この研究は、パレスチナ、イギリスの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Beverages
ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: Crossref
何を目的とした研究か
発酵飲料は、プロバイオティクス(生きたまま腸に届いて健康に役立つとされる微生物)や体に働きかける成分を届ける手段として注目されています。ただし著者らは、その働きは微生物の性質だけで決まるものではなく、微生物・食品素材(マトリックス)・製造条件の相互作用によって大きく左右されると指摘しています。
この総説が取り上げるのは、Saccharomyces cerevisiae var. boulardii(以下、ブラウディ酵母)です。これは酵母の一種で、プロバイオティクスとして最もよく調べられてきた酵母だと著者らは説明しています。乳酸菌などの細菌プロバイオティクスが酸に弱いのに対し、この酵母は酸性環境や消化管内のストレスに強いとされます。しかし食品・飲料への応用に関する研究は、飲料の種類ごとに菌株も発酵条件も分析方法も異なり、報告が断片的で直接比較しにくい状態にありました。そこで著者らは、果実、乳、穀物という三つの素材系を横断して既存の知見を整理し、素材の違いが酵母の働きをどう変えるのかを評価することを目的としています。
三つの素材で何が報告されているか
乳系の飲料について、著者らは次のように整理しています。乳は栄養が豊富で、酸性化を和らげる緩衝能を持つため、微生物が生き残りやすい環境です。ただしブラウディ酵母はβ-ガラクトシダーゼを持たないため乳糖を直接分解できず、乳酸菌が乳糖を分解して放出したブドウ糖やガラクトースを炭素源として利用します。一方で酵母は乳酸などの有機酸を消費して局所的にpHを上げ、アミノ酸や二酸化炭素を出して乳酸菌を助けます。著者らはこれを単なる共存ではなく相互供給の関係だと述べています。ただしこの協力関係には上限があり、発酵が長引いたり温度が高かったりして酵母由来のエタノールがたまると、一定濃度を超えたところで乳酸菌の増殖を妨げるようになるとされています。
果実・野菜ジュース系は、pHが4を下回ることも多く、抗菌作用のあるポリフェノールを含み、緩衝能も乏しいため、多くの細菌にとっては厳しい環境だと著者らは説明します。ブラウディ酵母はこの酸性環境に耐えられるため活動を続けられ、酵素の働きで糖と結合した形のポリフェノールを分解し、吸収されやすい形に変えるといった変換が起こります。報告例として、ライチ飲料では冷蔵で3週間後も生菌数が6 log CFU/mLを超えて維持されたこと、混合果汁での乳酸菌との共発酵で抗酸化活性の向上とサルモネラに対する抑制作用が示されたことなどが挙げられています。同時に著者らは、エタノールの生成はSaccharomyces属の代謝に本来備わった性質であり、ノンアルコールを目指す飲料では制約になると注意を促しています。
穀物系では、素材の中心が食物繊維や難消化性の多糖(β-グルカン、アラビノキシラン、レジスタントスターチなど)です。ブラウディ酵母はこれらを直接分解する酵素を持たないため、麦芽づくりや糖化の工程、あるいは共培養する微生物や外から加える酵素によって糖が放出されて初めて働けます。小麦ビールでは糖化温度の設定を工夫してブドウ糖の放出を促すと、模擬消化の過程でも生存を保ちつつ、従来のビール酵母に近い発酵性能が得られたと報告されています。クラフトビールの例では、二次発酵30日後も77%以上の生存率を保ち、アルコール分が低く濁りも少ないビールができたとされます。また大麦ワートを醸造工程なしでノンアルコールのプロバイオティクス飲料に仕立てた例もあり、同じ穀物でも工程設計しだいで異なる方向へ導けることを示していると著者らは述べています。
健康との関わりと、まだ分かっていないこと
著者らは、この酵母の生物活性が生きた細胞だけに由来するものではない点を強調します。細胞壁はおよそ65%のβ-グルカンと35〜40%のマンノプロテイン、約2%のキチンからなり、これらが免疫細胞の受容体に認識されて免疫応答を調節します。同じ条件で比較した実験では、ブラウディ酵母の細胞抽出物のほうが近縁のS. cerevisiaeより強い免疫調節作用を示したと報告されています。加熱により死滅させた菌体でも活性が残ることから、国際的な学術団体は不活化されたブラウディ酵母をポストバイオティクス(微生物由来の有用成分)の供給源として位置づけているとされます。
腸への作用については、抗生物質の使用にともなう腸内細菌のかく乱が最もよく調べられた場面です。臨床研究では、この酵母の摂取が抗生物質関連下痢症の発生を減らし、常在菌の回復を助けうることが示されていますが、反応は一様ではなく、抗生物質の種類や投与期間、もともとの腸内細菌の構成、患者の状態などに左右されると著者らは整理しています。
ここで著者らが繰り返し注意を促すのは、証拠の出どころです。作用機序に関する知見の多くは、精製した酵母成分、細胞を使った実験、動物モデルから得られたものであり、臨床研究の大半もサプリメントとしての投与に基づいています。発酵飲料そのものを介入に用いた証拠は限られており、同じ菌株を異なる飲料で与えて比較した臨床研究は存在しません。したがって、飲料の素材が臨床的な結果を左右するという見方は、生物学的に筋の通った仮説ではあっても、確立した効果とはいえないというのが著者らの立場です。飲料の発酵で実際にどのようなポストバイオティクスが生じるのかも、ほとんど直接には調べられていません。
この総説が伝えていること
著者らの整理から浮かび上がるのは、プロバイオティクスの働きを微生物そのものに備わった性質として捉えるのでは不十分だ、という見方です。同じブラウディ酵母でも、乳では乳酸菌との相互供給に支えられ、果汁では耐酸性を活かして成分を変換し、穀物では工程が糖を用意して初めて力を発揮します。研究ごとに結果が食い違って見えるのは、実験のばらつきというより、酵母が置かれた食品環境の違いを映している可能性がある、というわけです。
同時にこの総説は、何が分かっていて何が分かっていないかの線引きを明確にしています。安定性、エタノールの生成、風味の受け入れやすさ、安全性、工業化といった課題が残り、生きた菌が残っていることを示すだけの研究から、飲料ごとの代謝産物の違いが実際の結果につながるかを標準化した指標で検証する段階へ進む必要がある。著者らはそう位置づけています。
著者:Hadeel Edkaidek(Department of Food Processing, Faculty of Agriculture, Palestine Technical University-Al-Aroub Branch, Hebron, Palestine)、Divakar Dahiya(Basingstoke and North Hampshire Hospital, Basingstoke RG24 9NA, UK)、Poonam Singh Nigam(Biomedical Sciences Research Institute, Ulster University, Coleraine BT52 1SA, UK)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Hadeel Edkaidek, Divakar Dahiya, Poonam Singh Nigam. <i>Saccharomyces cerevisiae var. boulardii</i>—Fermented Beverages: Health Benefits, Safety Considerations, and Technological Challenges Across Fruit, Dairy, and Cereal Matrices. Beverages 2026-09-01. DOI: 10.3390/beverages12090101. 原著ライセンス:CC BY.