昆虫を食料資源として活用する動きが世界的に広がっていますが、見た目や匂いへの抵抗感(フードネオフォビア)が普及の壁になっています。この壁を越える手段として近年注目されているのが、昆虫由来の原料を3Dプリンターで見慣れた形に成形してしまうという発想です。今回紹介する研究は、アメリカミズアブ(Hermetia illucens)の幼虫から作られるタンパク質粉末を土台に、ブドウ種子由来のアントシアニンを加えることで、3Dプリント用の食品インクとしての性能をどこまで高められるかを検証したものです。
研究チームは、材料科学を専門とするオーストラリア・モナッシュ大学および中国・中南大学に所属する著者、雲南農業大学の著者、昆明理工大学食品科学技術学院の著者が名を連ねています。掲載誌はマテリアルズ誌(バーゼル、スイス)で、2026年7月号に掲載予定です。
何を、どうやって調べたのか
使われた原料は、乾燥・粉砕したアメリカミズアブ幼虫の全粉末(脱脂していないもの)です。分析の結果、このタンパク質含量は24.5%、キチン含量は6.7%でした。論文では、幼虫粉末のタンパク質含量として文献でよく引用される44〜48%という数値は、脂肪を除いた粉末や飼育条件を最適化した場合の値であり、今回使った「未加工の全粉末」はそれより低い値になった、と説明されています。著者らは、これは実際の食品加工現場でよく扱われる形態に近く、現実的な条件での検証だという位置づけを示しています。
この粉末に水分を加えてゲルを作り、そこへブドウ種子アントシアニン(GSA、純度98%)を0%・1%・2%・3%・4%・5%の割合で混ぜ込み、6種類の複合ゲルを用意しました。これらを対象に、フーリエ変換赤外分光(FTIR、タンパク質の立体構造の変化を見る手法)、低磁場核磁気共鳴(LF-NMR、ゲル内の水の動きやすさを調べる手法)、走査電子顕微鏡(SEM、内部の網目構造を観察する手法)、そしてレオメーター(粘性や弾性などの流動特性を測る装置)による解析を組み合わせ、さらに実際にエクストルージョン方式(ペースト状の材料をノズルから押し出して層状に積み上げる方式)の3Dプリンターで印刷してその再現度を評価しました。
研究でわかったこと
アントシアニンを加えると、タンパク質の立体構造に変化が見られました。3%添加のゲルでは、乱れた構造とされるランダムコイルの割合が15.93%から15.46%に減り、逆に秩序だった構造とされるβシートの割合が35.25%から35.43%に増えました。著者らは、これがゲルの変形への抵抗力を高める方向に働いたと説明しています。
水の状態にも変化がありました。LF-NMRの測定では、ゲル内で動きが制限された「不動水」の割合が増加し、水分子がより強い物理的な制約を受けるようになったことが示されました。SEMによる観察でも、アントシアニンを加えたゲルは網目の穴(孔)が小さくなり、孔の壁が厚くなって、より緻密な三次元ネットワークを形成していたことが確認されています。
レオロジー(流動特性)の面では、3%GSA添加のゲルでずり速度をゼロに近づけたときの粘度(ゼロずり粘度)が最大になり、貯蔵弾性率(G′、変形からの回復のしやすさを示す指標)と損失弾性率(G″、流動しやすさを示す指標)も、対照群(アントシアニン無添加)よりすべての添加群で高い値を示しました。
実際の印刷再現度(設計した模型の形状にどれだけ忠実に印刷できたかを示す指標)は、対照群の45.73%に対し、1%添加群で60.08%、2%添加群で62.14%、3%添加群で71.05%まで統計的に有意に向上しました。さらに3〜5%添加群では、中空の円筒形を崩れることなく印刷でき、自立性(積み上げても形が崩れない性質)にも優れていたと報告されています。
一方で、4〜5%という多めの添加では逆効果も見られました。過剰なアントシアニンがタンパク質の骨格表面に吸着してしまい、見かけの粘度がかえって下がり、印刷性能を損なう結果になったということです。これらすべての指標を総合すると、印刷のしやすさと構造の安定性のバランスが最も良かったのは3%添加のゲルだった、と著者らは結論づけています。pH(酸性・アルカリ性の度合い)もアントシアニン添加量とともにわずかに低下しましたが、その変化幅は小さく、著者らは今回観察された性能向上の主な要因はpHの変化ではなく、アントシアニンとタンパク質の間に働く水素結合や疎水性相互作用(非共有結合的な結びつき)にあると説明しています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、あくまで実験室レベルでの材料特性・印刷性能の評価であり、できあがったゲルの風味や食感、消費者による受け入れやすさを直接調べたものではありません。著者ら自身も、今後の課題として、ロットごとの品質のばらつきや保存中の構造変化、官能評価(味や食感の評価)や栄養面からの検証が必要だと述べています。また、今回用いた粉末はキチンを含む未精製の全粉末であり、キチンとアントシアニンの相互作用の可能性は完全には否定できないものの、観察された変化の主な要因ではないと考察されています。あくまで一つの研究段階の知見であり、この組成がそのまま実用食品としての効果や安全性を保証するものではない点には留意が必要です。
まとめ
この研究では、アメリカミズアブ由来のタンパク質ゲルにブドウ種子アントシアニンを1〜3%の範囲で加えることで、3Dプリントの再現度や構造の安定性が高まったことが報告されました。著者らは、アントシアニンが天然の色味や抗酸化性を与えつつ、昆虫食に対する見た目の抵抗感を和らげる助けにもなりうるとし、パーソナライズされた栄養設計や機能性食品、持続可能なタンパク質代替製品の開発への応用に道を開くものだと位置づけています。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Deng W, Liao J, Guo C. Enhancing 3D Printability of Black Soldier Fly Protein-Based Composite Gels by Incorporating Grape Seed Anthocyanin: Rheology, Water State, Protein Secondary Structure, and Microstructure. マテリアルズ(バーゼル、スイス) (2026). DOI: 10.3390/ma19143005. 原著ライセンス: cc-by.