著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Foods
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
羊肉は世界的に重要な動物性たんぱく源です。需要の高まりとともに、放牧から穀物中心の集約的な飼育へ移行が進んでいます。研究チームによると、この移行によって筋肉の脂質代謝が大きく変わり、n-6系多価不飽和脂肪酸が過剰にたまって、n-3系との比率が崩れることが課題となっています。この不均衡は栄養価を下げるだけでなく、脂質の酸化や風味の形成、肉の物理的な性質にも影響し、消費者の受け入れやすさを左右するとされています。
n-3系脂肪酸の一つであるDHA(ドコサヘキサエン酸)は、哺乳類の体内ではわずかしか作られません。そのため、組織中のDHAを増やすには、主に飼料から供給する必要があります。著者らが注目したのは、微細藻類シゾキトリウムを発酵させて得られる「シゾキトリウム油」です。この油はDHAを豊富に含み、n-3系脂肪酸の新たな供給源として期待されています。
これまでの研究は、主に脂肪酸全体の組成の変化を調べてきました。筋肉の脂質は多くの種類(サブクラス)や個々の分子種から成り、それぞれ性質が異なります。しかし、シゾキトリウム油によってそれらがどう組み替わるのか、そしてその変化が肉質、酸化への強さ、香りとどう結びつくのかは、ほとんど分かっていませんでした。そこで本研究は、この脂質の組み替え(リモデリング)を詳しく描き出すことを目的としました。あわせて、肉質の変化を評価する手がかりとなる候補の脂質分子を探しています。
何を調べたか
研究チームは、中国甘粛省の農場で、体重と月齢がそろった雄の湖羊(フーヤン)20頭を10頭ずつ2群に分けました。7日間の慣らし期間の後、84日間の飼育試験を行っています。対照群には基本の配合飼料を与えました。シゾキトリウム油群には、同じ飼料のうちパーム油1%分を同量のシゾキトリウム油に置き換えたものを与えました。使用した油には、DHAが49.7%、n-3系脂肪酸全体が51.0%含まれていたと報告されています。
飼育後、著者らは次の項目を調べ、二つの群を比べました。
・成長と肉質(色の明るさや弾力など) ・筋線維の構造 ・血液と筋肉の抗酸化酵素の働き ・関連する遺伝子の発現 ・脂肪酸の組成 ・肉から出る揮発性成分(香りのもとになる物質) ・リピドミクスによる筋肉の脂質分子の解析 リピドミクスとは、組織に含まれる多数の脂質分子を網羅的に測定する手法です。さらに研究チームは、相関分析と機械学習(ランダムフォレストなどの回帰モデル)を組み合わせ、肉質・抗酸化能・香りの各指標と強く結びつく脂質分子を絞り込みました。
主な報告結果
試験開始時と終了時の体重には、群間で差がありませんでした。一方、飼育後期(57〜84日目)の1日あたりの増体量は、シゾキトリウム油群のほうが有意に高い値でした。試験期間全体でも、増える傾向がみられたと報告されています。肉質では、と畜後45分と24時間の肉色の明るさ(L*値)とガム性がシゾキトリウム油群で高まり、弾力性は低下しました。また、筋線維の断面積などは小さくなりました。遅筋型の筋線維に関わる遺伝子の発現は上がり、速筋型に関わる遺伝子の発現は下がっていました。
抗酸化能については、次のような違いが報告されています。 ・血清:抗酸化酵素カタラーゼの活性と総抗酸化能が、シゾキトリウム油群で高くなりました。 ・筋肉:カタラーゼとグルタチオンペルオキシダーゼの活性が高まりました。 ・遺伝子:抗酸化に関わる複数の遺伝子の発現も上昇していました。 脂質が酸化されるとできる物質の一つであるMDAの量には、群間で有意な差がありませんでした。
筋肉の脂肪酸では、DHAとn-3系脂肪酸の総量、n-3系とn-6系の比率が、シゾキトリウム油群で有意に高くなりました。リピドミクスでは951種類の脂質分子が検出され、そのうち447種類が群間で差を示しました。シゾキトリウム油群では、DHAやEPAを含む脂質分子が増え、n-6系脂肪酸を含む一部の脂質分子が減っていました。DHAを脂質に取り込む過程に関わる遺伝子(FABP4、ACSL6、LPCAT2、LPCAT3)の発現が高まっていたことも報告されています。
香りの面では、1187種類の揮発性成分が検出され、そのうち197種類に群間の差がありました。シゾキトリウム油群では、青っぽい香り、果実のような香り、脂のような香りの特徴が強まり、甘い香りやロウのような香りは弱まりました。具体的には、n-3系脂肪酸の酸化に由来し草や果実のような香りと関連づけられる(E,E)-3,5-オクタジエン-2-オンや、リンゴのような香りをもつプロピオン酸ブチルが増えていました。
相関分析と機械学習の結果を重ね合わせることで、研究チームは肉質・抗酸化能・香りの指標と関連する候補脂質を3種類に絞り込みました。PE(O-18:2/22:6)、LPE(P-16:1)、PE(O-16:2/22:6)の3つで、いずれもリン脂質です。この3種類はすべてシゾキトリウム油群で多くなっていました。
研究が示すこと
著者らは、シゾキトリウム油の給与によって、筋肉の脂質が単に増えたのではないと述べています。DHAなどのn-3系脂肪酸が脂質分子に組み込まれ、脂質の構成そのものが組み替わっており、その変化が肉の明るさ、抗酸化能、好ましい香りの特徴と関連していたと結論づけています。
一方で論文は、次の点を限界として挙げています。 ・試料数が少ないため、相関分析の検出力が限られます。 ・機械学習モデルが試料に過度に合わせ込まれてしまう(過学習の)おそれがあります。 ・見つかった3種類の候補脂質は探索的な段階にとどまります。 本研究は、飼料の工夫が羊肉の脂肪酸バランスや品質に関わる特性にどう結びつくのかを、脂質分子のレベルから捉えようとした試みとして位置づけられます。
原著論文の著者・所属:Rongyu Yao(State Key Laboratory of Herbage Improvement and Grassland Agro-Ecosystems, College of Pastoral Agriculture Science and Technology, Lanzhou University, Lanzhou 730020, China)、Haiyu Ma(College of Veterinary and Animal Science, Dingxi Vocational and Technical College, Dingxi 730500, China; State Key Laboratory of Herbage Improvement and Grassland Agro-Ecosystems, College of Pastoral Agriculture Science and Technology, Lanzhou University, Lanzhou 730020, China)、Danian Chen(Dongxiang County Mutton Sheep Industry Research Center, Dongxiang County, Linxia 731400, China)、Xiaoli Zhou(Dongxiang County Mutton Sheep Industry Research Center, Dongxiang County, Linxia 731400, China)、Peidi Zhao(State Key Laboratory of Herbage Improvement and Grassland Agro-Ecosystems, College of Pastoral Agriculture Science and Technology, Lanzhou University, Lanzhou 730020, China)、Xiuxiu Weng(State Key Laboratory of Herbage Improvement and Grassland Agro-Ecosystems, College of Pastoral Agriculture Science and Technology, Lanzhou University, Lanzhou 730020, China)、Wanhong Li(State Key Laboratory of Herbage Improvement and Grassland Agro-Ecosystems, College of Pastoral Agriculture Science and Technology, Lanzhou University, Lanzhou 730020, China)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Rongyu Yao, Haiyu Ma, Danian Chen, et al. Integrative Lipidomics Reveals Schizochytrium Oil-Induced Muscle Lipid Remodeling Associated with Meat Quality, Oxidative Stability, and Flavor in Hu Lambs. Foods 2026-10-21. DOI: 10.3390/foods15203753. 原著ライセンス:CC BY.