著者の所属・活動拠点の国は、パキスタン、アメリカです。

掲載誌:Life

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の背景と目的

コムギは世界の食生活を支える主要な穀物です。研究チームが拠点とするパキスタンでも、年間を通じた十分なコムギの供給は食料安全保障に直結しています。そのコムギに深刻な被害を与える病気の一つが、斑点病(スポットブロッチ)です。論文によると、この病気は世界で約2500万ヘクタールのコムギ畑に発生し、その約4割がインド・パキスタン地域に集中しています。同地域では15〜20%の収量減少をもたらすとされています。原因となるのはビポラリス・ソロキニアナ(Bipolaris sorokiniana)というカビの一種です。葉に褐色の病斑が広がると光合成が妨げられ、穀粒の品質も低下します。

従来の化学農薬による防除には、環境や食品の安全性、薬剤が効かない菌の出現といった懸念があります。そこで著者らは、植物の栄養として働くミネラルで病気への抵抗力を高める方法に注目しました。セレンは、低い濃度ではヒトや動物、植物にとって必要な元素です。一方、高濃度では植物に害を与えることも知られています。セレンが乾燥や重金属などのストレスへの耐性を高めることはよく調べられてきましたが、この斑点病菌に対してどのように働くかは十分に分かっていませんでした。

そこで研究チームは、二つの仮説を検証しました。一つは、セレンが試験管内で病原菌の生育を直接抑えるというものです。もう一つは、葉に散布したセレンが、コムギの生理的・生化学的な防御の仕組みを高めて抵抗性を強めるというものです。

何をどのように調べたか

実験は、パキスタン・パンジャブ州にあるバハワルプル・イスラミア大学の実験室と温室で行われました。まず研究チームは、大学の圃場で斑点病の症状が出たコムギの葉を集め、表面を消毒してから培地にのせ、病原菌を分離しました。

試験管内の試験では、セレンが病原菌の生育をどの程度妨げるかを調べました。菌が育たなくなる範囲(阻止円)の大きさを測り、既存の抗真菌剤と比べています。温室では温度とおよそ25℃、湿度65〜70%に管理した条件でコムギを育て、病原菌を接種しました。そのうえで、セレンを葉に散布した場合としなかった場合で、生育や体内の成分、防御に関わる酵素などを比較しました。各処理は3反復で行い、統計的に差を検定しています。

主な結果

試験管内の試験では、セレンの濃度が高いほど、病原菌の生育を妨げる阻止円が大きくなりました。論文の結論では、セレンはこの病原菌に対して顕著な抗菌作用を示し、比較に用いた従来の殺菌剤を上回ったと報告されています。

温室での試験では、病原菌に感染させたコムギに25 mg/Lまたは50 mg/Lのセレンを散布すると、いくつかの成分が増えました。ストレス時に蓄積するアミノ酸のプロリン、可溶性の糖、フェノール類、フラボノイドなどです。著者らは、50 mg/Lのセレン散布で生育や生理・生化学的な反応が良好だったと述べています。

研究チームは、セレンによる抵抗性の向上を、植物の抗酸化防御システムが刺激された結果と位置づけています。このシステムには、活性酸素を分解するSOD、POD、CATといった酵素や、防御物質の合成に関わるPPOやPALなどの酵素が含まれます。プロリンやフェノール類、フラボノイドなど酵素以外の物質も関わっています。考察では、セレンが抗菌作用をもつ防御物質(ファイトアレキシン)の合成を促す可能性にも触れています。

研究の意味と残された課題

この研究は、ミネラルであるセレンを葉に散布することで、コムギが斑点病菌に対抗する力を高められる可能性を示しました。試験管内と温室という二つの段階で確かめた点が特徴です。著者らは、環境への負荷が小さい病害管理の一つの選択肢になりうると考えています。

一方で、著者ら自身も、今回の研究には限りがあると述べています。対象は一つのコムギ品種だけで、セレンの濃度の幅も狭く、実験は温室内に限られていました。大規模なコムギ生産で使えるかどうかを判断するには、複数の品種や実際の畑での評価、収量の測定、標準的な殺菌剤との比較が必要だとしています。

原著論文の著者・所属:Muhammad Raheel(Department of Plant Pathology, Faculty of Agriculture and Environment, The Islamia University of Bahawalpur, Bahawalpur 63100, Pakistan)、Hafiz Muhammad Usman Aslam(Department of Plant Pathology, Muhammad Nawaz Shareef University of Agriculture, Multan 60000, Pakistan; Plant Pathology Program, San Luis Valley Research Center, Colorado State University, 249 E County Road 9 N, Center, CO 81125, USA)、Saba Aslam(Department of Plant Pathology, University of Agriculture, Faisalabad 38000, Pakistan)、Waqas Ashraf(Department of Plant Pathology, Faculty of Agriculture and Environment, The Islamia University of Bahawalpur, Bahawalpur 63100, Pakistan)、Kamran Ikram(Department of Agricultural Engineering, Khwaja Fareed University of Engineering and Information Technology, Rahim Yar Khan 64200, Pakistan)、Tahira Abbas(Department of Horticulture and Plant Pathology, Faculty of Agricultural Sciences & Technology, University of Layyah, Layyah 31200, Pakistan)、Muhammad Zeeshan Mansoor(Department of Plant Pathology, Bahauddin Zakariya University, Multan 60800, Pakistan)、Qamar uz Zaman(Department of Environmental Sciences, The University of Lahore, Lahore 54000, Pakistan)、Muhammad Umar Alvi(Department of Horticulture and Plant Pathology, Faculty of Agricultural Sciences & Technology, University of Layyah, Layyah 31200, Pakistan)、Sajjad Ahmad(Department of Soil Science, Faculty of Agricultural Sciences & Technology, University of Layyah, Layyah 31200, Pakistan)、Hafiz Muhammad Aatif(Department of Plant Pathology, Bahauddin Zakariya University, Multan 60800, Pakistan)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Muhammad Raheel, Hafiz Muhammad Usman Aslam, Saba Aslam, et al. Foliar Selenium Application Enhances Wheat Resistance to Bipolaris sorokiniana-Induced Spot Blotch via Modulation of Growth, Physiological Homeostasis, and Antioxidant Defense Systems. Life 2026-08-17. DOI: 10.3390/life16081353. 原著ライセンス:CC BY.