著者の所属・活動拠点の国は、アメリカです。
掲載誌:British Journal Of Nutrition
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜApoE4保有者に注目するのか
アルツハイマー病は米国で最も多い認知症で、論文によれば2025年には65歳以上の約720万人がこの病気とともに暮らしています。発症後の治療の選択肢が限られるため、発症のリスクを下げたり遅らせたりする方法の検討が求められています。
アポリポタンパク質E(ApoE)は、コレステロールや中性脂肪を運ぶタンパク質で、その遺伝子にはE2、E3、E4という主な型があります。このうちE4型(ApoE4)はアルツハイマー病の最大の遺伝的リスク因子として知られ、論文では、E4を2本持つ人はリスクが約8倍、1本持つ人は約3倍になると紹介されています。ApoE4を持つ人は脂質の扱い方が異なり、若いうちから脳でのブドウ糖の利用が低下していることも報告されています。
さらにApoE4保有者では、腸内細菌のバランスの乱れ(ディスバイオシス)が早い段階からみられるといいます。腸内環境は脳の働きにも影響しうることから、研究チームは、個人の遺伝的な特徴に合わせて食事を考える「精密栄養」や、有用な菌を含むプロバイオティクス、腸内細菌のえさとなる食物繊維などのプレバイオティクスが、ApoE4保有者の予防策になりうるかに注目しました。
この論文は新たな実験を行ったものではなく、人を対象とした観察研究や臨床研究、動物実験、細胞などを用いた研究の報告を集め、ApoE4保有者における食事・腸内細菌とアルツハイマー病リスクの関係を整理した総説です。
食事に関する主な報告
著者らが取り上げた研究の中には、ApoE4保有者で特に関連がみられたものがあります。たとえば米国シカゴでの3360人を対象とした研究では、魚などに含まれるn-3脂肪酸の摂取が多いことが、ApoE4保有者の認知機能低下の遅さと関連しており、摂取エネルギーに占めるn-3脂肪酸が1%増えるごとに年間の低下速度が約30.4%遅いという結果が紹介されています。
オリーブオイルについては、米国の大規模な追跡データで摂取量の多さが認知症関連の死亡の少なさと関連していましたが、この結果は認知症の発症そのものではなく死亡を指標にしている点に注意が必要だと著者らは述べています。ビタミンCやEについても、日本や米国の研究でApoE4保有者の認知機能との関連が報告されていますが、性別やビタミンの種類によって結果が異なっていました。
地中海食では、ApoE4を2本持つ人で、食事への忠実度の高さと認知症リスクの低さとの関連が特に強かったという大規模な追跡研究がある一方、介入研究では効果が途中で見られなくなったり、統計的な補正後に有意差が消えたりした例もあり、結果は一定していません。地中海食と高血圧予防食を組み合わせたMIND食では、ApoE4保有者で血中のカロテノイド(野菜などに含まれる色素成分)が多いほど認知機能の低下が遅いという報告がありました。食物繊維では、イタリアの研究で1日5グラム多くとるごとに認知機能低下のリスクが30%低いという関連がApoE4保有者のみでみられましたが、逆にApoE4を持たない人でのみ関連がみられたとする研究もあります。
ブドウ糖の代わりにケトン体をエネルギー源とするケトン食も検討されており、マウスの実験ではApoE4を持つ雌で脳の代謝の回復を示す変化がみられたと紹介されています。
腸内細菌への働きかけはまだ検証途上
ApoE4保有者の腸では、腸の壁の透過性を高めるとされる細菌の仲間が多いことが報告されています。また、認知機能が正常な高齢者を調べた研究では、腸内細菌の構成がApoEの型と関連するだけでなく、脳の領域の体積とも相関していたといいます。
一方で、プロバイオティクスの臨床試験は軽度認知障害やアルツハイマー病の人を広く対象としたもので、菌の種類や量、期間によって結果がまちまちであり、ApoEの型ごとに認知機能への効果を評価したものは一般的にないと著者らは指摘しています。プレバイオティクスでも、ApoE4に特化した研究は主にイヌリンを用いた動物実験で、人での効果は確立されていません。
この総説が示すこと
著者らは、ApoE4保有者に向けた食事や腸内環境への働きかけは生物学的に筋が通っており有望である一方、現在の根拠の多くは動物実験や観察研究に基づくもので、十分な規模の無作為化試験はほとんどないと結論づけています。食事と認知機能の「関連」が見つかっても、それがサプリメントや食事指導によるアルツハイマー病の予防効果を示すものではない、という区別を強調している点がこの総説の特徴です。
遺伝的な体質によって食事との関係が異なる可能性を示しつつ、確かな結論にはまだ至っていない――ApoE4と栄養の研究の現在地を、期待と慎重さの両面から整理した論文といえます。
原著論文の著者・所属:Marcela Rezek(University of Missouri)、Kira Ivanich(University of Missouri)、Chetan Aware(University of Missouri)、Ai-Ling Lin(University of Missouri)、Caixia Wan(University of Missouri)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Marcela Rezek, Kira Ivanich, Chetan Aware, et al. The role of precision nutrition, probiotics and prebiotics in ApoE4 carriers as Alzheimer’s disease prevention strategies. British Journal Of Nutrition 2026-10-21. DOI: 10.1017/s000711452610871x. 原著ライセンス:CC BY.