著者の所属・活動拠点の国は、中国です。

掲載誌:Plants

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

リン(P)は光合成やエネルギーのやり取りなど、植物の生命活動に欠かせない栄養素です。しかし土壌中のリンは溶けにくく、鉱物と強く結びつきやすいため、作物が利用できる量は限られがちです。そのため農業ではリン酸肥料が広く使われていますが、施したリンの多くは作物に吸収されず、利用しにくい形で土壌に残ります。こうした蓄積リンは「レガシーリン」と呼ばれます。肥料を使い続けると、有限なリン鉱石資源が減り、水域へ流れ出たリンが富栄養化の一因になることも指摘されています。作物がレガシーリンをもっと利用できれば、肥料への依存を減らし、リン資源を守ることにつながると考えられています。

研究チームが注目したのは、ポリリン酸キナーゼ(PPK)という酵素をつくる ppk 遺伝子です。この酵素は微生物の体内でリンの貯蔵物質であるポリリン酸を合成します。藍藻の一種 Microcystis aeruginosa の ppk 遺伝子を導入したイネ(品種「日本晴」)は過去に作出されており、遺伝子が1コピー入った系統(ETRS)と2コピー入った系統(ETRD)が確認されています。これらの系統はリンが不足する条件でよく育つと報告されていました。ただし、ppk の発現が根からの有機酸の放出とどう関わるのか、また土壌中のレガシーリンを動かすのかは分かっていませんでした。本研究は、これらの系統で報告されてきたリン獲得の増加に、どのような土壌中の過程が伴っているのかを調べることを目的としています。

どのように調べたか

研究チームは、南京の長年耕作されてきた畑から採取した土壌を使いました。この土壌はpH 8.14のアルカリ性で、肥料は加えていません。植物が利用しやすいリンの指標であるOlsen-Pは当初およそ108 mg/kgで、もともとリンが極端に不足した土壌ではありませんでした。

40 gの土を入れた50 mLのプラスチック管に、2週齢の苗を1本ずつ植えました。これは根と土の量の比を大きくして、根の周り(根圏)で起きる現象を観察しやすくするための小さな実験系です。導入遺伝子を持たない元の品種(野生型)と2つの導入系統を、各時点で5本ずつ比べました。

調べた項目は多岐にわたります。土壌のリンは、抽出液を順に変えて取り出す「分画法」で、溶けやすい部分から、カルシウムや鉄・アルミニウムと結びついたとみなされる溶けにくい部分まで分けて測りました。土の中を拡散して植物に届きうるリンの供給力は、DGTと呼ばれる測定法で評価しています。さらに、根が出す有機酸の量、根から集めた分泌液を土に加えたときに溶け出すリンの量、土壌のpH、有機態のリンを分解する酵素(ホスファターゼなど)の活性、根圏の細菌の構成、そして植物の重さとリンの量を測定しました。

主な結果

60日目には、導入系統を植えた土壌で、溶けにくいとされるリンの区分が野生型より小さくなっていました。2コピー系統(ETRD)の土壌では、カルシウムと結びついたとみなされる区分(HCl-P)が野生型より23.9%、鉄・アルミニウムと結びついたとみなされる区分(NaOH-P)が48.2%少なくなっていました。著者らは、この分画法は抽出のされ方で区分を定めたもので、特定の鉱物を示すものではないと断っています。

利用しやすいリンの量は時期によって変化しました。ETRDの土壌のOlsen-Pは15日目に野生型の1.43倍に達しましたが、60日目には野生型の41.6%まで下がりました。30日目のDGTによるリン供給量は、野生型で3.23 mg/L、ETRSで4.68 mg/L、ETRDで5.91 mg/Lで、3群の間の差はいずれも統計的に有意でした。60日目には値が低くなり、系統間に有意な差はみられませんでした。著者らは、この経過は、初期にリンの供給が増え、その後に植物の吸収によって減っていった流れと矛盾しないと解釈しています。

根からの有機酸の放出量(根の乾燥重量あたり)は、30日目にETRSで野生型の1.35倍、ETRDで1.66倍でした。特にシュウ酸が増え、ETRDでは野生型の約2.09倍になり、リンゴ酸も増えていました。また、30日目に集めた根の分泌液を同じ量ずつ土に加えたところ、溶け出したリンはETRSで野生型の1.51倍、ETRDで1.93倍でした。ただし、この比較は分泌液の量をそろえたもので、根の重さや有機酸の量あたりの効果を示すものではありません。

土壌のpHは最初の20日間で下がり、その低下は導入系統の方が大きくなりました。有機態のリンを分解する酸性ホスファターゼの活性も、導入系統の土壌で野生型より有意に高くなっていました。一方、根圏の細菌の構成は系統ごとに試料を混ぜた1点ずつしか解析しておらず、著者らは記述的な情報にとどまるとしています。

植物側では、根の重さが野生型に比べてETRDで53%、ETRSで33.6%大きくなりましたが、地上部の重さには有意な差がありませんでした。移植時に苗がもともと持っていたリンの量を差し引いた正味のリン獲得量は、ETRSで野生型の1.44倍、ETRDで2.55倍でした。

この研究が示すこと

この小さな容器での実験では、ppk 遺伝子を導入したイネは、野生型より多くのリンを獲得し、根も大きく育ちました。それと同時に、根からの有機酸放出の増加、分泌液によるリンの溶け出しの増加、土壌pHの低下、酸性ホスファターゼ活性の上昇、そして土壌中の溶けにくいリン区分の減少が見られました。根の働きによって、土に蓄積したリンがより多く利用された可能性を示す結果といえます。

一方で著者らは、化学的な作用と生物的な作用がそれぞれどの程度寄与したのか、有機酸の放出がどのように調節されているのか、酵素がどの生物に由来するのかは未解明だとしています。今回の実験では PPK の活性やポリリン酸の蓄積は測定しておらず、細菌の解析も因果関係を示すものではありません。また、根を狭い容器に閉じ込めた条件での結果であり、効果の大きさをそのまま野外に当てはめることはできず、収量やリン利用効率の向上を示したものでもありません。こうした限定のもとで、本研究は、遺伝子導入イネが土壌の蓄積リンを利用するしくみについて、手がかりを示しています。

原著論文の著者・所属:Shunqing Yang(State Key Laboratory of Water Pollution Control and Green Resource Recycling, Key Laboratory of Aquatic Ecosystem Health in the Middle and Lower Reaches of Yangtze River of Ministry of Ecology and Environment, School of Environment, Nanjing University, Nanjing 210023, China)、Mengmeng Wang(State Key Laboratory of Water Pollution Control and Green Resource Recycling, Key Laboratory of Aquatic Ecosystem Health in the Middle and Lower Reaches of Yangtze River of Ministry of Ecology and Environment, School of Environment, Nanjing University, Nanjing 210023, China)、Xiaohua Song(State Key Laboratory of Water Pollution Control and Green Resource Recycling, Key Laboratory of Aquatic Ecosystem Health in the Middle and Lower Reaches of Yangtze River of Ministry of Ecology and Environment, School of Environment, Nanjing University, Nanjing 210023, China)、Chenyu Wang(State Key Laboratory of Water Pollution Control and Green Resource Recycling, Key Laboratory of Aquatic Ecosystem Health in the Middle and Lower Reaches of Yangtze River of Ministry of Ecology and Environment, School of Environment, Nanjing University, Nanjing 210023, China)、Yunfan Zhang(State Key Laboratory of Water Pollution Control and Green Resource Recycling, Key Laboratory of Aquatic Ecosystem Health in the Middle and Lower Reaches of Yangtze River of Ministry of Ecology and Environment, School of Environment, Nanjing University, Nanjing 210023, China)、Di He(State Key Laboratory of Water Pollution Control and Green Resource Recycling, Key Laboratory of Aquatic Ecosystem Health in the Middle and Lower Reaches of Yangtze River of Ministry of Ecology and Environment, School of Environment, Nanjing University, Nanjing 210023, China)、Jingyun Yin(State Key Laboratory of Water Pollution Control and Green Resource Recycling, Key Laboratory of Aquatic Ecosystem Health in the Middle and Lower Reaches of Yangtze River of Ministry of Ecology and Environment, School of Environment, Nanjing University, Nanjing 210023, China)、Xiaotong Ge(State Key Laboratory of Water Pollution Control and Green Resource Recycling, Key Laboratory of Aquatic Ecosystem Health in the Middle and Lower Reaches of Yangtze River of Ministry of Ecology and Environment, School of Environment, Nanjing University, Nanjing 210023, China)、Liyu Pan(State Key Laboratory of Water Pollution Control and Green Resource Recycling, Key Laboratory of Aquatic Ecosystem Health in the Middle and Lower Reaches of Yangtze River of Ministry of Ecology and Environment, School of Environment, Nanjing University, Nanjing 210023, China)、Minxiang Xu(State Key Laboratory of Water Pollution Control and Green Resource Recycling, Key Laboratory of Aquatic Ecosystem Health in the Middle and Lower Reaches of Yangtze River of Ministry of Ecology and Environment, School of Environment, Nanjing University, Nanjing 210023, China)、Yong’an Wei(State Key Laboratory of Water Pollution Control and Green Resource Recycling, Key Laboratory of Aquatic Ecosystem Health in the Middle and Lower Reaches of Yangtze River of Ministry of Ecology and Environment, School of Environment, Nanjing University, Nanjing 210023, China)、Liuyan Yang(State Key Laboratory of Water Pollution Control and Green Resource Recycling, Key Laboratory of Aquatic Ecosystem Health in the Middle and Lower Reaches of Yangtze River of Ministry of Ecology and Environment, School of Environment, Nanjing University, Nanjing 210023, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Shunqing Yang, Mengmeng Wang, Xiaohua Song, et al. Chemical and Biological Mobilization of Soil Phosphorus by ppk-Expressing Transgenic Rice (Oryza sativa L.). Plants 2026-10-10. DOI: 10.3390/plants15203098. 原著ライセンス:CC BY.