著者の所属・活動拠点の国は、中国です。

掲載誌:Cells

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的:魚の「EPA・DHAをつくる力」を左右する遺伝子を探る

EPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)に代表される長鎖多価不飽和脂肪酸(LC-PUFA)は、人の健康に欠かせない栄養素とされ、魚や水産物はその主要な食事由来の供給源です。論文によると、魚が体内でこれらの脂肪酸を合成する能力は、食品としての栄養価に直結します。合成には脂肪酸の炭素鎖に二重結合を加える酵素(不飽和化酵素)や鎖を伸ばす酵素(伸長酵素)が働きますが、これらを調節する遺伝的な仕組みはほとんど分かっていません。

研究チームが注目したのは、DMRTと呼ばれる転写因子(ほかの遺伝子の働きを調節するタンパク質)の一員である遺伝子dmrt2aです。DMRTファミリーは性決定や胚発生に関わることが知られ、dmrt2aもゼブラフィッシュの体節や左右軸の形成、筋肉の分化に関与すると報告されてきましたが、脂肪酸の合成や肝臓の脂質バランスとの関係は調べられていませんでした。著者らは、この遺伝子と肝臓の脂質代謝との関わりを初めて明らかにすることを目指しました。

何を調べたか:遺伝子を壊した魚と通常の魚を比べる

研究チームは、ゲノム編集技術CRISPR/Cas9を使ってdmrt2aが働かないゼブラフィッシュを作製しました。遺伝子の2本の対立遺伝子がともに壊れた個体(ホモ接合変異体)を、通常の個体(野生型)と比べています。変異体は欠失の長さが異なる2系統が得られ、どちらも遺伝子の読み枠がずれて機能部分を欠くタンパク質になると予測されました。なお、親世代の交配から生まれた子のうち成魚まで育ったホモ接合変異体は、期待される比率より明らかに少なく、野生型の数の約30%にとどまっており、著者らは成魚になる前の生存に不利がある可能性を指摘しています。

比較では、肝臓の脂肪酸組成の分析、脂肪を赤く染める染色(オイルレッドO染色)による脂肪滴の観察、中性脂肪(トリグリセリド)の測定、そして肝臓で働いている遺伝子を網羅的に調べる解析(トランスクリプトーム解析)を行いました。さらに、魚油を加えてLC-PUFAを増やした餌を変異体に1か月与え、肝臓の異常が改善するかを確かめる実験も実施しました。

主な結果:EPA・DHAの割合が下がり、肝臓に脂肪がたまる

変異体の肝臓は白っぽく崩れやすく、腹腔にも多くの脂肪が見られました。この特徴は2系統のどちらでも観察されました。染色では脂肪滴が明らかに増え、染色された面積は野生型より88.6%多いと報告されています。肝臓の中性脂肪量も野生型より有意に高く、肝臓に脂肪がたまる「脂肪肝」に似た状態が生じていました。

脂肪酸組成を見ると、変異体の肝臓ではEPAとDHAが全脂肪酸に占めるモル百分率(分子の数で見た割合)が有意に低下していました。一方、それらの材料となる炭素数18の脂肪酸(リノール酸C18:2n-6とα-リノレン酸C18:3n-3)の割合は増えていました。n-6系でもアラキドン酸などの割合が低下していました。材料が残り、完成品が減るというこのパターンは、合成の流れのどこかが滞っていることを示唆するものです。

遺伝子の働きを調べた解析では、変異体と野生型で発現量が異なる遺伝子が、増加77個、減少117個見つかり、それらは不飽和脂肪酸の合成や脂肪酸の伸長・分解など脂肪酸代謝に関わる経路に集中していました。個別の測定では、LC-PUFA合成に重要な不飽和化酵素をつくる遺伝子fads2の発現が低下し、伸長酵素遺伝子の一つelovl8bは増加していました。著者らは、fads2の働きの低下がEPAやDHAの合成低下を説明しうると考えていますが、dmrt2aがfads2をどのように調節するのかはまだ分かっておらず、合成の流れを直接測る検証が必要だとしています。また免疫に関わる経路の変化も見られましたが、それが肝臓の炎症を意味するのかは今後の課題とされています。

LC-PUFAを増やした餌を与えた変異体では、通常の餌の変異体に比べて脂肪滴と中性脂肪がともに有意に減りました。ただし、野生型の水準までは戻らず、改善は部分的でした。著者らは、魚油の添加で餌の脂質量やエネルギーも増えていた点に触れたうえで、脂質やエネルギーが多いと通常は脂肪の蓄積が進むことから、この減少はLC-PUFAの供給増加によるものと考えられると述べています。

この研究が示すこと

著者らによれば、DMRTファミリーの転写因子が肝臓のLC-PUFA組成や脂質のバランスと結びつけられたのは、魚類で初めてです。研究チームは、dmrt2aを失うと体内でのEPA・DHA合成が損なわれ、それが肝臓の脂質異常の主な要因になっているという考えを示しています。この変異体は脂肪肝の研究に使えるモデルとなりうるほか、魚の栄養価を左右する遺伝的要因の候補として、養殖魚の育種への手がかりになるとしています。一方で、ゼブラフィッシュは養殖魚種を十分に代表するわけではなく、結果を他の魚にあてはめるには慎重さが必要だと著者ら自身が述べています。

原著論文の著者・所属:Mingxi Hou(Key Laboratory of Aquatic Genomics, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Beijing Key Laboratory of Fishery Biotechnology, Chinese Academy of Fishery Sciences, Beijing 100141, China)、Donghao Li(Key Laboratory of Aquatic Genomics, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Beijing Key Laboratory of Fishery Biotechnology, Chinese Academy of Fishery Sciences, Beijing 100141, China; National Demonstration Center for Experimental Fisheries Science Education, Shanghai Ocean University, Shanghai 201306, China)、Yaqun Zhang(Key Laboratory of Aquatic Genomics, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Beijing Key Laboratory of Fishery Biotechnology, Chinese Academy of Fishery Sciences, Beijing 100141, China)、Hengde Li(Key Laboratory of Aquatic Genomics, Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Beijing Key Laboratory of Fishery Biotechnology, Chinese Academy of Fishery Sciences, Beijing 100141, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Mingxi Hou, Donghao Li, Yaqun Zhang, et al. Loss of dmrt2a Alters Hepatic LC-PUFA Composition and Lipid Homeostasis in Zebrafish. Cells 2026-09-27. DOI: 10.3390/cells15191763. 原著ライセンス:CC BY.