この研究は、ウクライナの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Eastern-European Journal of Enterprise Technologies
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜチーズの「本物かどうか」が問題になるのか
ヤギ乳から作られるチーズは、消化のしやすさやアレルギーを起こしにくい性質などから消費者の関心が高く、そのぶん価格も高くなります。研究チームは、こうした需要の高まりが、ヤギ乳脂肪をより安価な他の動物の乳脂肪や植物油で部分的・全面的に置き換えるという偽装を招いている、と先行研究を引きながら指摘しています。やっかいなのは、乳以外の脂肪を混ぜても味や香りといった官能的な性質がほとんど変わらないため、食べただけでは見分けがつかないことです。
世界には4,000種類を超えるチーズがあるとされ、しかも乳脂肪には約400種類もの脂肪酸が含まれます。この多様さと複雑さが判別を難しくしており、これまでに数多くの分析手法が提案されてきたこと自体が、決定的な方法がまだ存在しないことの表れだと著者らは述べています。
そこで本研究が取り上げたのが、小規模な農場でつくられ、コナダニの一種(Acarus siro)が関与しながら12か月以上かけて熟成する、手づくりのヤギ乳ハードチーズです。こうしたチーズはブランド登録された銘柄ではないことも多く、産地表示などの制度による保護を受けにくいという事情があります。研究の目的は、チーズ内部の微細な構造を顕微鏡で観察する「微細構造分析」を、脂肪の脂肪酸組成・トリグリセリド組成の分析と組み合わせることで、こうしたチーズの自然性と真正性を確かめられるかどうかを検討することでした。
何を、どのように調べたか
対象となったのは、ウクライナ・キーウ州のエコファーム「Zhuravka」でつくられた、12か月熟成の「Alpine」と18か月熟成の「Yogurt」という2種類の手づくりヤギ乳ハードチーズです。比較のため、工業生産された牛乳製のハードチーズ1種類と、チーズ様製品(チーズに似せてつくられた製品)2種類も調べられました。チーズ様製品のうち1つは、表示上の原材料に精製ひまわり油とパーム油という乳脂肪代替物が含まれることが明記されています。
微細構造の分析では、各製品から約1センチ角の試料を切り出し、厚さ18マイクロメートルの薄い切片をつくって、脂質を染め分ける色素(ズダンIII・ズダンIV)で染色し、光学顕微鏡で観察しました。また、脂肪球の数と大きさを調べるため、標本を55℃に加熱したうえで撮影し、少なくとも100個の脂肪球について直径を測定しています。脂肪酸とトリグリセリドの組成は、いずれもガスクロマトグラフィーという、成分を分離して種類と量を調べる手法で分析されました。なお「トリグリセリド」とは脂肪の主成分となる分子で、結合している脂肪酸の炭素数の合計によってC38、C52などと分類されます。
報告された主な結果
顕微鏡観察では、2種類の手づくりヤギ乳チーズに、視野あたり2〜3個の結晶状の含有物が見つかりました。これらは不規則または丸みを帯びた形をしており、周囲のカゼイン(乳タンパク質)の組織よりも明るい色で、縁に暗い輪郭をもっていたと報告されています。一方、牛乳製のハードチーズやチーズ様製品では、こうした結晶状の含有物は認められませんでした。また、ヤギ乳チーズの脂肪球は牛乳製チーズよりも濃く染まったとされています。チーズ様製品では、色の濃さの異なる脂肪球が混在し、接触した部分で凝集は起きるものの融合はしないという特徴が観察され、著者らはこれを異なる種類の脂肪が混ざっていることの表れと説明しています。
脂肪酸組成では、チーズ様製品にリノレン酸が検出されず、リノール酸の割合が21.14〜26.56%に達していました。ヤギ乳チーズと牛乳チーズの間にも違いがあり、ヤギ乳チーズにはミリストレイン酸とペンタデカン酸が存在する一方、パルミトレイン酸・エイコセン酸・テトラコサン酸は認められませんでした。
トリグリセリド組成では、AlpineとYogurtの両ヤギ乳チーズでC38・C40・C42・C52が主体となり、これら4つの合計はそれぞれ51.87%、51.77%でした。これに対しチーズ様製品では主体がC48〜C54に偏り、その割合は88.59〜88.85%に達しています。さらに、乳脂肪の純粋さを表す指標として計算される総和値について、2種類のヤギ乳チーズおよび牛乳製チーズはいずれも天然の乳脂肪とされる基準の範囲内に収まったと報告されています。
この研究が示すこと
著者らは、これらの結果から、チーズの微細構造を脂肪酸組成あるいはトリグリセリド組成と組み合わせることで、自然性と真正性を判定するための基準を補強できる、と結論づけています。とくに、熟成した手づくりヤギ乳チーズに見られた結晶状の含有物や、濃く染まる脂肪球といった顕微鏡レベルの特徴は、化学分析だけでは捉えにくい情報を加えるものとして位置づけられています。
味や香りでは判別できない乳脂肪の置き換えに対して、構造の観察と成分の分析という異なる角度からの手がかりを重ねる──本研究が示したのは、そうした組み合わせのアプローチが、ブランド登録のない手づくりチーズの真正性を確かめる手立てになりうる、という一つの可能性です。
著者:Viktor Davydovych(National University of Life and Environmental Sciences of Ukraine)、L. V. Shevchenko(National University of Life and Environmental Sciences of Ukraine)、Mykola Nikolaienko(National University of Life and Environmental Sciences of Ukraine)、Natalia Slobodyanyuk(National University of Life and Environmental Sciences of Ukraine)、Л. В. Бусол(State Biotechnological University)、Олена СИДОРЕНКО(State University of Trade and Economics)、Nataliia Nesterenko(State University of Trade and Economics)、О. Б. Любенок(Open International University of Human Development “Ukraine”)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Viktor Davydovych, L. V. Shevchenko, Mykola Nikolaienko, et al. Establishing the naturalness and authenticity of craft hard goat cheeses using microstructural analysis in combination with fatty acid and triglyceride composition of fat. Eastern-European Journal of Enterprise Technologies 2026-08-28. DOI: 10.15587/1729-4061.2026.368659. 原著ライセンス:CC BY.