日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
掲載誌:Horticulture Research
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
香りの個性はどこから来るのか
パイナップルの香りは品種によって大きく異なり、「桃のような」「ココナッツのような」「甘くフルーティーな」「花や柑橘のような」と表現されるさまざまなタイプがあります。こうした香りは、消費者の好みを左右する重要な品質の一つです。
香りの主な成分には、甘い香りをもたらすエステル類、クリーミーでココナッツを思わせるラクトン類、花のような香りを加えるリナロールなどがあります。しかし、品種ごとにこれらの成分の量がなぜ違うのか、その遺伝的な仕組みはほとんど分かっていませんでした。
研究チームは、エステル、ラクトン、リナロールの量の違いに関わる遺伝子とその変異を明らかにすることを目的に、この研究を行いました。
交配集団と11品種のゲノムを組み合わせて調べる
著者らはまず、品種「ゆがふ」と「ヨネクラ」を交配して得た子の集団のうち87個体について果実の香り成分を測定し、成分量の違いと染色体上の位置を結びつける解析(QTL解析)を行いました。その結果、エステル類とラクトン類の量に関わる領域が5番染色体に、リナロールの量に関わる領域が20番染色体に見つかりました。これらの領域は、成分量のばらつきのおよそ26〜45%を説明すると報告されています。
次に、日本のパイナップル育種の主な祖先にあたる11品種のゲノムを新たに読み、該当する領域を品種間で比べました。1つの標準ゲノムだけでは、遺伝子の重複や大きな欠失・置き換わりといった構造の違いを見落とすことがあるためです。こうした複数ゲノムを統合した比較を「パンゲノム解析」と呼びます。さらに、果肉で実際に働いている遺伝子の確認、タンパク質の立体構造のコンピューター予測、酵素活性の実験も組み合わせました。
リナロールとエステル・ラクトンに関わる候補遺伝子
20番染色体の領域では、リナロールをつくる酵素の候補遺伝子AcLIS1が見つかりました。11品種の比較から、この部分には6種類の型(ハプロタイプ)があることが分かりました。型によっては、遺伝子の後半にあたる部分が大きく置き換わってタンパク質が途中で切れた形になっていたり、遺伝子のスイッチ役となる領域が置き換わって果肉で働いていなかったりしました。交配集団では、こうした型どうしの組み合わせをもつ個体はリナロールが有意に少なく、完全な形の遺伝子をもつ型を少なくとも1つ持つ個体ではリナロールが多く蓄積していました。
5番染色体の領域では、アルコールとアシル基をつないでエステルをつくる酵素の候補遺伝子AcAAT1が見つかりました。ここにも6種類の型があり、一部の品種では遺伝子が2つに重複していました。交配集団では、特定の2つの型をもつ個体でエステルが多く、そのうち一方の型をもつ個体だけでラクトンが多いという傾向が見られました。他の7品種の調査でも同様の傾向が確認され、著者らはAcAAT1の型の違いがエステルとラクトンの比率を左右する主要な要因だと述べています。
405番目のアミノ酸が「切り替えスイッチ」の候補に
AcAAT1の型どうしを比べると、タンパク質の405番目のアミノ酸が、酵素が反応を行う部位の近くに位置していました。立体構造の予測では、ここが大きなフェニルアラニンの型では、外から基質が入る通り道が保たれて鎖状のエステルづくりに向く形になると予測されました。小さなグリシンの型では、通り道が閉じた袋状の空間ができ、分子が自らの内部で環を作るラクトン生成に向く形になると予測されました。システインの型では、反応効率が下がる可能性が示されました。
実際に酵素をつくってエステル(酪酸メチル)の生成活性を測ると、フェニルアラニン型が最も高く、グリシン型がそれに続き、システイン型はほとんど活性を示しませんでした。システイン型の405番目をフェニルアラニンに置き換えると活性は約15倍に上がり、逆にフェニルアラニン型をシステインに置き換えると活性は大きく下がりました。このことから、この1か所のアミノ酸がエステル生成活性に大きく影響することが実験で示されました。なお、ラクトン生成への関わりは主に構造予測に基づく仮説として示されています。
研究が示すこと
この研究は、パイナップルの品種ごとの香りの違いが、リナロールをつくる遺伝子の構造の違いと、エステルやラクトンをつくる酵素のわずか1つのアミノ酸の違いに関連していることを示しました。著者らは、これらの遺伝子の型が組み合わさることで香りのタイプの違いが生まれるというモデルを提案し、型を見分ける目印が育種での品種選抜に役立つ可能性を示しています。1つの標準ゲノムでは見えなかった違いを、複数品種のゲノム比較によって捉えた点も、この研究の特徴です。
原著論文の著者・所属:Kenji Nashima(College of Bioresource Sciences, Nihon University , Fujisawa 252-0880 ,)、Yonathan Asikin(Department of Bioscience and Biotechnology, Faculty of Agriculture, University of the Ryukyus , Nishihara 903-0213 ,; The United Graduate School of Agricultural Sciences , Kagoshima University, 1-21-24 Korimoto 890-0065 ,)、Yusuke Kamiyoshihara(College of Bioresource Sciences, Nihon University , Fujisawa 252-0880 ,)、Wataru Hakamata(College of Bioresource Sciences, Nihon University , Fujisawa 252-0880 ,)、Kenta Shirasawa(Kazusa DNA Research Institute , Kisarazu 292-0818 ,)、Koji Wada(Department of Bioscience and Biotechnology, Faculty of Agriculture, University of the Ryukyus , Nishihara 903-0213 ,; The United Graduate School of Agricultural Sciences , Kagoshima University, 1-21-24 Korimoto 890-0065 ,)、Yuta Omine(Okinawa Prefectural Agricultural Research Center, Nago Branch , Nago 905-0012 ,)、Ryota Maekawa(Okinawa Prefectural Agricultural Research Center, Nago Branch , Nago 905-0012 ,)、Takuya Kobayashi(Okinawa Prefectural Agricultural Research Center, Nago Branch , Nago 905-0012 ,)、Makoto Takeuchi(Okinawa Prefectural Agricultural Research Center, Nago Branch , Nago 905-0012 ,)、Moriyuki Shoda(Okinawa Prefectural Agricultural Research Center, Nago Branch , Nago 905-0012 ,)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Kenji Nashima, Yonathan Asikin, Yusuke Kamiyoshihara, et al. Pan-genomic analysis reveals structural variations in AcLIS1 and a key residue variation in AcAAT1 driving pineapple linalool, ester, and lactone profiles. Horticulture Research 2026-10-20. DOI: 10.1093/hr/uhag443. 原著ライセンス:CC BY.