著者の所属・活動拠点の国は、アメリカです。
掲載誌:Frontiers in Plant Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
食べた野菜から栄養がどれだけ吸収されるかを調べるために
ホウレンソウなどの葉物野菜には、脂に溶けるビタミンであるビタミンE(α-トコフェロール)とビタミンK1(フィロキノン)が多く含まれています。しかし、野菜に含まれる量が分かっても、食べた人の体にどれだけ吸収されて使われるか(生体利用率)までは分かりません。吸収のされ方は、植物の組織の構造や、その人がもともと体に蓄えている栄養の量などに左右されるからです。
そこで役立つのが「内因性安定同位体標識」という方法です。植物が育つ過程で、自然界にはわずかしかない重い同位体(放射性ではない安定同位体)を栄養素の分子に組み込ませます。こうして目印の付いた栄養素は野菜の組織の中に自然な形で含まれるため、食べた後に体内で見つかった栄養素が、試験に使った野菜由来なのか、もともと体にあったものなのかを区別できます。
水素の重い同位体である重水素を含む水(重水)で植物を水耕栽培する方法は、二酸化炭素の同位体を使う方法のように密閉された特殊な栽培室を必要とせず、比較的手軽で費用も抑えられます。ただし著者らによると、これまでの研究では、培養液を循環させない「静置型」の水耕システムについて、そのまま実施したり応用したりできるほど詳しく手順を記した報告が見当たりませんでした。研究チームは、ホウレンソウを使って重水による標識の手順を確立して詳しく記述し、3回の独立した実験で結果のそろい具合を確かめることを目的としました。
ガラスビーズのトレイで育て、3回の独立した実験で検証
種子は塩素ガスで表面を殺菌した後、ロックウールに植えて重水を含まない培養液で7日間発芽させました。その後、芽生えを、根を支えるガラスビーズを敷いたトレイへ移しました。トレイには約0.7リットルの培養液を入れ、1つのトレイで約100株を育てています。培養液は、重水を含まないもの(対照)と、体積で約30%の重水を含むものの2種類です。30%という濃度は、重水の濃度が高すぎると植物の成長が妨げられることを踏まえ、過去の研究で成長を大きく損なわずに標識できたとされる水準から選ばれました。
重水の損失を抑えるため、トレイは湿度を保つドームで覆い、培養液の補充はふたに設けた専用の口からチューブと注射器で行い、トレイを開ける回数を減らしました。培養液には空気を送り続けて根に酸素を供給し、藻の発生を防ぐために培養液の表面は黒いシートで遮光しています。
実験は同じ栽培室・同じ条件で3回独立に行い、それぞれ重水トレイと対照トレイを1つずつ用意しました。栽培4週、5週、6週の時点で葉を収穫し、葉の重さ、ビタミンEとK1の含有量、そして分子の重さの分布を質量分析で調べました。
成長には影響せず、ほぼすべての分子に目印が入った
葉の重さ、ビタミンEの量、ビタミンK1の量は、いずれも4週から6週にかけて増えましたが、重水で育てたかどうかによる違いは統計的に認められませんでした。つまり、この条件では重水が成長や栄養素の量を目立って損なうことはなかったと報告されています。
目印の入り具合は、通常より重水素などの分だけ重くなった分子の割合で評価されました。自然に存在する同位体の影響は、ほぼ「重さが0〜2単位増えた分子」の範囲に収まると計算されるため、著者らは「3〜20単位重い分子」(d3〜d20)の割合を標識の指標としました。重水で育てたホウレンソウでは、この割合がビタミンEで98.7〜99.0%、ビタミンK1で97.0〜97.5%に達しました。一方、対照のホウレンソウではビタミンEで3.6〜4.6%、ビタミンK1で1.8〜2.1%にとどまりました。
重水素の入り方には幅があり、1種類の重さに集中するのではなく分布として現れました。その中で最も多かったのは、ビタミンEでは9単位重い分子、ビタミンK1では8〜9単位重い分子でした。また、3回の実験の間での標識割合のばらつき(変動係数)は、ビタミンEで0.1〜0.3%、ビタミンK1で0.1〜0.4%と、非常に小さいものでした。
詳しく記述された静置型の標識手順
この研究は、大がかりな設備を使わずに、ビタミンEとK1に重水素の目印を高い割合で組み込んだホウレンソウを育てる静置型の手順を、細部まで示したものです。同じ研究室で行った3回の実験では、目印の付き方がほぼ同じに得られました。一方で、他の研究室や他の実施者が同じ結果を得られるかは、この研究では確かめられていません。著者らは、この手順が、丸ごとの野菜から栄養素がどのように吸収・利用されるかを調べる研究に役立つ可能性があるとしています。
著者:Shahabeddin Rezaei(Human Nutrition Program, Department of Human Sciences, The Ohio State University)、Sisi Cao(Human Nutrition Program, Department of Human Sciences, The Ohio State University)、Min Zeng(Human Nutrition Program, Department of Human Sciences, The Ohio State University)、Maria Antonius(Human Nutrition Program, Department of Human Sciences, The Ohio State University)、Allyson Q. McHenry(Human Nutrition Program, Department of Human Sciences, The Ohio State University)、Richard S. Bruno(Human Nutrition Program, Department of Human Sciences, The Ohio State University)、Joshua J. Blakeslee(Department of Horticulture and Crop Science, The Ohio State University)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Shahabeddin Rezaei, Sisi Cao, Min Zeng, et al. Intrinsic deuterium labeling of spinach: a hydroponic method to enrich isotopic labeling of vitamins E and K suitable for human bioavailability studies. Frontiers in Plant Science 2026-10-14. DOI: 10.3389/fpls.2026.1915355. 原著ライセンス:CC BY.