この研究は、スペインの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Industrial Crops and Products
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:食用だけでない「工業向けの油」をつくる
植物油は食品や飼料だけでなく、バイオ燃料、潤滑油、界面活性剤、ポリマー、化粧品などの原料としても使われています。こうした用途で油の良し悪しを決めるのは栄養価ではなく、酸化しにくさ(酸化安定性)、溶けたり固まったりする温度、粘り気(粘度)、熱への強さといった物理的・化学的な性質です。
研究チームが着目したのはカメリナ(Camelina sativa、アマナズナ)という油糧作物です。生育期間が短く環境適応力が高く、種子の油含量も高いうえ、ゲノム解読が進み遺伝子組換えの効率も良いため、油の性質を狙って作り変える「プラットフォーム」として有望だと論文は説明しています。ただし、もともとのカメリナ油はα-リノレン酸をはじめとする多価不飽和脂肪酸(PUFA、二重結合を2つ以上もつ脂肪酸)が多く、そのため酸化安定性が低く熱的性質も工業用途には向きにくい、という課題がありました。
そこで著者らは、脂肪酸の組成を遺伝子操作で変えたカメリナの系統を複数つくり、脂肪酸の並び方の違いが油の機能特性をどう左右するのかを体系的に調べることを目的としました。従来の研究は脂肪酸組成の分析にとどまることが多く、油の主成分であるトリアシルグリセロール(TAG。グリセリンに脂肪酸が3本結合した分子)の分子種と物性との結びつきまで統合的に扱った例は少なかったと論文は指摘しています。
何をどう調べたか:二つの代謝ステップを止めて油を比べる
研究チームは、種子の中で脂肪酸がつくられる経路のうち二つの鍵となる段階を、RNA干渉(RNAi:狙った遺伝子の働きを抑える技術)で抑え込みました。一つはオレイン酸をさらに不飽和化してPUFAに変えるFAD2、もう一つは炭素鎖を20以上へと伸ばす「超長鎖脂肪酸(VLCFA)」の生成に関わるFAE1です。これらを単独で、あるいは同時に抑えた構築物を、通常の野生型(WT)カメリナと、あらかじめパルミトレイン酸などのω-7一価不飽和脂肪酸が多くなるように改変された系統(HP系統)の両方に導入しました。
得られた系統は世代を重ねて遺伝的に安定なものを選び、種子から油を抽出・精製したうえで、ガスクロマトグラフィーによる脂肪酸組成の分析、HPLC/MSによるTAG分子種の分析、示差走査熱量測定(DSC:試料を加熱・冷却しながら出入りする熱を測り、融解・結晶化や酸化の始まる温度を調べる手法)による熱的性質と酸化安定性の評価、さらに粘度測定と、ボール・オン・3プレート方式の試験機による摩擦係数・摩耗痕の測定(トライボロジー試験)を行いました。比較対象として、通常のヒマワリ油と高オレイン酸ヒマワリ油も同じ条件で評価しています。
主な報告結果:狙った通りに組成が動き、物性も連動した
まず脂肪酸組成です。野生型のカメリナ油はPUFAが54.2%、VLCFAが25.1%を占め、リノレン酸27.0%、リノール酸23.8%、オレイン酸は11.9%でした。FAD2を抑えた系統ではPUFAが19.2%まで下がり、代わりにオレイン酸が44.1%へと大きく増え、一価不飽和脂肪酸(MUFA)の合計は66.5%に達しました。一方でFAE1を抑えた系統ではVLCFAが25.1%から5.3%へと大きく減りましたが、PUFAは63.8%と高いままで、伸長だけを止めても不飽和化の流れは変わらないことが示されました。両方を同時に抑えた系統ではオレイン酸が56.1%、MUFAが68.4%となり、VLCFAは12.3%と中間的な値になりました。
ω-7が多いHP系統は出発点から性格が異なり、パルミトレイン酸17.8%、アスクレピン酸(シス-バクセン酸)25.1%と、オレイン酸(4.8%)が少ない組成でした。ここに二重抑制の構築物を入れるとPUFAは19.2%まで下がり、MUFA合計は62.2%になりました。興味深いのは、出発点が違うWT由来とHP由来の二重抑制系統が、MUFA合計ではおよそ60〜68%と近い水準に収れんしながらも、その中身は前者がオレイン酸中心、後者はω-7中心と大きく異なっていた点です。
TAGの分子種の分析でも、この違いが構造として現れました。野生型では二重結合の多い長鎖のTAGが幅広く分布していたのに対し、FAD2を抑えた油では二重結合の少ないTAGに集約され、上位4クラスだけで全体の約4分の3を占めるまで単純化しました。二重抑制の油ではさらに、炭素数54:3と56:4にあたる領域が全TAGのほぼ半分を占めるなど、中程度の不飽和度をもつC18中心のMUFAに富むTAGへと絞り込まれていました。
物性面では、MUFAに富む油、とくにオレイン酸やパルミトレイン酸を多く含む油が、PUFAに富む油に比べて酸化安定性が明らかに向上したと報告されています。DSCでは、MUFAに富む油は融解のプロファイルが単純で結晶化温度が高く、より秩序だった相転移を示したのに対し、PUFAに富む油は融解する温度範囲が広く、融解熱が低いという違いが見られました。粘度と摩擦の試験では、オレイン酸やVLCFAに富む油で動的粘度が上がり、摩擦・摩耗の挙動が改善しました。これに対し、パルミトレイン酸やアスクレピン酸に富む油は、純すべり条件下での耐荷重性(荷重を支える能力)に優れていたと報告されています。ヒマワリ油との比較からも、不飽和度と脂肪酸の鎖の長さの両方が、酸化への強さ、熱的なふるまい、潤滑性能を決める主要な要因であることが示されました。
この研究が示すこと
この研究が伝えているのは、脂肪酸組成の設計が油の「使い勝手」に直結するという関係を、遺伝子レベルの操作から分子構造、そして実際の摩擦や熱のふるまいまで一本の線でつないで示した点です。とくに、不飽和化と鎖の伸長という二つの段階をどう組み合わせて抑えるかによって、オレイン酸型の油とω-7型の油という、性格の異なる油をつくり分けられること、そしてそれぞれが別々の物性上の強みを示すことが具体的に確かめられました。
著者らは、カメリナにおける狙いを定めた脂肪酸の作り変えが、物性やトライボロジー特性を目的に応じて調整した種子油を開発する有効な戦略であり、この作物が高付加価値の工業原料の持続可能な供給源となりうる可能性を広げるものだと結論づけています。
著者:Enrique J. Clavijo-Bernal(Instituto de la Grasa (IG-CSIC), Campus Universitario Pablo de Olavide, Edificio 46, Ctra. de Utrera Km 1, Seville, 41013, Spain)、Claudia Roman(Departamento de Ingeniería Química, Centro de Investigación en Tecnología de Productos y Procesos Químicos (Pro2TecS), Campus de “El Carmen”, Universidad de Huelva, Huelva, 21007, Spain)、Moisés García‐Morales(Departamento de Ingeniería Química, Centro de Investigación en Tecnología de Productos y Procesos Químicos (Pro2TecS), Campus de “El Carmen”, Universidad de Huelva, Huelva, 21007, Spain)、Enrique Martínez‐Force(Instituto de la Grasa (IG-CSIC), Campus Universitario Pablo de Olavide, Edificio 46, Ctra. de Utrera Km 1, Seville, 41013, Spain)、M.Á. Delgado(Departamento de Ingeniería Química, Centro de Investigación en Tecnología de Productos y Procesos Químicos (Pro2TecS), Campus de “El Carmen”, Universidad de Huelva, Huelva, 21007, Spain)、Joaquín Jesús Salas(Instituto de la Grasa (IG-CSIC), Campus Universitario Pablo de Olavide, Edificio 46, Ctra. de Utrera Km 1, Seville, 41013, Spain)、Mónica Venegas‐Calerón(Instituto de la Grasa (IG-CSIC), Campus Universitario Pablo de Olavide, Edificio 46, Ctra. de Utrera Km 1, Seville, 41013, Spain)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Enrique J. Clavijo-Bernal, Claudia Roman, Moisés García‐Morales, et al. Tailoring oxidative, thermal and tribological properties of Camelina oils through fatty acid engineering. Industrial Crops and Products 2026-09-17. DOI: 10.1016/j.indcrop.2026.124374. 原著ライセンス:CC BY.