著者の所属・活動拠点の国は、ドイツです。

掲載誌:mSphere

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

グルタミン酸は食事に多く含まれるアミノ酸の一つです。トマトや熟成チーズ、きのこ、しょうゆなどのうま味の強い食品に含まれるほか、ナトリウム塩であるグルタミン酸ナトリウム(MSG)として、うま味調味料に広く使われています。研究チームによると、摂取量は欧米で1日最大1.0グラム程度、アジアでは1日1.5〜3.0グラム程度とされています。

腸内細菌にとってグルタミン酸は、炭素や窒素の供給源となる栄養です。それと同時に、酸や浸透圧によるストレスへの対処、細胞内の酸化還元のバランス調整にも関わる物質です。ところが、MSGと腸内細菌の関係を調べたこれまでの研究の多くは、どの菌がどれだけいるかという菌の構成の変化を見るものでした。こうした方法では、菌が単に栄養として取り込んでいるのか、代謝の仕組みそのものを積極的に切り替えているのかを区別できません。

そこで研究チームは、性質の異なる2種類の腸内細菌がMSGにさらされたとき、遺伝子の働き方と、発酵でつくり出す物質がどう変わるのかを詳しく調べました。

何を調べたか

対象としたのは2種類の菌です。一つはクロストリジウム・ブチリカムで、乳酸や酢酸を酪酸に変える能力をもつ「酪酸をつくる菌」の代表として選ばれました。もう一つはバクテロイデス・セタイオタオミクロンで、多様な多糖類を分解する遺伝子群をもつ「多糖を利用する菌」の代表です。著者らは、この2種で腸内細菌全体の多様性を代表させるものではなく、対照的な機能をもつ代表例として選んだと説明しています。

それぞれの菌を、酸素のない条件で、大腸の環境を想定した中性の培地を用いて培養しました。18時間後、菌の増殖が落ち着いた段階でMSGを加えています。濃度は0.1%(5.35ミリモル濃度)です。大腸に届くグルタミン酸量は直接測られていないため、多めに摂取した場合に大腸で起こりうる範囲の上限を想定して設定されました。比較のため、MSGを加えない培養も用意しています。

MSGを加えてから2時間後と5時間後に、どの遺伝子がどれだけ働いているかを網羅的に調べました。遺伝子が働くときに作られるRNAを読み取る方法です。あわせて8時間後までの培養液を採取し、酪酸、酢酸、乳酸などの短鎖脂肪酸を中心とした発酵産物の量を測りました。なお、実験期間中の菌の総量には、MSGによる有意な変化は見られませんでした。

主な結果

2種の菌は、MSGに対してはっきり異なる反応を示しました。

クロストリジウム・ブチリカムでは、MSGを加えて2時間後に、対照と比べて124個の遺伝子の働きが高まり、287個が低下しました。5時間後も、156個が上昇し146個が低下しており、反応が続いていました。2時間後には、糖の分解やエネルギー産生に関わる経路、グルタミン酸の代謝、ストレスに対応する遺伝子などが活発になりました。一方、物質の輸送や酪酸の生成に関わる経路は抑えられていました。5時間後になると状況が変わり、酪酸の生成や窒素の代謝に関わる経路が高まりました。急性のストレス応答は落ち着いていく方向に転じています。

発酵産物にもこの変化が現れました。乳酸は2時間後に1.7倍に増えました。8時間後までに酪酸が1.31倍に有意に増え、このとき乳酸は24%減っていました。研究チームはこれを、酪酸をつくる経路の遺伝子が活発になったことと整合する結果だと述べています。ただし、発酵産物の全体的な構成の違いは、MSGの有無よりも時間の経過によって多く説明されていました。

バクテロイデス・セタイオタオミクロンでは、2時間後に102個の遺伝子の働きが低下し、66個が上昇しました。しかし5時間後には、変化が残っていたのは低下11個、上昇7個にとどまり、ほぼ元の状態に戻っていました。2時間後には、多糖の利用やエネルギー代謝に関わる経路が一時的に抑えられる一方、ストレス応答に関わる遺伝子が高まりました。5時間後には、多糖関連の機能の一部が回復していました。

研究チームは当初、この菌ではグルタミン酸を材料に神経伝達物質としても知られるGABA(γ-アミノ酪酸)をつくる経路が誘導されると予想していました。これは、過去の研究で酸ストレスへの対処に関わるとされてきた経路です。ところが、この経路の入り口となる遺伝子の働きはむしろ低下していました。発酵産物については、8時間後に乳酸が53%増えたものの、主要な産物である酢酸とプロピオン酸は安定したままでした。

研究が示すこと

著者らは、クロストリジウム・ブチリカムがグルタミン酸を代謝の機会として受け止め、エネルギー代謝を切り替えて酪酸づくりへ向かったと解釈しています。一方、バクテロイデス・セタイオタオミクロンは、MSGを環境の一時的な揺らぎとして受け止め、資源の使い方を短期的に調整したうえで元の状態に戻ったと見ています。著者らはこの2種を、それぞれ「代謝を活性化させる役」と「系を安定させる役」にたとえています。

同じ食品成分でも、菌の種類によって受け止め方がまったく異なりうることを、この研究は遺伝子の働きと代謝産物の両面から示しました。菌の構成だけを見る解析では、こうした種ごとの違いが埋もれてしまう可能性があります。著者らは、そのことがMSGと腸内細菌に関する過去の研究結果が一致しない理由の一つかもしれないと述べています。

なお、今回の結果は、単一の菌株を1種類の培地で短時間培養した試験管内の実験から得られたものです。対象の菌は主に大腸に住む菌であり、著者らも、小腸にそのまま当てはめるべきではないとしています。

原著論文の著者・所属:Nazanin Nematzadeh Somehsaraei(Research Unit for Comparative Microbiome Analysis, Helmholtz Center Munich; ZIEL-Institute for Food & Health, Technical University of Munich (TUM))、Joshua Lemuel Hadi(Chair of Prevention of Microbial Diseases, Central Institute of Infection Prevention (ZIP), Technical University of Munich (TUM); Institute of Virology, Helmholtz Center Munich)、Mohammadali Khan Mirzaei(Chair of Prevention of Microbial Diseases, Central Institute of Infection Prevention (ZIP), Technical University of Munich (TUM); Institute of Virology, Helmholtz Center Munich)、Li Deng(Chair of Prevention of Microbial Diseases, Central Institute of Infection Prevention (ZIP), Technical University of Munich (TUM); Institute of Virology, Helmholtz Center Munich)、Michael Gigl(Junior Research Group Food Processing and Health, ZIEL-Institute for Food & Health, Technical University of Munich (TUM))、Corinna Dawid(Leibniz Institute for Food Systems Biology, Technical University of Munich (TUM); Professorship for Chemosensory Food Systems, Technical University of Munich)、Philippe Schmitt-Kopplin(Chair of Analytical Food Chemistry, Technical University of Munich (TUM); Research Unit Analytical BioGeoChemistry, Helmholtz Center Munich; ZIEL-Institute for Food & Health, Technical University of Munich (TUM))、Itır Geydirici(Research Unit for Comparative Microbiome Analysis, Helmholtz Center Munich)、Michael Schloter(Chair of Environmental Microbiology, Technical University of Munich (TUM); Research Unit for Comparative Microbiome Analysis, Helmholtz Center Munich; ZIEL-Institute for Food & Health, Technical University of Munich (TUM))、Silvia Gschwendtner(Research Unit for Comparative Microbiome Analysis, Helmholtz Center Munich)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Nazanin Nematzadeh Somehsaraei, Joshua Lemuel Hadi, Mohammadali Khan Mirzaei, et al. In vitro metabolic signaling in two intestinal bacterial isolates: glutamate-driven transcriptional and functional reprogramming in Clostridium butyricum and Bacteroides thetaiotaomicron. mSphere 2026-08-10. DOI: 10.1128/msphere.00190-26. 原著ライセンス:CC BY.