この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Animals

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的:乳脂肪がつくられる仕組みを分子レベルで探る

牛乳やヤギ乳に含まれる乳脂肪は、乳製品の中心的な栄養成分です。論文によれば、その約95%はトリグリセリド(中性脂肪)が占めています。乳脂肪は乳腺上皮細胞(乳腺で乳の成分をつくる細胞)の中で、脂肪酸を新たに合成する働き、外から脂肪酸を取り込む働き、そしてそれらを組み立てて分泌する働きが組み合わさることで生み出されます。乳脂肪の脂肪酸組成や風味、質感といった品質は、この過程によって決まります。

研究チームが注目したのは、SIRT7(Sirt7)というタンパク質です。SIRT7はサーチュインと呼ばれるタンパク質群の一つで、他のタンパク質からアセチル基という化学的な目印を外す「脱アセチル化酵素」として働き、細胞の代謝調節などに関わることが知られています。著者らによれば、脂質代謝におけるSIRT7の役割はヒトやマウスを対象とした研究が中心で、ウシやヤギなどの反芻動物では、炎症の調節や遺伝的な多型に関する報告が中心であり、脂質代謝における機能はほとんど解明されていないとされています。

そこで研究チームは、乳用ヤギの乳腺上皮細胞を使い、SIRT7の働きを薬剤で抑えたときに乳脂肪の合成や脂肪酸の組成がどう変わるかを調べました。

何を調べたか:SIRT7阻害剤を用いた細胞実験

研究チームは、乳用ヤギの乳腺上皮細胞を培養し、SIRT7に特異的に作用する低分子の阻害剤(ID: 97491)で48時間処理しました。まず濃度を0〜20μmol/Lの範囲で振って細胞の生存率を確かめたところ、20μmol/Lでは生存率が有意に低下した一方、15μmol/Lまでは対照群と有意な差がありませんでした。そのため、以降の実験では細胞へのダメージが認められない15μmol/Lが用いられています。この濃度では、SIRT7のmRNA量が15〜20%、タンパク質量が40〜50%減少したと報告されています。

その上で著者らは、脂質代謝に関わる遺伝子やタンパク質の発現量、細胞内のトリグリセリド量、脂肪滴(細胞内に脂質がたまってできる粒)の様子を測定しました。脂肪滴はオイルレッドOという脂質を赤く染める色素で観察しています。さらに、ガスクロマトグラフィー質量分析法という、成分を分離して種類ごとに量を測る手法を使い、中鎖・長鎖脂肪酸の組成の変化を調べました。

主な結果:中性脂肪と脂肪滴が増え、脂肪酸の顔ぶれが変わった

SIRT7を阻害した細胞では、脂質代謝の調節役として働く転写因子(遺伝子のスイッチを入れるタンパク質)の発現に変化が見られました。論文によれば、脂質蓄積を抑える方向に働くとされるFOXO1はmRNA・タンパク質ともに減少し、逆に脂肪合成を促す方向の転写因子SREBP1は大きく増加しました。脂肪酸を細胞内に取り込むCD36、脂肪酸の新規合成に関わるACC、二重結合を導入するSCD1、鎖を伸ばすELOVL6といった遺伝子の発現も上昇した一方、脂肪酸の輸送に関わるFABP1は低下しました。なお、脂質代謝に関わる別の因子PPARγの発現には有意な変化がなかったと報告されています。

細胞内のトリグリセリド量は有意に増加し、染色でも脂肪滴が増えて目立って集まっている様子が観察されました。脂肪酸組成については、飽和脂肪酸ではC16:0(パルミチン酸)やC15:0、C20:0、C24:0が有意に増加し、C11:0は減少しました。一価不飽和脂肪酸ではC16:1(パルミトレイン酸)とC18:1n9c(オレイン酸)が有意に増え、多価不飽和脂肪酸ではC20:5n3が有意に減少しています。

著者らは、こうした結果を、SIRT7の低下がSREBP1を介した脂肪合成の遺伝子ネットワークを活性化させると同時に脂質の分解側を抑え、細胞内の脂質代謝のバランスが合成に傾いた結果と解釈しています。

この研究が示すこと

この研究は、乳用ヤギの乳腺上皮細胞においてSIRT7が乳脂肪の合成を抑える側に働いている可能性を、阻害剤を用いた実験から初めて示したものです。著者ら自身、今回の検証は化学的な阻害剤のみによるもので、遺伝子編集などによる双方向の検証が欠けており、詳しい仕組みはなお解明されていないと述べています。また、阻害剤は本来SIRT7の酵素活性を抑えるものであり、SIRT7の転写量が下がったことは二次的な反応と考えられる、としています。

それでも、乳脂肪がどのようにつくられ、どんな脂肪酸で構成されるかを左右する分子の一つとしてSIRT7を位置づけた点に、この研究の意義があります。これまでヒトやマウスに偏っていた知見を、乳を生産する動物の細胞へと広げる一歩といえます。

著者:Jun Li(College of Animal Science and Technology, Henan University of Animal Husbandry and Economy, Zhengzhou 450046, China)、Zhongying Li(College of Animal Science and Technology, Ningxia University, Yinchuan 750021, China)、Menghan Han(College of Animal Science and Technology, Ningxia University, Yinchuan 750021, China)、Mengfan Zhao(College of Animal Science and Technology, Henan University of Animal Husbandry and Economy, Zhengzhou 450046, China)、Zhuoying Li(College of Animal Science and Technology, Ningxia University, Yinchuan 750021, China)、Huibin Shi(College of Animal Science and Technology, Henan University of Animal Husbandry and Economy, Zhengzhou 450046, China)、Haoyuan Han(College of Animal Science and Technology, Henan University of Animal Husbandry and Economy, Zhengzhou 450046, China)、Kun Liu(College of Animal Science and Technology, Henan University of Animal Husbandry and Economy, Zhengzhou 450046, China)、Xing Liu(Zhengzhou Agricultural Technology Extension Center, Zhengzhou 450006, China)、Kai Quan(College of Animal Science and Technology, Henan University of Animal Husbandry and Economy, Zhengzhou 450046, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jun Li, Zhongying Li, Menghan Han, et al. Effects of SIRT7 Inhibition on Milk Fat Synthesis and Fatty Acid Composition in Dairy Goat Mammary Epithelial Cells. Animals 2026-09-14. DOI: 10.3390/ani16182886. 原著ライセンス:CC BY.