この研究は、ルーマニア、モルドバの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Molecules

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

何を明らかにしようとしたのか

ペカン(Carya illinoinensis)は本来ミシシッピ川流域や北メキシコを原産とする樹木で、脂質に富む食用の実と油のために古くから栽培されてきました。東欧には当初は観賞用として持ち込まれましたが、近年は油を採るための作物として関心が高まり、ルーマニアとモルドバ共和国では初の本格的な商業規模の成木の農園が育っています。ところが論文の著者らによれば、東欧の気候条件のもとで生産されたペカンオイルがどのような化学組成や酸化の特徴をもつのかは、これまで調べられていませんでした。

そこで研究チームは、同じ地域で広く栽培され、油の性質がすでに詳しく調べられているクルミ(Juglans regia)を比較対象に選び、同じ産地・同じ抽出法・同じ分析手順でペカンオイルとクルミオイルを直接比べることにしました。目的は、三つの生産地から得た両者の脂肪酸組成を比較すること、短期間の保存における酸化の起こりにくさを評価すること、そして分析した六つの試料のあいだにどのような違いが見られるかを探ることだと述べられています。

どのように調べたか

著者らは2022年と2023年の秋に、ルーマニアのロヴリンとクルージュ=ナポカ、そしてモルドバ共和国キシナウの植物園という三か所で、ペカンとクルミの完熟した実を採取しました。各地点・各樹種につき、樹齢およそ30年の成木5本以上の下に自然に落ちた実を集め、傷やカビのないものだけを選んで一つにまとめています。こうして「産地×樹種」の組み合わせごとに、ペカン3点・クルミ3点の計6点の混合試料がつくられました。実験の単位はこの混合試料であり、各分析は同じ試料から3回ずつ繰り返して測定の再現性を確かめる形をとっています。著者らは、この設計では産地や樹種の違いを集団レベルで一般化することはできないと明記しています。

実から油を搾る際には、120℃前後に加熱しながら機械式のエキスペラープレスで圧搾する方法(熱圧搾)が用いられました。搾った油は静置して沈殿物を分け、ろ過したうえで暗い遮光瓶に入れ4℃で保存されています。脂肪酸の組成はガスクロマトグラフィー質量分析(GC–MS)で調べられ、結果は検出された脂肪酸の総量に対する割合(%)として報告されました。絶対量ではなく相対的な割合である点は著者らが断っています。

酸化の進み具合は二つの指標で追跡されました。一つは過酸化物価(PV)で、酸化の初期段階に生じる過酸化物の量を示します。もう一つはTBARS(チオバルビツール酸反応性物質)で、酸化がさらに進んで生じる二次的な生成物の量を反映します。いずれもろ過直後を「1日目」として、10日目、20日目にも測定されました。実の一般成分(水分、たんぱく質、脂質など)も併せて分析されています。

主な報告結果

脂質の量では、ロヴリン産ペカン(PNL)が68.2%、クルージュ=ナポカ産ペカン(PNCN)が67.4%と、3点のクルミ試料(59.3〜61.3%)より高い値を示しました。一方でキシナウ産ペカン(PNC)は51.9%と、他の2点のペカンだけでなくクルミ試料よりも低い値で、この試料は水分も最も高い3.99%でした。たんぱく質はペカンの3点(8.4〜10.3%)よりクルミの3点(12.2〜14.4%)のほうが高い値でした。ただし著者らは、品種や遺伝的背景、土壌、気象などの情報が得られていないため、これらの違いを特定の要因に帰することはできないと繰り返し述べています。

脂肪酸の組成では、試料によって主成分の顔ぶれが分かれました。オレイン酸(C18:1、一価不飽和脂肪酸)とリノール酸(C18:2、n–6系の多価不飽和脂肪酸)の割合を見ると、PNLとPNCNではリノール酸がそれぞれ55.5%、56.8%と多く、オレイン酸は31.5%、30.9%でした。逆にクルージュ=ナポカ産クルミ(WCN)とキシナウ産クルミ(WC)ではオレイン酸が57.9%、57.1%と多く、リノール酸は30.8%、32.3%でした。ロヴリン産クルミ(WL)はリノール酸64.4%・オレイン酸22.5%とリノール酸に大きく偏り、PNCはオレイン酸56.8%・リノール酸32.0%で、むしろクルミのWCNやWCに近い組成を示しています。著者らは、この二つの脂肪酸の割合が互いに強く逆向きに動く関係も示していますが、両者が同じ合計に対する百分率として表されている以上、この関係は記述的なものであり、生物学的な仕組みの証拠として解釈すべきではないと注意を促しています。

酸化の指標については、PVとTBARSのいずれもすべての試料で20日間のうちに有意に上昇しました。それでも過酸化物価は全期間を通じてすべての試料でコーデックス規格が新鮮な食用植物油に定める上限3.0 meq O₂/kgを下回っていたと報告されています。TBARSの値には試料間で大きな幅があり、1日目にはWCの7.5 µg MDA相当/mLからPNLの38.6 µg MDA相当/mLまで、20日目にはそれぞれ8.4と68.5でした。試料どうしの順位は20日間を通じて保たれていましたが、著者らは、抗酸化成分であるトコフェロールやフェノール類などを測定していないため、この差を脂肪酸組成だけに帰することはできないとし、実際に脂肪酸の変数とTBARSのあいだの相関は統計的に有意ではなかったと述べています。

この研究が示すこと

著者らは、ルーマニアとモルドバで熱圧搾されたペカンオイルとクルミオイルが、20日間にわたり新鮮な食用油としての品質基準を満たしていた一方で、保存や食品への利用にかかわる点では互いに異なっていたとまとめています。ペカンオイルのうち2点は脂質に富みリノール酸が多い組成でしたが、試験した保存条件下では一部のクルミオイルより高いTBARS値を示しました。

同時にこの研究は、自らの限界を丁寧に線引きしています。品種や遺伝的背景、土壌や気象のデータがなく、抗酸化成分も測定されておらず、混合試料は6点にとどまるため、主成分分析などの多変量解析はあくまで探索的な図示にすぎないとされています。したがって得られた結果は、東欧産のこれらの油についての予備的な地域的基準値であり、品種の選抜や工業的な加工方法についての具体的な提言を支えるものではない、というのが著者ら自身の位置づけです。これまで分析データが存在しなかった地域に、比較可能な条件で得られた最初の記述が加わったこと自体が、この研究の意味だといえます。

著者:D. S. Poşta(Faculty of Engineering and Applied Technologies, University of Life Sciences King Mihai I from Timisoara, 119 Calea Aradului, 300645 Timisoara, Romania)、Ileana Cocan(Faculty of Food Engineering, University of Life Sciences King Mihai I from Timisoara, 119 Calea Aradului, 300645 Timisoara, Romania)、Ersilia Alexa(Faculty of Food Engineering, University of Life Sciences King Mihai I from Timisoara, 119 Calea Aradului, 300645 Timisoara, Romania)、Adina Berbecea(Faculty of Agriculture, University of Life Sciences King Mihai I from Timisoara, 119 Calea Aradului, 300645 Timisoara, Romania)、O. A. Iordănescu(Faculty of Engineering and Applied Technologies, University of Life Sciences King Mihai I from Timisoara, 119 Calea Aradului, 300645 Timisoara, Romania)、Ion ROŞCA(Botanical Garden of the National Institute Alexandru Ciubotaru, MD–2002 Chisinau, Moldova)、Orsolya Borsai(Faculty of Horticulture and Business in Rural Development, University of Agricultural Sciences and Veterinary Medicine Cluj–Napoca, 3–5 Manastur St., 400374 Cluj–Napoca, Romania)、Sándor Rózsa(Faculty of Horticulture and Business in Rural Development, University of Agricultural Sciences and Veterinary Medicine Cluj–Napoca, 3–5 Manastur St., 400374 Cluj–Napoca, Romania)、Isidora Radulov(Faculty of Agriculture, University of Life Sciences King Mihai I from Timisoara, 119 Calea Aradului, 300645 Timisoara, Romania)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):D. S. Poşta, Ileana Cocan, Ersilia Alexa, et al. Fatty Acid Composition and Oxidative Changes in Pecan and Walnut Oils from Eastern Europe. Molecules 2026-09-03. DOI: 10.3390/molecules31173093. 原著ライセンス:CC BY.