著者の所属・活動拠点の国は、ポーランドです。

掲載誌:Molecules

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

ヒツジの乳はたんぱく質やミネラルが豊富なだけでなく、分岐鎖脂肪酸や共役リノール酸(CLA)の一種であるルーメン酸など、栄養面で関心を集める脂肪の成分を含んでいます。ただし、乳の脂肪酸の組成は一定ではなく、母ヒツジの餌、反すう胃(ルーメン)での微生物による発酵、泌乳の時期などによって変わります。

分娩前後は、母ヒツジの代謝が大きく変わる時期です。分娩の数週間前の餌に油脂を加えると、エネルギー量や、体内や乳へ回る脂肪酸の供給が変わる可能性があります。泌乳が安定した後の乳脂肪を餌で変える研究は多い一方、初乳から通常の乳へ移り変わる時期のデータは少ないと著者らは述べています。

そこで研究チームは、分娩前の3週間に2種類の対照的な油を与えたとき、分娩後の乳の成分と脂肪酸組成が変わるか、また給与を分娩時にやめた後もその差が見られるかを調べました。使った油の一つは、一般的な亜麻仁油と異なり、オメガ3系のα-リノレン酸が少なくオメガ6系のリノール酸が多い品種の亜麻仁油です。もう一つは、食用作物と競合しにくい飼料資源として注目される昆虫、アメリカミズアブの幼虫から採った油です。

どのように調べたか

研究には、双子または三つ子を妊娠しているポーランドの在来品種オルクスカ種の母ヒツジ32頭が参加しました。8頭ずつ4群に無作為に分け、油を加えない対照群、亜麻仁油群、ミズアブ幼虫油群、亜麻仁油と幼虫油を2対1で混ぜた混合油群としました。油は1頭あたり1日30gを濃厚飼料に混ぜて、分娩前21日間、個別に与えました。

分析の結果、亜麻仁油ではリノール酸が全脂肪酸の約55%を占め、α-リノレン酸は約3%にとどまりました。一方、幼虫油は飽和脂肪酸が中心で、とくに中くらいの長さの脂肪酸であるラウリン酸が約52%を占めていました。つまり、性質の大きく異なる油脂を比べる設計です。

乳は分娩後24時間、3日目、7日目、21日目に採取しました。最初の2回を「移行乳」、後の2回を「成熟乳」とし、それぞれの時期ごとに1頭分の値を平均してから群の間で比較しました。乳脂肪率や無脂乳固形分などの基本成分を測り、脂肪酸の組成をガスクロマトグラフィー質量分析で調べました。さらに、脂肪酸組成から計算する指標である動脈硬化指数(AI)と血栓形成指数(TI)も求めました。

主な結果

分娩直後の移行乳では、脂肪率やたんぱく質などの基本成分に群間の有意な差はありませんでした。飽和・一価不飽和・多価不飽和脂肪酸の総量や、AI・TIも変わりませんでした。差が見られたのは一部の微量な脂肪酸だけで、例えば分岐鎖脂肪酸の一つ(anteiso-C16:0)は、幼虫油群で亜麻仁油群と混合油群より高い値でした。

これに対し、油の給与をやめた後の成熟乳では、はっきりした違いが現れました。乳脂肪率は幼虫油群で6.09%となり、対照群の4.70%より有意に高くなりました。亜麻仁油群と混合油群は中間的な値で、対照群との差は有意ではありませんでした。無脂乳固形分は、亜麻仁油群と混合油群で対照群より高い値でした。

脂肪酸組成では、全脂肪酸に占める飽和脂肪酸の割合が、対照群の85.31%から、油を与えた3群では82.15〜82.85%に下がりました。代わりに増えたのは主にオレイン酸で、対照群の11.37%に対し、油を与えた群では13.23〜13.82%でした。多価不飽和脂肪酸の割合も増え、最も高い亜麻仁油群で3.32%(対照群2.63%)でした。ルーメン酸は、亜麻仁油群で0.56%、幼虫油群で0.50%と、対照群の0.32%より高くなりました。

計算上の指標であるAIは、対照群の5.65から油を与えた群では4.29〜4.42に、TIは7.38から6.07〜6.27に下がりました。

この研究が示すこと

この研究は、分娩前の短い期間に与えた油脂の影響が、分娩直後の移行乳ではほとんど見られず、給与をやめた後の成熟乳で表れたことを報告しています。とくに、多価不飽和脂肪酸をほとんど含まない幼虫油でも、リノール酸の多い亜麻仁油と同程度にルーメン酸の割合が高まった点を、著者らは重要な知見としています。

ただし、こうした変化が起きた仕組みについて、ルーメンの発酵や微生物、血液中の代謝物は測定しておらず、著者らの説明は推測の段階にとどまります。また、AIとTIは脂肪酸組成から計算した理論上の指標であり、乳を飲む人の心血管への効果を直接示すものではないと著者らは明記しています。各群8頭という規模のため、より小さな効果は検出できなかった可能性もあります。

こうした限界はあるものの、分娩前の餌に油脂を加えることで、その後の乳脂肪の組成が変わりうること、また昆虫由来の油もその選択肢の一つとして検討できることを示した研究といえます。

原著論文の著者・所属:Kamila Lewandowska(Department of Environment Hygiene and Animal Welfare, Faculty of Biology and Animal Science, Wrocław University of Environmental and Life Sciences, Chełmońskiego St. 38c, 51-630 Wrocław, Poland)、Natalia Pachura-Hanusek(Department of Environment Hygiene and Animal Welfare, Faculty of Biology and Animal Science, Wrocław University of Environmental and Life Sciences, Chełmońskiego St. 38c, 51-630 Wrocław, Poland)、Antoni Szumny(Department of Food Chemistry and Biocatalysis, Faculty of Biotechnology and Food Science, Wrocław University of Environmental and Life Sciences, Norwida St. 25, 50-375 Wrocław, Poland)、Anna Zielak-Steciwko(Institute of Animal Husbandry and Breeding, Faculty of Biology and Animal Science, Wrocław University of Environmental and Life Sciences, Chełmońskiego St. 38c, 50-375 Wrocław, Poland)、Robert Kupczyński(Department of Environment Hygiene and Animal Welfare, Faculty of Biology and Animal Science, Wrocław University of Environmental and Life Sciences, Chełmońskiego St. 38c, 51-630 Wrocław, Poland)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Kamila Lewandowska, Natalia Pachura-Hanusek, Antoni Szumny, et al. Effects of Prepartum Supplementation with Flaxseed and Black Soldier Fly Larvae Oils on Fatty Acid Composition and Lipid Quality Indices in Sheep Milk. Molecules 2026-07-28. DOI: 10.3390/molecules31152628. 原著ライセンス:CC BY.