日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。

掲載誌:Microorganisms

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

塩を使わない発酵の品質は何で決まるのか

漬物づくりでは、多量の塩で腐敗菌の増殖を抑えるのが一般的です。一方、減塩への関心から、塩を使わずに乳酸菌の働きだけで発酵させる方法が注目されています。長野県木曽地域に伝わる「すんき」は、赤かぶの葉や茎を塩を使わずに発酵させる伝統的な漬物で、前年のすんきを種として次の仕込みに使う習慣があります。

無塩発酵では、乳酸菌が作る酸で環境が強い酸性になり、乳酸菌自身にとっても厳しいストレスになります。すんきの品質は、乳酸、酢酸、コハク酸といった有機酸が十分にたまり、pHが適切に下がることで生まれる酸味や風味に左右されるとされています。ただし、微生物の集団がどのように酸性環境に適応し、どのような菌の組み合わせが有機酸の蓄積につながるのかは、十分に分かっていませんでした。

研究チームは、この点を明らかにするため、すんきの中の微生物群集の構成と、それらが持つ代謝に関わる遺伝子を調べました。

品評会のすんきを幅広く分析

対象としたのは、木曽町で毎年12月に開かれる「すんきコンテスト」に各家庭から出品されたすんきです。2017年から2025年までのうち6年分の試料について、pHと漬け汁中の有機酸濃度を測定しました。

さらに2023〜2025年の試料については、漬け汁に含まれる微生物のDNAをまとめて読み取る「ショットガンメタゲノム解析」を行いました。この方法では、どの菌がどれだけいるかに加え、群集全体がどのような代謝の遺伝子をどれくらい持っているか(遺伝的な機能の潜在能力)を推定できます。研究チームは、こうした遺伝子の量と有機酸濃度・pHとの相関を網羅的に調べました。

主な結果:中心となる菌と「共に優勢な菌」の組み合わせ

微生物のほとんどは乳酸菌の仲間で、全体を通じて最も多かったのはリモシラクトバチルス・ファーメンタムという乳酸菌でした。多くの試料でこの菌が99%を超える割合を占めていました。著者らは、この菌がすんき発酵の土台となる種であると同時に、家庭ごとの作り方や種の違いによって、さまざまな菌の構成が生まれていると述べています。同じ種を使った試料では、原料のかぶが違っても似た菌の構成になり、前年のすんきを種にした翌年の試料でも主な乳酸菌が共通していたことから、特定の菌の構成が年をまたいで受け継がれていることも示されました。

次に、有機酸の濃度とpHをもとに試料を3つのグループに分けました。そのうち、乳酸(平均8.58 g/L)、酢酸(2.70 g/L)、コハク酸(1.50 g/L)がいずれも豊富で、pHも平均3.91と十分に低いグループがありました。コンテストで受賞した試料25点のうち16点(64.0%)がこのグループに属していましたが、統計的に有意な差ではなかったと論文は記しています。

このグループを特徴づける菌として、ファーメンタムを土台としながら、ラクトバチルス・クリスパタスとリモシラクトバチルス・バギナリスという2種の乳酸菌が共に優勢であることが見いだされました。一方、ファーメンタムだけがほぼ単独で優勢なグループでは乳酸が少なくpHの下がりが限られ、別の乳酸菌がさまざまに優勢なグループでは乳酸は多いものの酢酸やコハク酸が少ない傾向でした。

乳酸菌には、糖から主に乳酸だけを作る「ホモ発酵」と、乳酸に加えて酢酸なども作る「ヘテロ発酵」という2つの経路があります。解析では、ホモ発酵に関わる遺伝子の量が乳酸濃度と(相関係数0.50)、ヘテロ発酵に関わる遺伝子の量が酢酸濃度と(同0.48)、それぞれ正の相関を示しました。著者らは、菌が共に優勢になることで両方の経路がそろって働き、保存性と風味の複雑さの両立につながると解釈しています。

コハク酸を作る2つの道筋という提案

うま味に関わるとされるコハク酸については、赤かぶ由来のリンゴ酸からクエン酸回路を逆向きにたどってコハク酸を作る経路が、これまで考えられてきました。今回の解析では、その経路の酵素遺伝子に加えて、グルタミン酸からGABA(γ-アミノ酪酸)を経てコハク酸に至る「GABAシャント」と呼ばれる経路の酵素遺伝子(puuE)の量が、コハク酸濃度と正の相関(0.57)を示しました。反対に、グルタミン酸を別の代謝の流れへ送り込む酵素の遺伝子(gdhA)の量は負の相関(−0.51)を示しました。

研究チームはこれらから、コハク酸はリンゴ酸からの経路とGABAシャントの2つの道筋で作られるという「二重経路モデル」を提案し、グルタミン酸の流れがGABAシャントの側へ切り替わっている可能性を示唆しています。GABAシャントは、細胞内の水素イオンを消費して酸性環境に耐える仕組みとしても知られており、著者らは酸への適応と風味づくりが結びついた仕組みと位置づけています。なお、今回の研究ではGABAの濃度そのものは測定しておらず、示されたのは遺伝子の量と有機酸濃度との相関です。

研究が示すこと

この研究は、塩を使わないすんきで有機酸が豊富にたまる背景に、土台となる乳酸菌と特定の乳酸菌が共に優勢になる、バランスのとれた菌の組み合わせがあることを、遺伝子レベルの解析から示しました。著者らは、無塩発酵食品の品質は単一の菌ではなく、微生物群集全体の構成と、厳しい酸性環境への適応のあり方によって形づくられていると結論づけています。

原著論文の著者・所属:Asahi Oshima(Department of Molecular Microbiology, Tokyo University of Agriculture, Tokyo 156-8502, Japan)、Sona Sekiguchi(Department of Molecular Microbiology, Tokyo University of Agriculture, Tokyo 156-8502, Japan)、Shogo Uchikawa(Kiso Town Institute of Regional Resources, Nagano 397-8588, Japan)、Naoya Fujita(Department of Molecular Microbiology, Tokyo University of Agriculture, Tokyo 156-8502, Japan)、Hana Yoshida(Department of Molecular Microbiology, Tokyo University of Agriculture, Tokyo 156-8502, Japan)、Sachika Yamada(Department of Molecular Microbiology, Tokyo University of Agriculture, Tokyo 156-8502, Japan)、Nobuyuki Fujita(Department of Molecular Microbiology, Tokyo University of Agriculture, Tokyo 156-8502, Japan)、Yu Shiwa(Department of Molecular Microbiology, Tokyo University of Agriculture, Tokyo 156-8502, Japan)、Akira Tsuji(Department of Fermentation Science, Tokyo University of Agriculture, Tokyo 156-8502, Japan)、Naoto Tanaka(Department of Molecular Microbiology, Tokyo University of Agriculture, Tokyo 156-8502, Japan)、Sanae Okada(Kiso Town Institute of Regional Resources, Nagano 397-8588, Japan)、Akifumi Nishida(Department of Molecular Microbiology, Tokyo University of Agriculture, Tokyo 156-8502, Japan)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Asahi Oshima, Sona Sekiguchi, Shogo Uchikawa, et al. Shotgun Metagenomics Reveals Systemic Metabolic Pathways Promoting Organic Acid Production in Traditional Sunki Fermentation. Microorganisms 2026-10-20. DOI: 10.3390/microorganisms14102395. 原著ライセンス:CC BY.