あさりやはまぐりの汁物を飲んだとき、あの奥行きのあるうまみを「コハク酸」という成分だと聞いたことがある人もいるかもしれません。コハク酸は、貝類のうまみ成分として古くから注目されてきた有機酸です。貝類はコハク酸などの特有のうまみをもつとされ、貝でみそ汁や吸い物をつくるときはだしがいらないといわれるほどです。ただし、味への寄与の程度には学術的な議論もあるとされています。この成分、日本人の食事摂取基準には推奨量や目安量といった数値の基準がありません。ビタミンやミネラルのように「1日どれだけ摂るべきか」が決まっていない、いわば「量より個性」で語られる成分です。だからこそ、実際にどの食品に多いのかを数字で見てみると、意外な顔ぶれが見えてきます。

1位は貝ではなく赤ワインだった

成分表でコハク酸の含有量を比べると、ぶどう酒 赤が可食部100gあたり0.2g(推定値)で上位に立ちます。貝の代表格ではなく、まさかの赤ワインです。この赤ワインには酒石酸も可食部100gあたり0.2g(推定値)含まれており、これはぶどう由来の代表的な酸味成分の一つとして知られています。脂質はほぼゼロ、ナトリウムもごく微量という組成です。とはいえアルコール飲料である以上、量を重ねて楽しむものではありません。

0.1gに並ぶ顔ぶれ

赤ワインに続く可食部100gあたり0.1gの食品には、いくつもの顔ぶれが並びます。ここで注目したいのがちょうせんはまぐりです。貝類のうまみの代名詞とされてきたコハク酸ですが、当のはまぐり自身では赤ワインの半分の0.1gにとどまります。はまぐりはグルタミン酸などを多く含むため、上品で濃厚なうまみがあるとされていますが、コハク酸とどちらがうまみの主体かを裏付けるデータはここにはありません。つまり「貝のうまみ=コハク酸」というイメージそのものが、数字の上では少し違った姿を見せているのです。

同じ0.1gには、ぶどう酒 白ぶどう酒 ロゼも名を連ねます。ワイン3種がそろって上位に並ぶことから、コハク酸はぶどうの発酵過程と縁が深い成分らしいことがうかがえます。白は酒石酸とリンゴ酸がともに可食部100gあたり0.2g(推定値)、ロゼは酒石酸0.3g(推定値)とリンゴ酸0.2g(推定値)を含み、いずれも脂質はほぼゼロ、ナトリウムもごく微量という点が共通しています。

意外なのはドライマンゴーの登場です。果物のイメージからは酸味よりも甘みが先に立ちますが、実はこの食品の有機酸で最も多いのは可食部100gあたりクエン酸2.3gで、エネルギー代謝に関わる成分として知られます。コハク酸0.1gはそのおまけのような存在です。甘みの主役はしょ糖40.5g(可食部100gあたり)で、これは食べ過ぎれば肥満やう歯の一因にもなる糖です。なお同じくこの食品にはβ-クリプトキサンチンが可食部100gあたり280µg含まれ、体内でビタミンAに変わる性質を持ちますが、あくまで参考程度の位置づけです。

調味料の分野からも顔を出します。いかなごしょうゆは魚を発酵させた魚醤で、コハク酸0.1gに加えてヨウ素を可食部100gあたり150µg含みます。これは成人の推奨量の目安(140µg)を上回る量ですが、あくまで100gあたりの値であり、少量を調味に使う分には通常の食事の範囲内です。焼きそば粉末ソースもコハク酸0.1gを含み、こちらは酢酸1gとリンゴ酸0.6g(いずれも可食部100gあたり)が主体の酸味構成です。

発酵という隠れた糸

上位の食品を並べてみると、単なる順位表では終わらない共通点が見えてきます。1位の赤ワインをはじめ、白・ロゼワイン、そして魚醤油という発酵食品が並んでいるのです。ドライマンゴーのように発酵とは無縁に見える食品も混ざってはいますが、全体を貫く太い糸は「醸造・発酵」にあります。コハク酸は貝の専売特許ではなく、むしろ醸す過程で生まれやすい成分だと数字が語っているようです。

数字が語る主役交代

「貝のうまみ=コハク酸」というイメージは、成分表の数字の前では少し立場を変えます。含有量の主役は赤ワインであり、はまぐり自身はグルタミン酸などを多く含むため上品で濃厚なうまみがあるとされる一方、コハク酸自体の量は他の上位食品と同程度にとどまります。次にワインを味わうとき、あるいははまぐりの潮汁をすするとき、その酸味とうまみの正体が実は一つではないことを思い出すと、いつもの食卓が少しだけ違って見えるかもしれません。

※本記事は日本食品標準成分表(八訂)および日本人の食事摂取基準(2025年版)のデータ等をもとに作成しました。

栄養素のはたらき・摂取基準の記述は、次の公的資料に基づきます:厚生労働省 食事摂取基準