは、こうした栄養面の品質向上は消化液を用いた水耕栽培ではこれまでほとんど報告されていない点だと述べています。一方、200倍まで薄めた区は対照区と同程度の重量にとどまり、薄めすぎると生育促進の効果が失われることが示されました。
養分の利用効率については、窒素78.6%、リン41.4%が植物に取り込まれ、無機肥料の対照区や既報の値を上回りました。生育が旺盛な時期には、養液中の窒素とリンの90%以上が減少したことも報告されています。LCAの結果では、合成肥料のみを使う従来方式に比べ、地球温暖化ポテンシャルが39〜45%、富栄養化ポテンシャルが27〜39%低下しました。
なお著者らは、今回の重量は商業規模の水耕栽培に比べると低く、収量の最大化ではなく養分利用の比較を目的とした小規模な実験設計であること、電力使用量などLCAの前提は実験室の条件に基づくものであり、商業運転へ当てはめる前に見直す必要があることを明記しています。
この研究が示すこと
この研究は、廃棄物処理の副産物として扱われがちな消化液が、適切な希釈と養分の補いを伴えば、水耕栽培の養分源として機能しうることを一つの実験系で具体的に示したものです。重要なのは「多く入れればよい」わけでも「全量を置き換える」わけでもなく、置き換える割合に最適な範囲があったという点です。
収穫量や成分の向上と、養分の回収率の高さ、算定された環境負荷の低減が同じ条件で同時に得られたことは、作物の生産性と環境への配慮が必ずしも対立しないことを示唆します。著者らはこれを、水耕栽培における養分循環の持続可能な戦略として位置づけています。
著者:Jing Xu(Graduate School of Science and Technology, University of Tsukuba, 1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki, 305-8572, Japan)、Gongye Che(Graduate School of Science and Technology, University of Tsukuba, 1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki, 305-8572, Japan)、Zhuoqi Xu(Graduate School of Science and Technology, University of Tsukuba, 1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki, 305-8572, Japan)、Yi Liu(Graduate School of Science and Technology, University of Tsukuba, 1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki, 305-8572, Japan)、Tian Yuan(Institute of Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba, 1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki, 305-8572, Japan)、Zhongfang Lei(Institute of Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba, 1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki, 305-8572, Japan)、Zhenya Zhang(Institute of Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba, 1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki, 305-8572, Japan)、Kazuya Shimizu(Bio-Resilience Research Project (BRRP), Toyo University, 48-1 Oka, Asaka, Saitama, 351-8510, Japan)、Bin‐Le Lin(Research Institute of Science for Safety and Sustainability, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, 16-1 Onogawa, Tsukuba, Ibaraki, 305-8569, Japan)、Mijung Kim(Technical Development Division, Endophyte Inc., Faculty of Agriculture, Ibaraki University, 3-21-1 Ami-machi, Inashiki-gun, Ibaraki, 300-0393, Japan)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jing Xu, Gongye Che, Zhuoqi Xu, et al. Valorizing liquid digestate by incorporating into hydroponics enhances lettuce growth, nutrient recovery, and reduces environmental emissions. Scientia Horticulturae 2026-09-24. DOI: 10.1016/j.scienta.2026.115190. 原著ライセンス:CC BY.