日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
掲載誌:Scientific Reports
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:酵母の副産物と乳酸菌を組み合わせる
私たちの腸内細菌は、食物繊維などを分解して「短鎖脂肪酸」と呼ばれる物質を作ります。代表的なものは酢酸、プロピオン酸、酪酸です。論文によると、なかでも酪酸は量としては少ないものの、腸の粘膜のバリア機能や免疫、炎症の調節に関わることがこれまでの研究で示されてきました。そのため、酪酸の産生を高める方法が探られています。
方法として知られているのが、腸内細菌のエサとなる成分を与える「プレバイオティクス」と、有用な生きた微生物を与える「プロバイオティクス」、そして両者を組み合わせた「シンバイオティクス」です。研究チームが注目したのは、パン酵母から酵母エキスを取り出した後に残る「酵母細胞壁」です。人は消化できない多糖類(βグルカンやαマンナン)を多く含み、醸造やバイオエタノール産業から大量に得られる素材です。ただし、酵母由来のマンナンを使った過去の試験管内実験では、酢酸やプロピオン酸は増えたものの、酪酸の明確な増加は見られていませんでした。
そこで著者らは、熱や酸に強い胞子を作る乳酸菌の一種、ハインドリクシア・コアグランス(旧名バチルス・コアグランス)SANK70258株を酵母細胞壁と組み合わせることで、酪酸の産生を高められるかを探索的に調べました。
何を調べたか:便を使った「試験管内の腸」
研究チームは、健康な日本人13人(20〜59歳)から提供された便を、酸素のない条件で培養し、腸内での発酵を模した実験を行いました。便ごとに、何も加えない対照、乳酸菌のみ、酵母細胞壁のみ、両方を加えた組み合わせ(シンバイオティクス)の4条件を用意し、48時間後に短鎖脂肪酸の量と、遺伝子解析による細菌の構成を比べました。
さらに、代表的な酪酸産生菌であるフィーカリバクテリウム属の一種(Faecalibacterium duncaniae)を、この乳酸菌と一緒に培養する実験も行い、乳酸菌が酪酸産生菌に直接影響するかを確かめました。
主な結果:組み合わせで酪酸が最も多く
酵母細胞壁だけを加えると、酢酸、プロピオン酸、酪酸がいずれも増え、短鎖脂肪酸の総量が増加しました。乳酸菌だけを加えた場合に対照より増えたのは酪酸のみでした。そして両方を加えた組み合わせでは、酪酸の量がどちらか一方だけの場合よりも有意に多くなりました。
細菌の構成を見ると、全体の多様性には統計的に意味のある差は見られませんでしたが、個々の菌には変化がありました。酪酸産生菌として知られるフィーカリバクテリウム属は、どの条件でも対照より増え、組み合わせでは単独の場合よりさらに増えていました。また、組み合わせ条件では、この菌の増え方と酪酸の増え方の間に強い正の相関(相関係数0.82)が見られました。
酵母細胞壁を加えた条件では、酵母のマンナンを分解することが知られるバクテロイデス属の菌が増え、その一種の増加は組み合わせでより顕著でした。一方、乳酸菌を含む条件では、バクテロイデスと競合する可能性のあるエリシペラトクロストリジウム属が減っていました。単独培養と比べた共培養実験では、乳酸菌と一緒に育てたフィーカリバクテリウムの増殖がよくなり、酪酸の産生も増えました。
これらから著者らは、酵母細胞壁がバクテロイデスの増殖を支え、乳酸菌が酪酸産生菌を後押しし、さらに競合菌を減らすことで、両者が協力して酪酸産生を高めている可能性を提案しています。ただし、これは相関関係などに基づく推測であり、詳しい仕組みはまだ確かめられていないと論文は述べています。
この研究が示すこと
今回の結果は、産業副産物である酵母細胞壁と特定の乳酸菌を組み合わせることで、腸内細菌による酪酸の産生が、どちらか一方だけの場合より高まりうることを、試験管内の実験で示したものです。
一方で著者らは、便の提供者が日本人に限られていること、測定が48時間の一時点のみであること、静置型の試験管内モデルでは実際の腸の環境を十分に再現できないことを限界として挙げ、結果は慎重に解釈すべきだとしています。研究は、プレバイオティクスとプロバイオティクスの適切な組み合わせを探る出発点であり、廃棄されがちな素材を有用な資源として見直す一つの手がかりを示しています。
原著論文の著者・所属:Yuta Noda(Science & Innovation Center, Mitsubishi Chemical Corporation, 1000, Kamoshida-cho, Aoba-ku, Yokohama-shi, Kanagawa, 227-8502, Japan)、Masanori Aida(Science & Innovation Center, Mitsubishi Chemical Corporation, 1000, Kamoshida-cho, Aoba-ku, Yokohama-shi, Kanagawa, 227-8502, Japan)、Akiko Sakamoto(Science & Innovation Center, Mitsubishi Chemical Corporation, 1000, Kamoshida-cho, Aoba-ku, Yokohama-shi, Kanagawa, 227-8502, Japan)、Sho Yokoi(Science & Innovation Center, Mitsubishi Chemical Corporation, 1000, Kamoshida-cho, Aoba-ku, Yokohama-shi, Kanagawa, 227-8502, Japan)、Motonori Miyago(Research & Development Headquarters, Asahi Group Foods, Ltd., 1-23-1, Azumabashi, Sumida-ku, Tokyo, 130-8602, Japan)、Mutsuki Takahashi(Research & Development Headquarters, Asahi Group Foods, Ltd., 6-4-3, Toyosu, Koto-ku, Tokyo, 135-0061, Japan)、Misaki Hatanaka(Research & Development Headquarters, Asahi Group Foods, Ltd., 1-1-21 Midori, Moriya-shi, Ibaraki, 302-0106, Japan)、Ryouichi Yamada(Science & Innovation Center, Mitsubishi Chemical Corporation, 1000, Kamoshida-cho, Aoba-ku, Yokohama-shi, Kanagawa, 227-8502, Japan)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Yuta Noda, Masanori Aida, Akiko Sakamoto, et al. The combination of yeast cell wall and Heyndrickxia coagulans SANK70258 maximized butyrate production in an in vitro gut model. Scientific Reports 2026-10-09. DOI: 10.1038/s41598-026-74909-2. 原著ライセンス:CC BY.