この研究は、チリ、ブラジルの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Biomolecules

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

何を目指した研究か

オメガ3脂肪酸をはじめとする多価不飽和脂肪酸(PUFA)は、細胞膜の構造や炎症反応の調節などに関わる栄養成分です。論文によれば、ヒトはオメガ3脂肪酸を体内で合成できないため食事から摂る必要があり、従来は魚油や植物油が供給源となってきました。しかし著者らは、その生産には環境面・経済面・持続可能性の面で課題が増していると指摘しています。

そこで注目されているのが、油脂を多く蓄える「油脂生産酵母」です。論文では、この仲間は生育が速く、農産加工の副産物のような安価な原料を利用でき、培養条件を変えることで脂肪酸の組成そのものを調整できる点が特徴だと説明されています。研究チームは、この性質を踏まえて、酵母Rhodotorula mucilaginosa 6S株を対象に、砂糖生産の副産物である廃糖蜜(モラセス)を炭素源として用いた場合に、炭素と窒素の比率(C/N比)と培養温度が菌体量・脂質蓄積・脂肪酸組成にどう影響するかを調べました。あわせて、得られた脂質の「栄養学的な質」を示す各種指標も評価しています。

どのように調べたか

著者らは、チリの製糖工場から入手したビート由来の廃糖蜜を、前処理せずそのまま炭素源として使用しました。窒素源(硫酸アンモニウム)などの濃度は一定に保ったまま廃糖蜜の濃度を変え、C/N比が4から14までの6段階になるよう調整しています。培養温度は15℃と25℃の2条件で、これらを組み合わせた完全要因計画により72時間の培養を行いました。

測定対象は、乾燥重量による菌体量、総脂質量と脂質含有率、単位時間あたりの脂質生産性、基質からの菌体・脂質への変換効率、比増殖速度などです。脂肪酸の組成はガスクロマトグラフィーで分析し、その結果をもとに不飽和度(DU)、動脈硬化指数(AI)、血栓形成指数(TI)、コレステロール低下/上昇型脂肪酸の比(HH)、オメガ6/オメガ3比といった、脂質の栄養的な質を評価するための指標を算出しました。AIやTIは値が低いほど、HHは値が高いほど、心血管の観点から好ましいとされる指標として論文中で扱われています。

報告された主な結果

菌体量は、25℃で3.02〜3.90 g/L、15℃で3.32〜3.93 g/Lの範囲となりました。論文では、菌体量に最も大きく寄与した要因はC/N比であり、温度およびC/N比と温度の組み合わせも有意に影響したと報告されています。15℃ではC/N比6で、25℃ではC/N比8で、それぞれ最も高い平均菌体量が得られました。

一方、脂質の生産は温度の影響を強く受けました。総脂質量は15℃でおよそ0.33 g/L、25℃でおよそ0.42 g/Lとなり、脂質含有率も25℃で最も高い値(10.2〜14.5%)が得られています。これらについてはC/N比の効果は統計的に有意ではなく、温度が主要因と位置づけられました。著者らは全体として、15℃は基質から菌体への変換に有利で、低いC/N比と25℃の組み合わせが脂質生産の効率という点で良好だったとまとめています。

脂肪酸の組成については、飽和・一価不飽和・多価不飽和のいずれの合計量も、C/N比と温度およびその組み合わせによって有意に変化しました。さらに個々のPUFAは、それぞれ異なる最適条件を示しています。アラキドン酸は25℃・C/N比10で最も高く(約1.36%)、C/N比12以上では温度によらず検出されなくなりました。エイコサペンタエン酸(EPA)は25℃・C/N比6でのみ最大値(約2.5%)に達し、ドコサヘキサエン酸(DHA)は15℃・C/N比8で最も高い値(約5.15%)を示しました。

栄養指標の面では、15℃の条件でC/N比が上がるにつれてAIとTIが低下し、HHはC/N比12・14で4.0近くまで上昇しました。著者らは、すべての指標を合わせて見ると、15℃でC/N比10〜14、特にC/N比12の条件が、高い不飽和度・低いAIとTI・高いHHという点で最もバランスの取れた profile を示したと述べています。なお、25℃・C/N比10では例外的にAIとTIが高くHHが低い組成が観察され、トランス型の脂肪酸異性体が検出されました。著者らはこれについて、廃糖蜜自体に残存する微量の脂質(粗脂肪0.08%)に由来する成分を酵母が取り込んだ可能性を挙げつつ、廃糖蜜中の脂質の脂肪酸組成を分析していないため、今回の実験設計からは由来を特定できないと慎重に述べています。

この報告が示すこと

この研究が示しているのは、廃糖蜜という安価で入手しやすい副産物を炭素源としても、この酵母が菌体と脂質の両方を生産できるということ、そして温度とC/N比という2つの操作しやすい条件によって、脂質の「量」だけでなく「組成と栄養的な質」までも方向づけられるということです。

特に、菌体量を増やすのに適した条件、脂質の生産効率が高い条件、そして栄養指標の観点で望ましい脂肪酸組成が得られる条件が、必ずしも一致しないという点は示唆に富みます。何を目的に培養するかによって選ぶべき条件が変わるという、原著の報告が伝える意味はそこにあります。

著者:Ivis Páez(Doctorado en Ciencias de la Ingeniería mención Bioprocesos, Universidad de La Frontera, Av. Francisco Salazar 01145, Temuco 4811230, Chile)、Edgar L. Uquiche(Departamento de Ingeniería Química, Center of Food Biotechnology and Bioseparation, Universidad de La Frontera, BIOREN, Av. Francisco Salazar 01145, Temuco 4811230, Chile)、Adalberto Pessoa(Department of Pharmaceutical-Biochemical Technology, School of Pharmaceutical Sciences, University of Saõ Paulo, Saõ Paulo 4030000, Brazil)、Robinson Soto‐Ramírez(Departamento de Ingeniería de Procesosy Bioproductos, Facultad de Ingeniería, Universidad del Bío-Bío, Avda Collao. 1202, Concepción 4051381, Chile)、Paola Díaz-Navarrete(Departamento de Ciencias Veterinarias y Salud Pública, Facultad de Recursos Naturales, Universidad Católica de Temuco, Temuco 4780000, Chile)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ivis Páez, Edgar L. Uquiche, Adalberto Pessoa, et al. Modulation of Polyunsaturated Fatty Acid Production and Nutritional Lipid Quality Indices in Rhodotorula mucilaginosa 6S Using Molasses as a Sustainable Carbon Source. Biomolecules 2026-09-08. DOI: 10.3390/biom16091294. 原著ライセンス:CC BY.