著者の所属・活動拠点の国は、ルーマニアです。
掲載誌:Processes
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
利用されてこなかったブナの実に注目した研究
ヨーロッパブナ(Fagus sylvatica)は、ヨーロッパ各地に広く分布する重要な樹種です。論文の序論では、実がよくなる年には1ヘクタールあたり約1.2トンの仁(殻を除いた実の中身)が得られるとする知見が紹介されています。ただし豊作は2.5〜3年に一度で、ブナの実はこれまで主に廃棄物か家畜の飼料として扱われてきました。
ブナの仁は脂肪分が多く、これまでの研究ではカロテノイドやポリフェノールといった成分を含むことも報告されています。それでも、食用油の原料として使う場合のデータはまだ少ない状況です。そこで研究チームは、仁を湿らせてから焙煎する加熱前処理が仁とそこから得られる油の成分にどう影響するかを調べ、油の取り出し方による違いもあわせて比べることを目的としました。
前処理と三つの抽出方法を比較
研究チームは、ルーマニアで手作業により集めたブナの実を選別し、殻を取り除いた仁を二つのグループに分けました。一つは処理をしない生の仁です。もう一つは前処理をした仁で、100℃の湯浴から出る蒸気で5分間湿らせたあと、130℃のオーブンで15分間焙煎しました。
それぞれの仁から、三つの方法で油を取り出しました。一つ目は、ねじ式の圧搾機で押しつぶして油を絞る「コールドプレス(低温圧搾)」です。二つ目は、クロロホルムとメタノールの混合溶媒を使い、比較的低い温度で油を溶かし出すフォルチ法です。三つ目は、石油エーテルを加熱しながら循環させて油を抽出するソックスレー法です。
研究チームは、仁の脂肪・たんぱく質・炭水化物などの組成を測定しました。得られた油については、脂肪酸の構成、色、酸度(油の劣化で生じる遊離脂肪酸の目安)、過酸化物価(酸化の進み具合の目安)、粘り気(粘度)を調べました。さらに、フェノール化合物やカロテノイドの量を分析し、前処理による違いを比較しました。
主な結果:脂肪酸はほぼ変わらず、ルテインは増加
仁の脂肪分は、生の仁で42.79%、前処理した仁で44.03%と報告されています。たんぱく質は23.79%と25.25%で、どちらも前処理した仁のほうが高い値でした。一方、炭水化物は20.60%から18.25%へと低くなりました。
コールドプレスでの油の抽出率(仁に含まれる油のうち実際に絞り取れた割合)は、生の仁で77.25%、前処理した仁で49.00%でした。前処理をした仁のほうが低い結果です。その一方で、前処理した仁から絞った油は、酸度が1.08から0.81へ、過酸化物価が1.84から0.94へと、いずれも有意に低くなりました。色では、前処理した油のほうが黄色みの強い値を示しました。
脂肪酸の構成については、抽出方法の違いによる有意な変化は見られず、前処理の影響もわずかだったと著者らは述べています。どの油でも主な脂肪酸はオレイン酸とリノール酸で、それぞれ全脂肪酸のおよそ34〜37%を占めていました。エイコセン酸も約9〜10%含まれていました。脂肪酸全体では、一価不飽和脂肪酸が約48%、多価不飽和脂肪酸が約39%でした。また、脂肪酸組成から計算する指標の一つである動脈硬化指数(AI)は、前処理した仁の油のほうが低い値でした。
仁に含まれるフェノール化合物で最も多かったのはケンフェロール・ルチノシドで、生の仁で1グラムあたり773.34マイクログラム、前処理した仁で714.77マイクログラムでした。油に含まれるカロテノイドで最も多かったのはルテインで、生の仁の油では1グラムあたり384.80マイクログラム、前処理した仁の油では456.21マイクログラムでした。前処理によってルテインの濃度が高まったと報告されています。粘度については、コールドプレスで得た油のほうがフォルチ法で得た油より高い値を示しました。
研究が示すこと
著者らは、ブナの仁を持続可能な植物素材と位置づけています。そのうえで、湿らせてから焙煎する前処理によって、カロテノイドなどの生理活性成分が油へ移りやすくなったと結論づけています。今回の結果からは、前処理と抽出方法の組み合わせによって油の性質が変わることが分かります。前処理で絞れる油の量は減りましたが、油の酸化や劣化の指標は低く、ルテインは多くなりました。これまで利用されてこなかったブナの実を、食用油の原料として検討するための基礎的なデータといえます。
原著論文の著者・所属:Alexandra Raluca Lazar(Faculty of Food Science and Technology, University of Agricultural Sciences and Veterinary Medicine Cluj-Napoca, 3-5 Calea Mănăștur St., 400372 Cluj-Napoca, Romania)、Andreea Pușcaș(Faculty of Food Science and Technology, University of Agricultural Sciences and Veterinary Medicine Cluj-Napoca, 3-5 Calea Mănăștur St., 400372 Cluj-Napoca, Romania)、Anda Elena Tanislav(Faculty of Food Science and Technology, University of Agricultural Sciences and Veterinary Medicine Cluj-Napoca, 3-5 Calea Mănăștur St., 400372 Cluj-Napoca, Romania)、Andruța Elena Mureșan(Faculty of Food Science and Technology, University of Agricultural Sciences and Veterinary Medicine Cluj-Napoca, 3-5 Calea Mănăștur St., 400372 Cluj-Napoca, Romania)、Cristina Anamaria Semeniuc(Faculty of Food Science and Technology, University of Agricultural Sciences and Veterinary Medicine Cluj-Napoca, 3-5 Calea Mănăștur St., 400372 Cluj-Napoca, Romania)、Floricuța Ranga(Faculty of Food Science and Technology, University of Agricultural Sciences and Veterinary Medicine Cluj-Napoca, 3-5 Calea Mănăștur St., 400372 Cluj-Napoca, Romania)、Alina Maria Truță(Faculty of Forestry and Cadastre, University of Agricultural Sciences and Veterinary Medicine Cluj-Napoca, 3-5 Calea Mănăștur St., 400372 Cluj-Napoca, Romania)、Adrian Bogdan Boldianu(Faculty of Veterinary Medicine, University of Agricultural Sciences and Veterinary Medicine Cluj-Napoca, 3-5 Calea Mănăștur St., 400372 Cluj-Napoca, Romania)、Francisc Dulf(Faculty of Agriculture, University of Agricultural Sciences and Veterinary Medicine Cluj-Napoca, 3-5 Calea Mănăștur St., 400372 Cluj-Napoca, Romania)、Adela Mariana Pintea(Faculty of Veterinary Medicine, University of Agricultural Sciences and Veterinary Medicine Cluj-Napoca, 3-5 Calea Mănăștur St., 400372 Cluj-Napoca, Romania)、Vlad Mureșan(Faculty of Food Science and Technology, University of Agricultural Sciences and Veterinary Medicine Cluj-Napoca, 3-5 Calea Mănăștur St., 400372 Cluj-Napoca, Romania)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Alexandra Raluca Lazar, Andreea Pușcaș, Anda Elena Tanislav, et al. Beech (Fagus sylvatica L.) Kernels as a Sustainable Alternative in Oil Production—Influence of Processing and Extraction Techniques on the Physico-Chemical Profile. Processes 2026-08-20. DOI: 10.3390/pr14162660. 原著ライセンス:CC BY.