著者の所属・活動拠点の国は、中国、オーストラリアです。

掲載誌:Life

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的:背を低くする遺伝子は塩害への強さにも関わるのか

土壌に塩分がたまる「塩類化」は、世界の農業生産を制限する大きな要因の一つです。論文によると、世界の灌漑農地の20%以上がすでに塩類化の影響を受けています。小麦は人類が摂取するたんぱく質とカロリーのおよそ20%を担う主要作物ですが、塩に対する強さは中程度とされ、塩分の多い環境では大きく減収することがあります。

植物が塩の害を受ける過程として、著者らは主に三つの段階を挙げています。まず根の周りの塩分によって水を吸いにくくなります。次に、ナトリウムイオン(Na⁺)が体内にたまって毒性を示します。さらに時間がたつと、栄養のバランスが崩れ、活性酸素による「酸化ストレス」の害が生じます。

Rht-D1bは、20世紀の「緑の革命」で小麦の背丈を低くし、倒れにくくして収量を高めることに貢献した遺伝子の型です。植物ホルモンであるジベレリンへの反応を弱め、茎の伸びを抑える働きはよく知られています。一方で、この遺伝子が塩ストレスへの反応にどう影響するかについては、体系的な大規模データが不足していました。研究チームは、Rht-D1bが小麦の塩ストレスへの感受性や耐性を変えるのかを確かめ、その背景にある遺伝子の働きを探ることを目的としました。

調べた方法:元の品種と自然に生じた変異体を比べる

比較に使ったのは、通常型のRht-D1aを持つ品種「中優9507」と、そこから自然に生じたRht-D1bを持つ変異体です。両者はゲノム全体で89%以上の遺伝的類似性を示しましたが、著者らは、遺伝的背景が厳密にそろった系統ではなく、残りの違いが存在し得ると明記しています。

発芽させた苗を水耕栽培し、塩を加えない対照条件と、200ミリモル濃度の食塩(NaCl)を加えた塩ストレス条件で育てました。7日間の処理後に、草丈、根の長さ、重さなどの生育や、体内のNa⁺とカリウムイオン(K⁺)の量、活性酸素の量、活性酸素を除去する酵素の働きなどを測定しました。

さらに、塩処理の開始時(0時間)、6時間後、24時間後に根を採取し、RNA-seqと呼ばれる方法で、どの遺伝子がどれだけ働いているかを網羅的に調べる「トランスクリプトーム解析」を行いました。両系統の間で働きの強さが異なる遺伝子を「発現差のある遺伝子」として洗い出し、Na⁺の輸送や活性酸素の処理に関わる遺伝子のグループに注目しました。

主な結果:Rht-D1bを持つ系統で生育の低下や酸化ストレスが小さかった

塩ストレスによって両系統とも生育が抑えられましたが、その程度には差がありました。対照と比べた草丈の減少は、Rht-D1aで39.63%、Rht-D1bで29.53%でした。地上部の生重量の減少も、Rht-D1aの60.05%に対してRht-D1bは48.83%でした。根の生重量はRht-D1aで42.56%減少した一方、Rht-D1bでは対照との間に有意な差が見られませんでした。

体内のイオンについては、塩ストレス下で両系統ともNa⁺が増えましたが、地上部ではRht-D1bのNa⁺の蓄積がRht-D1aより有意に少なく、根でもNa⁺の増え方はRht-D1aの方が大きかったと報告されています。

細胞を傷つけうる活性酸素の量は、塩ストレス下のRht-D1bでRht-D1aより地上部で60.96%、根で89.91%低い値でした。また、Rht-D1bの根では、過酸化水素を分解する酵素であるペルオキシダーゼ(POD)とカタラーゼ(CAT)の活性がともに高まっていました。

遺伝子の解析では、両系統の間で発現差のある遺伝子が、0時間で9189個、6時間で6134個、24時間で9112個見つかりました。塩処理前の時点ですでに多くの違いがあったことになります。中でも活性酸素の除去に関わるPOD遺伝子群は、どの時点でもRht-D1b系統の方が高く発現する傾向を示しました。Na⁺の輸送や液胞への隔離、細胞外への排出に関わる遺伝子群(HKT、NHX、SOSなど)も、時間を追って段階的に働きが高まるパターンが見られました。

研究が示すこと:背丈の調節を超えた役割の可能性

著者らは、Rht-D1bを持つ小麦が塩ストレス下でイオンのバランスと、活性酸素をめぐる体内の酸化・還元のバランスをよりよく保ち、塩への耐性が高まったと考えています。そして、この遺伝子の働きが草丈の調節だけにとどまらない可能性を示すものだと位置づけています。

ただし論文は、この結論に慎重な条件もつけています。6時間・24時間の時点で塩を与えない対照の試料を採っておらず、また二つの系統は遺伝的背景が厳密にそろっていないため、観察された違いを、Rht-D1bによる塩ストレス応答だけに帰することはできないと述べています。Rht-D1bが塩への強さにどれだけ寄与しているかは、まだ確定していない点として残されています。

原著論文の著者・所属:Jinlan Ni(College of Agronomy, Qingdao Agricultural University, Qingdao 266109, China; National Center of Technology Innovation for Comprehensive Utilization of Saline-Alkali Land, Dongying 257347, China)、Fulin Yang(College of Agronomy, Qingdao Agricultural University, Qingdao 266109, China; National Center of Technology Innovation for Comprehensive Utilization of Saline-Alkali Land, Dongying 257347, China)、Weixiang Wang(College of Agronomy, Qingdao Agricultural University, Qingdao 266109, China)、Ziyi Chen(College of Agronomy, Qingdao Agricultural University, Qingdao 266109, China)、Xiaomin Guo(College of Agronomy, Qingdao Agricultural University, Qingdao 266109, China)、Yuanfeng Hao(Institute of Crop Sciences, Chinese Academy of Agricultural Sciences (CAAS), Beijing 100081, China)、Dengan Xu(College of Agronomy, Qingdao Agricultural University, Qingdao 266109, China; Open Research Projects of the State Key Laboratory of Wheat Breeding, Shandong Academy of Agricultural Sciences, Jinan 250100, China)、Wujun Ma(Academy of Dongying Efficient Agricultural Technology and Industry on Saline and Alkaline Land in Collaboration with Qingdao Agricultural University, Dongying 257347, China; Australia-China Joint Centre for Wheat Improvement, State Agriculture Biotechnology Centre, Murdoch University, Perth, WA 6150, Australia; College of Agronomy, Qingdao Agricultural University, Qingdao 266109, China)、Mei Qu(Academy of Dongying Efficient Agricultural Technology and Industry on Saline and Alkaline Land in Collaboration with Qingdao Agricultural University, Dongying 257347, China; College of Agronomy, Qingdao Agricultural University, Qingdao 266109, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jinlan Ni, Fulin Yang, Weixiang Wang, et al. Transcriptomic Analysis Revealed the Response Mechanism of Green Revolution Gene Rht-D1b in Wheat to Salt Stress. Life 2026-09-29. DOI: 10.3390/life16101632. 原著ライセンス:CC BY.