著者の所属・活動拠点の国は、中国です。

掲載誌:Antioxidants

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

セレンは人にも魚にも欠かせない微量元素です。体内では主に「セレンタンパク質」と呼ばれるタンパク質の部品として働き、活性酸素による酸化ストレスを抑える抗酸化の仕組みを支えています。論文の序論によると、中国ではセレン不足が公衆衛生上の課題となっています。そのため、飼料を通じて養殖魚にセレンを蓄えさせる「セレン強化」が、実際的な方法として注目されてきました。

ただし、これまでの研究の多くは稚魚の成長や抗酸化能、免疫などを対象としていました。成魚の身質への影響はあまり調べられていなかったと著者らは指摘しています。そこで研究チームは、アジアの淡水養殖の主要魚種であるコイの成魚を対象に試験を行いました。市販の養殖飼料で広く使われる無機セレン源「亜セレン酸ナトリウム」を飼料に加え、成長や抗酸化の状態、セレンと重金属の蓄積、身の性質、栄養成分、香り成分がどう変わるかを総合的に調べました。

どのように調べたか

研究チームは、平均体重約250グラムのコイ240匹を12の網生けすに分けました。基本の飼料にセレンを1キログラムあたり0、0.5、1.0、2.0ミリグラム上乗せした4種類の飼料を用意し、各飼料を3つの生けすに割り当てて8週間与えました。出荷前の短期間にセレンを強化する場面を想定した設計です。なお、飼料中のセレン量を実際に測ると、上乗せなしの飼料にももともと一定量のセレンが含まれていました。

試験の後、背中の筋肉と肝臓を採取しました。そして成長の指標、抗酸化に関わる酵素の働き、筋肉中のセレン・水銀・カドミウムの量、肉の歯ごたえや保水性、アミノ酸や脂肪酸の組成、香りのもととなる揮発性成分を測定しました。さらに、上乗せなしの群と最も多く上乗せした群について、筋肉に含まれる多数の代謝物を網羅的に比べる「ノンターゲット・メタボロミクス」と呼ばれる解析も行いました。

主な結果

試験期間中、すべての群で魚は1匹も死にませんでした。増体率は、セレンを上乗せしなかった群の約42%に対し、1.0ミリグラム群で約54%と最も高くなりました。2.0ミリグラム群では約50%とやや下がりました。成長の伸びを示す別の指標も、セレンを加えたすべての群で上乗せなしの群より有意に高くなりました。研究チームは測定値をもとに回帰分析を行い、成長に最適な飼料中セレン濃度を1キログラムあたり約1.8ミリグラムと推定しています。筋肉の粗タンパク質の割合も、セレン量に応じて有意に増えました。

論文の結論では、セレンを加えた群で筋肉の抗酸化酵素の働きが高まり、脂質が酸化されてできる物質(MDA)が減り、保水性も向上したと報告されています。1.0ミリグラムと2.0ミリグラムの群では、肉の硬さや弾力、かみごたえなども有意に高まりました。重金属については、2.0ミリグラム群で筋肉中の水銀が1キログラムあたり約3.9マイクログラムから約1.6マイクログラムに、カドミウムが約0.43マイクログラムから約0.12マイクログラムに有意に減りました。

脂肪酸では、魚の油に含まれるn-3系脂肪酸のEPAとDHAが脂肪酸全体に占める割合が、上乗せなしの群の約3.6%から、1.0ミリグラム群で約4.8%、2.0ミリグラム群で約5.1%へと有意に上がりました。一方、たんぱく質を分解して測ったアミノ酸の総量や組成には、有意な差はみられませんでした。

香り成分は全部で40種類が確認され、その総量はセレン量が増えるほど多くなりました。成分のグループ別では、アルデヒド類が最も多く含まれていました。そのアルデヒド類の中で最も多いヘキサナールは、0.5ミリグラム群では割合が大きく下がった一方、1.0ミリグラム以上の群では有意に増えていました。ヘキサナールは新鮮な魚の香りの一部である一方、たまりすぎると脂の酸化による嫌なにおいの目印になる物質です。著者らは、EPAやDHAなど酸化されやすい脂肪酸が増え、においのもとになる材料自体が多くなったためではないかと考察しています。

代謝物の比較では、最も多く上乗せした群で222種類の代謝物が有意に変化していました(増加137種類、減少85種類)。増えたものにはn-3系脂肪酸や、脂肪酸の運搬に関わるカルニチン関連物質が多く含まれていました。研究チームは、不飽和脂肪酸の合成やPPAR、FoxOと呼ばれる脂質代謝・抗酸化に関わる経路が関与している可能性を示しています。ただし、これらの経路を分子レベルで直接確かめる検証はまだ行われていないこと、解析モデルの予測力は控えめであることも論文には明記されています。

研究が示すこと

この研究は、短期間の飼料へのセレン添加が、成魚のコイの成長、筋肉の抗酸化状態、身の性質、EPA・DHAの割合などの改善と結びついていたことを報告しています。また、水銀やカドミウムの蓄積が少なくなることも示されました。最も多く上乗せした群の筋肉中セレン濃度は1キログラムあたり約0.42ミリグラムでした。著者らは、この身を1日100グラム食べた場合の摂取量が中国の成人推奨量の約69%、耐容上限量の約10%にあたると試算し、試験した範囲では安全と判断しています。

一方で、成長に適した添加量では、脂の酸化臭の目印となる成分も増えていました。著者らは、実際に飼料を設計する際にはこの利点と風味上のリスクのバランスに注意が必要だとしています。また、今回は出荷前の短期給餌を想定した試験であり、重金属や香り成分に関する結果はそのまま長期の養殖には当てはめられない、とも述べています。

原著論文の著者・所属:Wanwen Chen(Key Laboratory of Integrated Rice-Fish Farming Ecology, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Freshwater Fisheries Research Center, Chinese Academy of Fishery Sciences, Wuxi 214081, China; Sino-US Cooperative International Laboratory for Germplasm Conservation and Utilization of Freshwater Mollusks, Freshwater Fisheries Research Center, Chinese Academy of Fishery Sciences, Wuxi 214081, China; Wuxi Fisheries College, Nanjing Agricultural University, Wuxi 214081, China)、Scovia Kikoberwa(Wuxi Fisheries College, Nanjing Agricultural University, Wuxi 214081, China)、Jian Wu(Key Laboratory of Integrated Rice-Fish Farming Ecology, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Freshwater Fisheries Research Center, Chinese Academy of Fishery Sciences, Wuxi 214081, China; Sino-US Cooperative International Laboratory for Germplasm Conservation and Utilization of Freshwater Mollusks, Freshwater Fisheries Research Center, Chinese Academy of Fishery Sciences, Wuxi 214081, China; Wuxi Fisheries College, Nanjing Agricultural University, Wuxi 214081, China)、Pao Xu(Key Laboratory of Integrated Rice-Fish Farming Ecology, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Freshwater Fisheries Research Center, Chinese Academy of Fishery Sciences, Wuxi 214081, China; Sino-US Cooperative International Laboratory for Germplasm Conservation and Utilization of Freshwater Mollusks, Freshwater Fisheries Research Center, Chinese Academy of Fishery Sciences, Wuxi 214081, China; Wuxi Fisheries College, Nanjing Agricultural University, Wuxi 214081, China)、Hao Cheng(State Key Laboratory of Food Science and Resources, School of Food Science and Technology, Jiangnan University, Wuxi 214122, China)、Haibo Wen(Key Laboratory of Integrated Rice-Fish Farming Ecology, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Freshwater Fisheries Research Center, Chinese Academy of Fishery Sciences, Wuxi 214081, China; Sino-US Cooperative International Laboratory for Germplasm Conservation and Utilization of Freshwater Mollusks, Freshwater Fisheries Research Center, Chinese Academy of Fishery Sciences, Wuxi 214081, China; Wuxi Fisheries College, Nanjing Agricultural University, Wuxi 214081, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Wanwen Chen, Scovia Kikoberwa, Jian Wu, et al. Effects of Short-Term Dietary Sodium Selenite Supplementation on Antioxidant Status, Heavy Metal Deposition, Flesh Quality and Flavor-Related Compounds of Common Carp (Cyprinus carpio), and a Potential Mechanism. Antioxidants 2026-09-24. DOI: 10.3390/antiox15101233. 原著ライセンス:CC BY.