この研究は、イギリス、オランダの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Frontiers in Nutrition

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜ脂肪酸と精神病性障害なのか

統合失調症や双極性障害では、血液などに含まれる多価不飽和脂肪酸(PUFA)の量が変わっていることや、脂肪酸の代謝に関わる遺伝子の違いと発症リスクとの関連が報告されてきました。著者らはこうした背景から、PUFAの代謝とこれらの精神疾患との関係を示す証拠を幅広く集めて整理する総説をまとめています。

考え方の出発点は、1990年代に提唱された統合失調症の「膜リン脂質仮説」です。神経細胞の膜をつくるリン脂質の代謝に異常があると、膜の構造や細胞内の信号伝達、神経細胞同士のつなぎ目であるシナプスの働きに影響し、病気の成り立ちに関わるのではないかという仮説です。著者らは、近年の遺伝学や脂質を網羅的に調べる研究によって、この枠組みが改めて注目されていると述べています。

総説が扱う範囲は、PUFAの生物学的な役割、動物などを使った前臨床研究、患者の血液や脳組織などを調べた観察研究、ゲノム研究、そして主に薬物治療に上乗せしてPUFAを補う臨床試験までにわたります。双極性障害は精神病性障害そのものには分類されませんが、躁やうつの時期に幻覚や妄想などの精神病症状を伴うことが多く、統合失調症と遺伝的な重なりも大きいことから、あわせて取り上げられています。

脂肪酸の種類と、体内での作られ方

PUFAにはオメガ3系(n-3)とオメガ6系(n-6)があります。植物油に多いリノール酸(n-6)や、亜麻仁やクルミなどに含まれるαリノレン酸(n-3)は、体内で鎖の長い脂肪酸の材料になります。鎖の長いものには、n-6系のアラキドン酸、n-3系のEPAやDHAがあります。ただし著者らによると、人の体内でαリノレン酸がEPAに変わる割合は約8%、DHAに変わる割合は0.4〜9%と低いと報告されています。そのため、魚などから鎖の長い脂肪酸を直接とることが一般に必要と考えられているとしています。

この変換を担う酵素の設計図となるのが、FADSと呼ばれる遺伝子群です。著者らは、FADS遺伝子の型の違いが、食事とは別に、鎖の長いPUFAがどれだけ作られるかを強く左右することを紹介しています。また、ゲノム研究ではFADS遺伝子群が双極性障害や統合失調症のリスクとも関連づけられていると述べています。

一方で、変換の働きが弱い遺伝子の型を持つ人がn-3系の摂取が少ない食事をとるとリスクが高まるのではないか、という考え方については、直接裏づける実験的な証拠は現時点では乏しいと著者らは明記しています。食生活の面では、20世紀以降に欧米などでn-6系の摂取が増え、n-3系が減ったことで、n-6とn-3の比率が人類の進化の過程で推定される1対1程度から、現在では20対1程度に広がったと紹介されています。

脳の中でPUFAが関わる仕組み

脳に多い鎖の長いPUFAはDHAとアラキドン酸で、主に細胞膜の成分として存在します。DHAは脳のPUFAの約6割を占め、特にシナプスの膜に多く含まれています。膜の柔らかさや、膜にある受容体やイオンの通り道(イオンチャネル)の働きに関わるとされます。脳はPUFAを血液から絶えず取り込んでおり、胎児期の終わりごろには脳への蓄積が大きく進むことから、脳の発達にとって重要だと著者らは述べています。

総説では、PUFAが精神病性障害のリスクに関わるとされてきた複数の経路に影響しうることが、主に動物や細胞の実験をもとに整理されています。たとえば、炎症について次のような報告があります。妊娠中の母体の免疫反応を再現した動物モデルでは、n-3系が不足すると子の異常が強まりました。逆にn-3系を補うと、神経の炎症や行動の変化が和らいだとされています。

発達の途中で不要なシナプスを刈り込む過程にも関わりが示されています。動物ではn-3系の不足によって脳の免疫細胞であるミクログリアが活性化し、シナプスの取り込みが増えていました。精神病の発症リスクが非常に高い人を対象にした研究では、n-3系の補充後に「補体」と呼ばれる免疫の仕組みが最も大きく変化した経路として浮かび上がったと紹介されています。

このほか、神経細胞の生成や移動、神経線維を覆う髄鞘(ミエリン)や白質の発達、ドーパミンやグルタミン酸による神経伝達、カルシウムの通り道となるチャネルの働き、ストレスへの反応系についても、PUFAとの関わりを示す研究がまとめられています。人のiPS細胞から作った神経細胞では、n-6系とn-3系の材料の比率が偏ると、神経の前駆細胞の増殖や分化、電気的な活動が乱れたと報告されています。

この総説から見えてくること

著者らは、PUFAは単一の経路ではなく、炎症、シナプスの刈り込み、神経伝達、ストレス反応、髄鞘形成といった互いに関連する複数の仕組みを通じて、脳の発達と病気のなりやすさに関わっている可能性が高いとまとめています。その影響は、FADS遺伝子の型のような遺伝的な違いや、食事の内容によって左右されると考えられています。

ただし著者らは、これらの仕組みに関する証拠は生物学的なもっともらしさを示すものの、精神病に関連する特徴との因果関係を確立するものではないとも明確に述べています。食事と遺伝の両面から脂肪酸の代謝をとらえ、精神疾患の成り立ちを理解しようとする視点を示した点に、この総説の意味があります。

著者:Laura Jayne Westacott(Psychiatric Nutrigenomics Group, Neuroscience and Mental Health Innovation Institute, Cardiff University)、Karolina Dec(Psychiatric Nutrigenomics Group, Neuroscience and Mental Health Innovation Institute, Cardiff University)、Hanna Gruszczyńska(Psychiatric Nutrigenomics Group, Neuroscience and Mental Health Innovation Institute, Cardiff University)、Craig Joyce(Independent Researcher)、Stephanie Mitchell(Psychiatric Nutrigenomics Group, Neuroscience and Mental Health Innovation Institute, Cardiff University)、Jérémy Hall(Department of Psychiatry, Warneford Hospital, University of Oxford)、Adrian J. Harwood(Department of Translational Genomics, Mental Health and Neuroscience Research Institute (MHeNs), Maastricht University)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Laura Jayne Westacott, Karolina Dec, Hanna Gruszczyńska, et al. Polyunsaturated fatty acids and psychotic disorders: integrating mechanistic, genetic, and clinical evidence. Frontiers in Nutrition 2026-09-16. DOI: 10.3389/fnut.2026.1929742. 原著ライセンス:CC BY.