著者の所属・活動拠点の国は、インドネシアです。
掲載誌:Journal of Microbiology Biotechnology and Food Sciences
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
インドネシアは世界有数の水産物生産国で、塩干魚やエビの発酵ペーストなどの加工品が地域の食文化と暮らしを支えています。研究チームが注目したのは、国内最大級の漁業拠点であるバニュワンギ県ムンチャル地区で作られる3種類の発酵水産食品です。天日で干した発酵エビペーストの「トラシ」、エビや魚を長く発酵させた濃厚な調味料「プティス」、そして乾塩法で作る塩干魚です。
こうした食品には、発酵や保存、風味づくりに役立つ乳酸菌などの有用な細菌がいる一方、小規模な手作業の製造では衛生管理が十分でない場合もあり、病原性のある細菌が混入するおそれがあります。著者らによると、これまでの研究は特定の病原菌に焦点を当てることが多く、これらの食品にすむ細菌の全体像は十分に分かっていませんでした。そこで研究チームは、有用な細菌と注意すべき細菌の両方を一度に把握し、食品の安全性向上と有用微生物の探索(バイオプロスペクティング)の両方に役立つ知見を得ることを目指しました。
どのように調べたか
研究チームは2024年10月、ムンチャル港の3軒の販売店からプティス、トラシ、マルソウダ(Auxis rochei)の塩干魚を購入しました。同じ種類の食品は混ぜ合わせて均一にし、製品ごとに代表となる試料を作りました。
解析には「16S rRNAメタバーコーディング」という方法を使いました。16S rRNA遺伝子は細菌などが共通して持つ遺伝子で、配列の違いから細菌の種類を見分ける目印になります。食品から取り出したDNAに含まれるこの遺伝子をまとめて読み取ることで、培養しなくても、そこにどんな細菌がどれくらいの割合でいるかを推定できます。今回は遺伝子のほぼ全長を読み取る方式を用い、種のレベルまで細かく識別することを狙いました。あわせて、細菌の種類の多さや偏りの少なさを示す多様性の指標も比較しました。
主な結果
細菌の多様性は塩干魚が最も高く、プティス、トラシの順でした。著者らは、塩干魚は発酵用のスターター(種菌)を加えない単純な乾塩法で作られるため、環境由来や塩に強い多様な細菌が残りやすいのではないかと考察しています。一方、プティスとトラシでは、濃縮した発酵や加熱の工程によって特定の細菌が選ばれ、群集が単純になる可能性を挙げています。
プティスの細菌構成については、これまで報告がなかったとされています。今回の解析では、乳酸菌の一種であるアトポスティペス属とブドウ球菌(スタフィロコッカス)属が優勢でした。また優勢な種の一つとして、これまで水産発酵食品からは報告されていなかったプリエスティア・フレクサ(Priestia flexa)が見つかりました。この細菌は、既存の研究で生分解性プラスチックの成分の合成・分解や、酵素の生産と関連づけられているものです。
塩干魚では、リギラクトバチルス属、コクリア属、ブドウ球菌属が優勢でした。リギラクトバチルス属はプロバイオティクスとしての性質が知られる乳酸菌の仲間ですが、著者らによれば水産発酵食品からの報告はこれまでなかったといいます。ほかにも、プロバイオティクスとして知られるリモシラクトバチルス属やワイセラ属、産業用酵素などを作る可能性があるコクリア属が見つかりました。この塩干魚の細菌構成は、バングラデシュや北大西洋地域、中国などで報告された他の塩干魚とは異なる特徴を示しました。
トラシでは、アルカリバチルス属、ブドウ球菌属、テトラジェノコッカス属が優勢で、これは過去のトラシ研究とも一致する結果でした。これらの細菌は、タンパク質や脂肪を分解することで、トラシ特有の香りや風味づくりに関わると考えられています。
一方で、人に由来する日和見病原菌(健康な人では通常問題になりにくいものの、条件によって感染症を起こしうる細菌)も検出されました。プティスからは表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)とアクネ菌(Cutibacterium acnes)が、塩干魚からは表皮ブドウ球菌とエンテロコッカス・フェカリス(Enterococcus faecalis)が見つかりました。著者らは、人の皮膚に普段すむアクネ菌については手作業での加工中の混入を反映している可能性を指摘し、これらの検出から衛生管理の改善が必要だとしています。
研究が示すこと
この研究は、同じ地域で作られる発酵水産食品でも、原料や製法の違いによって製品ごとに特徴的な細菌の集まりが形づくられていることを示しました。そこには食品づくりや産業に役立つ可能性のある細菌と、衛生面で注意が必要な細菌が同時に存在しています。
ただし、今回の結果は遺伝子から細菌の存在を推定したものであり、実際に細菌を分離してその働きを確かめたわけではないと、著者らは限界を明記しています。それでも、一つの解析で食品の安全性の課題と有用な微生物資源の両方を見渡せることを示した点に、この研究の意義があります。伝統的な製法を守りながら品質と安全性を高めるための基礎的な手がかりを提供する成果といえます。
原著論文の著者・所属:Almando Geraldi(Universitas Airlangga)、Christopher Clement(Universitas Airlangga)、Nimatuzahroh(Universitas Airlangga)、Fatimah(Universitas Airlangga)、Salamun(Universitas Airlangga)、Agus Supriyanto(Universitas Airlangga)、Tri Nurhariyati(Department of Biology , Faculty of Science and Technology , Universitas Airlangga , Universitas Airlangga , Surabaya 60115 , Indonesia; University Center of Excellence-Research Center for Bio-Molecule Engineering , Universitas Airlangga , Surabaya 60115 , Indonesia)、Nabilla Hapsari Wijaya(Universitas Airlangga)、Versa Rachmania Hajar(Universitas Airlangga)、Dela Dwi Alawiyah(Universitas Airlangga)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Almando Geraldi, Christopher Clement, Nimatuzahroh, et al. MICROBIAL DIVERSITY OF FERMENTED SEAFOOD PRODUCTS FROM MUNCAR, BANYUWANGI: INSIGHTS FROM 16S RRNA METABARCODING FOR BIOPROSPECTING AND FOOD SAFETY. Journal of Microbiology Biotechnology and Food Sciences 2026-08-07. DOI: 10.55251/jmbfs.12149. 原著ライセンス:CC BY.