著者の所属・活動拠点の国は、中国です。

掲載誌:Microorganisms

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

塩漬けでも生き残るカビを調べる

漬物や塩漬けの肉、塩分の多い調味料は、高い濃度の食塩で微生物の増殖を抑えて保存性を高めています。ところが、Aspergillus westerdijkiae というカビは塩分に強い「耐塩性」を持ち、多くの微生物が育ちにくい高塩環境でも菌糸を伸ばして増えることができます。著者らによれば、このカビは発酵漬物などから広く見つかる主要な汚染カビで、製品表面のカビ斑や変色、食感の劣化を招くとされています。

さらにこのカビは、腎臓への毒性などが知られるかび毒オクラトキシンA(OTA)をつくる種として知られています。OTAは熱に強く、通常の加工工程では取り除けないため、高塩分の発酵野菜製品の安全性にとって課題となっています。それにもかかわらず、このカビがなぜ高い塩分に耐えられるのか、その仕組みを遺伝子レベルで体系的に示した研究は限られていました。

研究チームは、自然発酵させたカラシナ類の漬物(pickled mustard)から分離した A. westerdijkiae NDX1 株を対象に、塩分の強さに応じてカビの生育や細胞の状態、遺伝子の働き方がどう変わるかを調べました。特に、浸透圧の変化を感知して応答を指令する「HOG経路」と呼ばれる信号伝達の仕組み、細胞内の水分保持に役立つグリセロールの合成、脂質の分解・再利用、イオンの出し入れに注目しています。

四段階の塩濃度で生育と遺伝子の働きを比較

研究チームは、食塩(NaCl)を加えない対照と、1.0、1.5、2.0 mol/L の計4段階の塩濃度でカビを培養しました。寒天培地上ではコロニー(菌の集まり)の大きさや見た目を観察し、液体培養した菌糸では細胞膜の傷み具合と脂質の酸化の程度を測りました。細胞膜の傷み具合は、細胞から電解質がどれだけ漏れ出すかを示す「相対電気伝導度」で、脂質の酸化(過酸化)の程度は、その目安となる物質マロンジアルデヒド(MDA)の量で評価しています。

中心となる解析は、細胞内で働いている遺伝子を網羅的に読み取る「トランスクリプトーム解析」です。塩を加えない場合と比べて働きが大きく増えたり減ったりした遺伝子(発現変動遺伝子)を洗い出し、それらがどのような機能や代謝経路に関わるかを分析しました。一部の遺伝子については、別の測定法(定量PCR)でも発現の変化を確かめています。

少しの塩で生育が進み、強い塩で抑えられる

生育には塩濃度による違いがはっきり表れました。1.0 mol/L ではコロニーの直径が対照より約35%大きくなり、むしろ生育が促されました。1.5 mol/L では直径に統計的な差はなかったものの、色が薄れ、胞子がまばらになり、典型的な同心円状の模様が消えました。2.0 mol/L では直径が25%以上小さくなり、強い塩分による生育抑制が見られました。著者らはこれを「低濃度で促進、高濃度で抑制」という型と表現し、2.0 mol/L でもかなりの生育能力を保っていたことから、高塩の発酵環境への適応力の強さを示すものとしています。

細胞の状態では、相対電気伝導度が塩濃度とともに上がり、2.0 mol/L では対照より30%近く高くなりました。つまり、塩が強いほど細胞膜から物質が漏れやすくなっていました。一方で、脂質の酸化の目安であるMDAは塩濃度が上がるにつれて減り、2.0 mol/L で最も低くなりました。膜の透過性は高まるのに脂質の酸化は抑えられるという、二つの指標の逆向きの変化が報告されています。

遺伝子の働きを見ると、働きが変化した遺伝子の数は塩が強いほど増え、対照と比べて1.0 mol/L で1326個、1.5 mol/L で1536個、2.0 mol/L で2475個でした。どの濃度でも、働きが増えた遺伝子の方が減った遺伝子より多く見られました。また、三つの塩濃度すべてに共通して変化した遺伝子が721個あり、著者らはこれを塩への適応に共通する中核的な応答と位置づけています。1.0 mol/L に特有の変化を示す遺伝子群もあり、働きが増えたものは糖の分解(解糖)やアミノ酸の合成、脂質の代謝などに関わっていました。

グリセロール合成と脂質の再利用、HOG経路の関与

個別の遺伝子では、グリセロールを新たに合成する遺伝子の働きが塩濃度に応じて高まり、2.0 mol/L で最も強くなっていました。グリセロールは細胞内に蓄えることで外の高い塩分とのバランスをとり、水分を失いにくくする物質です。あわせて、その材料を供給する糖代謝の遺伝子、脂質を分解する遺伝子、グリセロールを細胞膜の内外へ運ぶ遺伝子も塩ストレス下で働きが高まっていました。著者らは、脂質の分解がグリセロール合成の材料供給に関わっている可能性を示し、これがMDA減少の説明にもなると考察しています。ただし、代謝物そのものは直接測定しておらず、遺伝子の働きのそろった変化から推し量った見方であることも論文中で述べられています。

イオンの出し入れに関しては、注目した6つの遺伝子のうち5つが塩濃度とともに働きを強めていました。著者らはこれを、エネルギーを使って細胞内のカリウムとナトリウムのバランスを整える仕組みが強化されていることを示すものと解釈しています。

浸透圧の変化を感知する HOG経路については、センサーから最終段階の酵素 Hog1 に至る一連の遺伝子8個が見つかり、Hog1 をつくる2つの遺伝子は塩濃度の上昇とともに働きが高まり続けていました。Hog1 とイオン輸送やグリセロール合成などに関わる遺伝子との間には、発現がそろって動く傾向が見られましたが、統計的に有意な水準には達しておらず、著者ら自身も調節関係を示す「手がかり」として位置づけています。

研究が示すもの

この研究は、漬物から分離された A. westerdijkiae が、塩の強さに応じて生育や細胞の状態、遺伝子の働きを段階的に切り替えていることを示しました。著者らは、塩分を感知する HOG経路、グリセロールの合成、脂質の再利用、イオンの出し入れが組み合わさった多層的な仕組みとしてその耐塩性を描き出し、高塩の発酵食品でかび毒をつくる耐塩性カビのリスク管理に向けた基礎データと候補遺伝子を提供するものと位置づけています。

原著論文の著者・所属:Xuelan Liao(College of Life Sciences, China West Normal University, Nanchong 637009, China)、Bo Song(College of Life Sciences, China West Normal University, Nanchong 637009, China)、Zhen He(Nanchong Fruit Tree Guidance Station, Nanchong 637000, China)、Tingfu Zhang(College of Life Sciences, China West Normal University, Nanchong 637009, China)、Guoqin Wen(College of Life Sciences, China West Normal University, Nanchong 637009, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Xuelan Liao, Bo Song, Zhen He, et al. Transcriptomic Analysis Insights into Salt Adaptation of Pickle-Derived Aspergillus westerdijkiae. Microorganisms 2026-08-12. DOI: 10.3390/microorganisms14081778. 原著ライセンス:CC BY.