この研究は、スペイン、アメリカの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Food Research International
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
枯草菌(Bacillus subtilis)などの細菌がつくる芽胞(がほう)は、熱や薬剤に強い休眠状態の細胞です。加熱殺菌を経ても生き残った芽胞が保存中に発芽すると、食品の品質低下や、病原菌の場合は食中毒につながりうるため、食品保存の分野では長年の課題とされています。
芽胞の最も内側にある膜を内膜(IM)と呼びます。内膜は水分の少ない芯部を包む脂質の二重層で、発芽の引き金となる受容体などの重要なタンパク質を備えており、芽胞の耐性と発芽を左右する要素と考えられてきました。増殖中の細胞では、膜を構成する脂肪酸の組み合わせを変えることが、温度変化に応じて膜の流動性(やわらかさ・動きやすさ)を保つ主要な仕組みです。しかし、芽胞の内膜で脂肪酸組成の違いが膜の物理的な状態をどう変え、それが耐性や発芽にどう結びつくのかは、十分に分かっていませんでした。著者らは、この内膜の脂肪酸組成・流動性・耐性・発芽の関係を明らかにすることを目的としました。
どのように調べたか
研究チームは、環境条件ではなく狙いを定めた方法で芽胞の脂肪酸組成を変えました。一つは遺伝子操作で、脂肪酸に二重結合を導入する不飽和化酵素(デサチュラーゼ)を高いレベルで働かせる株を用いる方法です。もう一つは、芽胞形成用の培地に分岐鎖脂肪酸のもとになるアミノ酸(L-バリンまたはL-イソロイシン)を唯一のアミノ酸源として加える方法でした。さらに、芽胞をつくらせる温度を20℃、37℃(最適)、43℃と変えた芽胞も比較しました。
得られた芽胞は精製し、外側の殻(コート)を化学的に取り除いたうえで、ガスクロマトグラフィーによる脂肪酸組成の分析と、DPHという蛍光色素を使った蛍光異方性の測定を行いました。蛍光異方性は色素分子の回り込みやすさを反映する指標で、値が高いほど膜が硬い(流動性が低い)ことを示します。耐性は100℃の加熱、次亜塩素酸ナトリウム、および内膜に作用するドデシルアミンへの処理で評価し、発芽は栄養物質(L-アラニン、L-バリン、AGFK混合物)やCa-DPAを加えた後に、位相差顕微鏡で発芽した芽胞の割合を数えて調べました。
主な報告結果
著者らはまず、狙いを定めた脂肪酸組成の改変によって内膜の流動性を実際に変えられることを確認しました。不飽和化酵素を高発現させた芽胞では不飽和脂肪酸の割合が増え、不飽和/飽和の比が親株の約3.3倍になりましたが、同時に分岐鎖/直鎖の比は約2.9分の1に下がり、最も硬い膜を示しました。一方、L-イソロイシンを加えて得た芽胞は最も流動性の高い膜を示しました。ただし著者らは、分岐鎖/直鎖の比が同程度でも膜の硬さが一致しない例があったことから、脂肪酸の組成だけでは内膜の流動性を予測できないと報告しています。膜に結びついたタンパク質など、他の要素も測定値に影響しうるためだと論文では述べられています。
内膜が硬くなった芽胞では、ドデシルアミンと熱への耐性が高まり、100℃での加熱でD値(生菌数を10分の1にするのに要する時間)が親株より大きくなりました。逆に、栄養物質による発芽の効率は低下しました。ただし、発芽受容体を介さずに働くCa-DPAで発芽を促した場合には、この差はみられませんでした。また次亜塩素酸ナトリウムに対しては、L-バリンやL-イソロイシンで得た芽胞のほうが耐性が高く、著者らは内膜の流動性以外の芽胞構造の変化も関与しうると考察しています。
一方、芽胞形成温度を変えた比較では、温度が上がるほど蛍光異方性(膜の硬さ)は増しましたが、20℃と37℃の間に有意差はみられませんでした。さらに重要なこととして、これらの膜の流動性の違いは、既に報告されている耐性や発芽の性質のちがいとは対応しませんでした。20℃でつくられた芽胞は熱や薬剤に対してより弱く、発芽効率も低いという、膜の硬さから予想される方向とは一致しない性質を示していました。なお、脂肪酸を意図的に操作して得られた膜の流動性の変化幅は、形成温度の違いによる変化幅より大きかったと報告されています。
この研究が示すこと
この研究は、芽胞の内膜の脂肪酸組成を変えることで膜の硬さを実際に変化させられること、そして膜が硬くなると熱やドデシルアミンへの耐性が高まり、受容体を介した発芽が起こりにくくなることを、原著の報告として示しています。同時に、脂肪酸の組成表を見ただけでは膜の硬さは言い当てられず、形成温度の違いによる芽胞の性質のちがいも膜の流動性だけでは説明できないことが分かりました。
著者らは、脂肪酸による内膜流動性の変化が芽胞のふるまいに影響しうるものの、さまざまな形成条件下でできる枯草菌の芽胞の耐性と発芽を決める支配的な要因ではない、と結論づけています。芽胞の性質を理解するうえで、内膜の物理的な状態は数ある要素の一つとして位置づけるべきだという見方を、この研究は具体的な測定に基づいて提示しています。
著者:Paula Gómara(Department of Animal Production and Food Science, AgriFood Institute of Aragon (IA2), University of Zaragoza-CITA. Faculty of Veterinary, Zaragoza, Spain)、Emma Pinilla(Department of Animal Production and Food Science, AgriFood Institute of Aragon (IA2), University of Zaragoza-CITA. Faculty of Veterinary, Zaragoza, Spain)、P. Mañas(Department of Animal Production and Food Science, AgriFood Institute of Aragon (IA2), University of Zaragoza-CITA. Faculty of Veterinary, Zaragoza, Spain)、Peter Setlow(Department of Molecular Biology and Biophysics, UConn Health, Farmington, CT, United States of America)、Elisa Gayán(Department of Animal Production and Food Science, AgriFood Institute of Aragon (IA2), University of Zaragoza-CITA. Faculty of Veterinary, Zaragoza, Spain)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Paula Gómara, Emma Pinilla, P. Mañas, et al. Modulation of B. subtilis spore inner membrane fluidity by fatty acid composition and its impact on resistance and germination. Food Research International 2026-09-02. DOI: 10.1016/j.foodres.2026.120588. 原著ライセンス:CC BY.