この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:International Journal of Food Science & Technology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
低塩の豆チをつくるために、まず何を知る必要があるのか
豆チ(トウチ)は、大豆を発酵させてつくる中国の伝統的な調味食品です。研究チームの説明によれば、その起源は漢代までさかのぼり、炒め物や魚・肉・野菜の料理、缶詰などの風味づけに広く使われてきました。使われる微生物の種類によっていくつかの型に分けられ、広東省の陽江豆チは、コウジカビ(アスペルギルス)を用いる型の代表格とされています。
著者らが問題として挙げるのは、塩分です。論文では、伝統的な豆チの発酵は1キログラムあたり120〜150グラムという高い塩分濃度で行われるのが一般的であり、世界保健機関が1日あたり5グラム未満の食塩摂取を推奨していることと照らして、この高塩分が議論の的になっていると述べられています。さらに著者らは、塩化ナトリウム濃度が高いと、微生物のβ-グルコシダーゼの働きが抑えられてイソフラボン配糖体からアグリコンへの変換が妨げられることや、プロテアーゼ活性など一部の機能的性質が低下することが先行研究で示されていると紹介しています。
一方で、塩分濃度を変えたときに豆チの中の微生物の集まり(微生物群集)がどう移り変わるのかについては、研究がまだ限られている——これが著者らの出発点です。そこでこの研究は、塩分濃度の異なる条件で発酵させた豆チについて、微生物、代謝物、香り成分(揮発性成分)の違いを明らかにし、主要な微生物と、生理活性成分や香り成分の代謝経路との対応関係をつかむことを目的としています。著者らはこれを、低塩発酵の方法を探り、陽江豆チの伝統的製法を改良し、低塩の豆チ製品開発につなげるための基礎づけと位置づけています。
三つの手法を組み合わせて、複数の塩分条件の豆チを比べた
研究チームは、標準化された製造現場で伝統的な手順にそって豆チを用意しました。大豆を選別・洗浄し、水分が45%程度になるまで浸漬してから加熱し、約35℃まで冷ましたうえでコウジカビ(Aspergillus Huniang 3.042)を0.5%加えます。室温28℃で管理し、途中2回の切り返しを行って計34時間で麹(こうじ)をつくります。その後、麹を手作業で洗い、水を噴霧して塩と香辛料を加え、陶製の甕に詰めて密封し、28〜32℃で約15日間発酵させます。最後に水分を20%まで下げたものが完成品です。
比べられたのは、恒温で発酵させた塩分2%・5%・8%の試料と、塩分5%を室温で発酵させた試料、そして市販の3社の製品(ナトリウム含量は100グラムあたり4125ミリグラム、4013ミリグラム、4321ミリグラム)です。論文中ではそれぞれCT、CF、CE、RF、TP、YF、QPという記号で示され、各条件に3反復が置かれています。
分析には三つの手法が組み合わされました。一つ目は16S rRNA遺伝子の高速大量解読(ハイスループットシーケンシング)で、細菌の種類と割合を網羅的に調べる方法です。カビや酵母についてはITS領域が用いられました。二つ目はLC-MS/MSによる非標的メタボローム解析で、あらかじめ目的物質を決めずに試料中の代謝物を幅広く捉えます。三つ目はGC-MSによる揮発性成分の分析で、香りに関わる成分を対象とします。全21試料から、細菌で約214万本、真菌で約263万本の配列が得られたと報告されています。
細菌の多様性、優勢な属、そして代謝経路に現れた違い
まず細菌の多様性について。著者らのアルファ多様性解析では、CT、CE、RF、TPの各群の細菌群集の多様性が、QP群より有意に高かったと報告されています(p<0.05)。またACE指数とChao1指数では、TPがQPより有意に高い値を示しました。著者らはこれらの結果から、塩分濃度の違いが豆チの細菌群集の多様性に顕著な影響を及ぼすと述べています。
構成の面では、門レベルでFirmicutes、Proteobacteria、Actinobacteria、Bacteroidotaが各群で優勢で、合わせて相対的な割合の90%以上を占めました。属レベルではBacillus、Tetragenococcus、Weissellaが優勢で、合わせて60%以上でした。例えばBacillusはCF試料で84.36%を占め、CT(64.20%)、TP(63.23%)、RF(29.08%)より多く見られました。Tetragenococcusは、CF(5.06%)がCE(0.015%)、YF(0.12%)、QP(0.072%)より多く、またTP(15.53%)がQP・YFより多いと報告されています。論文では、Tetragenococcusは塩を好む乳酸菌で、中国・日本・韓国などの伝統的な発酵大豆食品の主要な細菌として知られていると説明されています。真菌については、AscomycotaとZygomycotaが優勢な門で、属レベルではLichtheimia、Aspergillus、Rhizopusが目立ちました。
代謝物の解析では、群どうしの比較で数百から二千余りの「差のある代謝物」が検出されました。KEGGデータベースを用いた分類では、差のある代謝物が最も多く集まったのは「フェニルアラニン代謝」「チロシン代謝」「アルギニンおよびプロリン代謝」「解糖系/糖新生」の経路でした。著者らは、フェニルアラニンが微生物のアミノ基転移酵素や脱炭酸酵素による反応を経て、芳香性の香り成分のもとになる基本的な前駆物質であると論じています。
揮発性成分については1303種が同定され、エステル類19.42%、テルペノイド類18.5%、複素環化合物16.19%などの15分類に整理されました。主成分分析では、同一試料の3反復がまとまり、他の試料とはっきり分かれたと報告されています。香りの差に寄与する上位20成分としては、エステル4種、複素環化合物4種、炭化水素4種、酸3種、アミン2種、フェノール2種、アルデヒド1種が挙げられました。
微生物と香り成分の対応関係も調べられています。QPとTPの比較では、Bacillusが6種の揮発性成分と正の相関を示し、その中にはヘキサン酸3-メチル-2-ブテニルエステルや5-ヒドロキシニコチン酸メチルが含まれます。一方で、Bacillusは別の14種の成分とは負の相関を示しました。そしてTetragenococcusでは、この相関の向きが逆のパターンを示したと報告されています。YFとTPの比較では、Tetragenococcusが4-アミノ安息香酸メチルエステルやフェニル酢酸(4-メトキシフェニル)メチルエステルなど20種の揮発性成分と負の相関を示しました。ここで示されているのは相関、つまり量の増減が連動しているという対応関係であり、著者らはこれをもとに、塩分濃度の違いが微生物群集に影響し、それが豆チの風味の差を決めているのではないかと推測すると述べています。
この報告が示していること
この研究が示したのは、塩分濃度という一つの条件を動かすと、豆チの中の細菌の多様性や優勢な属の割合が変わり、それと並行してアミノ酸関連の代謝経路や香り成分の構成にも違いが現れるという、つながりの見取り図です。塩を好む乳酸菌Tetragenococcusと、発酵の主役として知られるBacillusが、香り成分に対して逆向きの相関パターンを示したという報告は、塩分の設定が風味の方向性に関わりうることを具体的な形で示しています。
著者らはこの成果を、豆チの低塩発酵工程を探るための理論的な基礎であり、陽江豆チの伝統的製法の改良と低塩製品の開発に資するものと位置づけています。長く受け継がれてきた食品の味を、微生物と代謝物の言葉で読み解こうとする試みの一例といえます。
著者:Xumei Zhong(Guangdong Provincial Engineering Technology Research Center of Characteristic Agricultural Products Processing , Yangjiang 529566 ,)、Weiguang Zhou(Comprehensive Technical Service Center of Yangjiang Customs , Yangjiang 529566 ,)、Mingzhong Chen(Guangdong Provincial Engineering Technology Research Center of Characteristic Agricultural Products Processing , Yangjiang 529566 ,)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Xumei Zhong, Weiguang Zhou, Mingzhong Chen. Integrated microbiomic and metabolomic to reveal characterization of microbial community and flavor differences of Douchi with different salt concentrations. International Journal of Food Science & Technology 2026-09-16. DOI: 10.1093/ijfood/vvag193. 原著ライセンス:CC BY.