著者の所属・活動拠点の国は、ドイツ、ギリシャです。
掲載誌:British Journal of Hospital Medicine
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ心臓手術後の栄養に注目したのか
心臓手術は体に大きな負担をかけます。著者らによると、手術や人工心肺(手術中に心臓と肺の働きを代行する装置)の使用をきっかけに、体内では炎症反応とストレス反応が強まります。その結果、安静時に消費するエネルギーが増え、筋肉のたんぱく質の分解も進みます。こうした状態は、傷の治りや免疫の働き、手術後の合併症と関わるとされています。
論文は、心臓手術を受ける患者のおよそ25〜50%が著しい栄養不良の影響を受けているという推計を紹介しています。一方で、手術前に栄養状態を整える対応を受ける患者は約7%にとどまり、手術後1週間に推奨量のエネルギーとたんぱく質をとれている患者も約半数だと報告されています。国際的な栄養指針や、手術からの回復を早めるための診療手順(ERACS)はすでにありますが、心臓手術に特化した詳しい手術後の栄養手順は十分に定まっていない、と著者らは指摘しています。
この総説の目的は、手術直後から退院後の長期にわたる各時期について、栄養管理の考え方を整理することです。
どのように資料を集めたか
本論文は、新たな実験や臨床試験を行った研究ではありません。既存の研究をまとめて解説する「ナラティブ・レビュー」と呼ばれる種類の論文です。著者らは2017年1月から2026年3月までの文献をPubMedとScienceDirectで検索しました。成人の心臓手術患者の周術期(手術前後の期間)と術後の栄養を扱った診療ガイドライン、系統的レビューやメタ解析、ランダム化比較試験を集め、欧米の臨床栄養学会や米国心臓協会などの指針も合わせて、現在の診療との関連性を重視して整理しています。
時期ごとに示された栄養の考え方
手術直後の集中治療室から一般病棟へ移るまでの早い時期について、論文は、手術後24〜48時間以内に経腸栄養(口や管を通じて腸を使う栄養)を始めることを推奨としてまとめています。心臓手術後に集中治療室へ入った4162人超の患者を振り返って調べた研究では、24時間以内に経腸栄養を始めたことが、炎症と免疫低下、消耗が長引く状態(PICS)の少なさと関連していました。この研究では入院期間も約2.2日短く、術後感染も少なかったことが紹介されています。ただし、これは観察に基づく関連の報告です。
この時期の目安として、エネルギーは体重1kgあたり1日25〜30kcal、たんぱく質は1.2〜2.0gが挙げられています。しかし実際には、術後2〜4日目の平均摂取量は1日約1088kcal、たんぱく質は体重1kgあたり約0.8gにとどまっていました。回復を早める診療手順のもとでも、推定必要量の70%以上をとれていた患者は約41%だったと報告されています。吐き気や飲み込みにくさ、食欲低下が妨げになるため、少量ずつ頻回に食べる工夫や栄養補助飲料の活用、飲み込みの評価などが論じられています。
水分と塩分については、一律に制限するのではなく、心不全の重さやむくみの程度、検査値に応じて個別に調整すべきだという考え方が示されています。血糖については、低血糖を避けながら120〜180mg/dLの範囲に保つことが一般に推奨されているとまとめています。
入院中から自宅での回復初期にかけては、食事を患者の状態に合わせて段階的に普通食へ進めることが重視されています。論文によると、食欲の低下は手術後2〜4週間続くことがあります。この時期は、厳しい食事制限よりも十分なエネルギーとたんぱく質の確保を優先する場合があるとしています。ビタミンC、ビタミンD、亜鉛、鉄といった微量栄養素も取り上げられています。ただし亜鉛については、臨床試験の結果が一致していないため、欠乏が確認された場合などに限って個別に補うべきで、全員への一律の補充は行うべきではないと述べられています。薬による胃腸の不調への対処も、この時期の課題として挙げられています。
長期的には、地中海食や、高血圧予防を目的とした食事法であるDASH食のような心臓を守る食事パターンを取り入れることが、再発予防と心血管リスクの低減を支えるとまとめられています。さらに、筋肉量が落ちた高齢者や、糖尿病・慢性腎臓病のある人、体重が多い人、抗凝固薬を使う人には特別な配慮が必要だとしています。
この総説が示すこと
著者らは、心臓手術後の栄養管理を、時期や患者の特性に応じて組み立てるべきものとして整理しました。そのうえで、栄養の評価と介入を回復促進の診療手順(ERACS)に組み込むことで、回復の経過が改善し、合併症が減る可能性があると結論づけています。同時に、手術の種類や個人に合わせた栄養手順を確立するには、質の高い研究がさらに必要だと述べています。推奨される栄養量と実際の摂取量の間に大きな差があるという報告は、手術前後の体系的な栄養管理がまだほとんど行われていないという、著者らが示す現状を裏づけるものです。
原著論文の著者・所属:Vasileios Leivaditis(Department of Cardiothoracic and Vascular Surgery, Westpfalz Klinikum, 67655 Kaiserslautern, Germany)、Francesk Mulita(Department of General Surgery, General Hospital of Eastern Achaia – Unit of Aigio, 25100 Aigio, Greece)、Efstratios Koletsis(Department of Cardiothoracic Surgery, General University Hospital of Patras, 26504 Patras, Greece)、Vasiliki Androutsopoulou(Department of Cardiothoracic Surgery, University Hospital of Larissa, 41110 Larissa, Greece)、Nikolaos G. Baikoussis(Department of Cardiac Surgery, Ippokrateio General Hospital of Athens, 11527 Athens, Greece)、Sofoklis Mitsos(Department of Thoracic Surgery, Attikon General Hospital, National and Kapodistrian University of Athens, 12462 Athens, Greece)、Athanasios Papatriantafyllou(Department of Cardiothoracic and Vascular Surgery, Westpfalz Klinikum, 67655 Kaiserslautern, Germany)、Periklis Tomos(Department of Thoracic Surgery, Attikon General Hospital, National and Kapodistrian University of Athens, 12462 Athens, Greece)、Manfred Dahm(Department of Cardiothoracic and Vascular Surgery, Westpfalz Klinikum, 67655 Kaiserslautern, Germany)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Vasileios Leivaditis, Francesk Mulita, Efstratios Koletsis, et al. Dietary Considerations and Nutritional Strategies to Enhance Recovery After Cardiac Surgery: A Comprehensive Review. British Journal of Hospital Medicine 2026-08-21. DOI: 10.31083/bjhm57290. 原著ライセンス:CC BY.