著者の所属・活動拠点の国は、フランス、ポーランドです。

掲載誌:Journal of Trace Elements in Medicine and Biology

ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: 論文PDF

研究の目的

セレンは生物の正常な働きに欠かせない微量元素です。著者らは、セレンを多く含む食品が誰でも手に入るわけではない点に着目しました。そこで、きのこを栽培してセレンを豊富に含ませる「バイオフォーティフィケーション(栄養強化)」を研究の対象としました。きのこは育つ培地からセレンを取り込み、より利用価値の高い有機型の化合物に変える能力をもつことが知られています。

無機セレンには主に二つの形があります。亜セレン酸(4価のセレン)とセレン酸(6価のセレン)です。論文は考察で、この二つの形を与えてきのこへのセレンの蓄積量を比べた先行研究を複数挙げています。それらでは、亜セレン酸の方が多く蓄積する傾向が一般的だとされています。ただし、この傾向はきのこの種類、与える量、栽培期間によって変わることもあると紹介されています。

一方で、まだ調べられていなかった点もあります。培地のセレンの形が、エルゴチオネインのメチル化やセレノネインの生成の誘導にどう影響するかという点です。論文によると、この影響を、きのこに含まれるセレン化合物の全体像とあわせて比べた研究はありませんでした。エルゴチオネインはきのこに含まれる硫黄を含む化合物です。セレノネインはその硫黄がセレンに置き換わった仲間です。また、亜セレン酸の添加がこれらの経路を選んで促すのではないかという仮説も、ヒラタケ属では体系的に検証されていませんでした。

そこで研究チームは、ヒラタケ属のきのこ3種を使いました。世界で広く栽培されている Pleurotus djamor、P. ostreatus、P. pulmonarius です。培地のセレンの形の違いが、次の点にどう影響するかを調べました。セレンの蓄積、きのこ内での分布、化学形の内訳、そしてエルゴチオネインやセレノネインとそのメチル化体の生成です。

何をどのように調べたか

研究チームは、ブナとハンノキのおがくずに小麦ふすまなどを加えた培地を用意しました。この培地に、亜セレン酸ナトリウムかセレン酸ナトリウムのどちらか一方を加えました。量は培地1キログラムあたりセレン0.5ミリモルです。そのうえで、温度や湿度をそろえた条件で3種のきのこを育てました。分析したのは子実体(ふだん食べるきのこの部分)です。

分析では、きのこの試料から成分を段階的に取り出す「逐次抽出」という方法を用いました。まず水に溶ける成分を取り出しました。次に、多糖を分解する酵素で糖に結びついた成分を取り出しました。さらに、たんぱく質分解酵素でたんぱく質に結びついた成分を取り出しました。その後、界面活性剤で溶ける成分を抽出し、最後に残った部分も調べました。こうして、セレンがきのこのどの成分にどれだけ存在するかを測りました。

各抽出液では、セレンの量に加えて、どのような化合物の形で含まれているかも分析しました。分析には、成分を分離するクロマトグラフィーと、元素や分子を高い感度で検出する質量分析を組み合わせています。さらに、セレン特有の同位体の並び方を手がかりに、まだ知られていないセレン化合物を探しました。

主な結果

3種すべてで、亜セレン酸を加えた培地で育てたきのこのセレン含量が高くなりました。子実体全体のセレン含量は、セレン酸を加えた場合よりはるかに高く、差は種によって4〜7倍に達しました。著者らは、この結果が先行研究で多く報告されてきた傾向と一致すると述べています。そのうえで、二つの形の差が特に大きかった点を指摘しています。

一方、きのこの中でセレンがどの成分に分布するかは、種やセレンの形によってほとんど変わりませんでした。セレンの大半(55〜72%)は水に溶ける成分に含まれていました。次いで多かったのは糖に結びついた成分(14〜18%)で、残りはわずかでした。

化合物の形を調べると、主な成分はセレノメチオニンでした。これは、アミノ酸のメチオニンに含まれる硫黄がセレンに置き換わったものです。その割合は、セレン全体の45〜75%でした。

研究チームは、既知の化合物には当てはまらないセレン化合物も検出しました。それらは次のように推定されました。メチル基、乳酸、コハク酸が結合したセレノネインの誘導体、セレンを含むアミノ酸からなるジペプチド、そしてセレンを含む多価アルコールです。いずれも暫定的な同定です。また、市販の標準物質がないため、量は試料間での相対的な比較にとどまります。セレン酸で育てた試料では、これらの化合物はずっと少ないか、検出されませんでした。著者らは、その理由の一つとしてセレン含量そのものが低いことを挙げています。結論として著者らは、亜セレン酸の添加がメチルエルゴチオネインとセレノネインの生成を引き起こしたと報告しています。

研究が示すこと

この研究は、培地に加えるセレンの化学形が、ヒラタケ属のきのこに蓄積するセレンの量を大きく左右することを示しました。さらに、エルゴチオネインに関連する化合物の生成にも影響しうることを示しています。著者らは、亜セレン酸の方が取り込まれやすいことから、きのこの栄養強化には亜セレン酸の利用が有利だと結論づけています。

ただし、今回の分析は子実体だけを対象としています。固形の培地で育てたため、菌糸を培地から分けて分析することはできませんでした。また、新たに見つかった化合物の構造は推定の段階にとどまっています。それでもこの論文は、栽培時に与えるセレンの形という条件一つで、きのこが作り出すセレン化合物の顔ぶれが変わりうることを具体的に示した報告といえます。

原著論文の著者・所属:Katarzyna Bierła(Universite de Pau et des Pays de l'Adour, E2S UPPA, CNRS, UMR 5254, IPREM, Pau 64053, France. Electronic address: [email protected])、Simon Godin(Universite de Pau et des Pays de l'Adour, E2S UPPA, CNRS, UMR 5254, IPREM, Pau 64053, France)、Patrycja Mleczek(Poznan University of Life Sciences, Department of Ecology and Environmental Protection, Poznań 60-649, Poland)、Marek Siwulski(Poznań University of Life Sciences, Department of Vegetable Crops, Poznań 60-594, Poland)、Mirosław Mleczek(Poznań University of Life Sciences, Department of Chemistry, Poznań 60-625, Poland)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Katarzyna Bierła, Simon Godin, Patrycja Mleczek, et al. Influence of substrate selenium species on selenium metabolism in Pleurotus mushrooms: Selenite-induced synthesis of methylergothioneine and methylselenoneine. Journal of Trace Elements in Medicine and Biology 2026-10-29. DOI: 10.1016/j.jtemb.2026.127983. 原著ライセンス:CC BY.