著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Foods
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の背景と目的
果実酒の香りは、原料の果実、発酵、熟成のそれぞれに由来する成分が重なってできています。中でも発酵由来の香りは、主に酵母が代謝の過程でつくる物質から生まれます。市販の果実酒の多くは、発酵力が強く工程を管理しやすいサッカロミセス・セレビシエ(一般的な醸造用酵母)を単独で使ってつくられます。ただ、一種類の酵母だけでは、香りの成分の構成がその菌株の性質に左右されやすくなります。
そこで注目されているのが、セレビシエ以外の酵母(非サッカロミセス酵母)を併用する方法です。これらの酵母には、果実に含まれる香りのもと(糖と結合して香りを出さない状態の物質)を分解して香り成分を遊離させるβ-グルコシダーゼという酵素の働きが強いものがあります。一方で、高い糖濃度やアルコールに弱く、単独では発酵を最後まで進められないことが多いとされます。このため、まず非サッカロミセス酵母を加えて酵素を働かせ、その後にセレビシエを加えて発酵を完了させる「順次接種」という方法が用いられています。
研究チームは以前、自然発酵中のナツメ果汁から、β-グルコシダーゼ活性の高い2種類の酵母、ハンセニアスポラ・ウバルムTD74とメチニコビア・プルケリマHJ79を分離していました。本研究は、これらの酵母がナツメ酒の発酵で香りをどれだけ高めるのか、またセレビシエと組み合わせたときにどう振る舞うのかを調べ、試験した条件の中で最も良い接種方法を見つけることを目的としています。
どのように調べたか
原料には、中国・新疆ウイグル自治区で収穫されたナツメ品種「灰棗(Huizao)」の乾燥果実を使いました。果実を水と混ぜて酵素処理した果汁に砂糖を加えて糖度を調整し、加熱殺菌したうえで発酵試験に用いました。
比較したのは7つのグループです。発酵させていない果汁、セレビシエのみ、プルケリマのみ、ウバルムのみで発酵させたもの、プルケリマまたはウバルムを先に加えて2日後にセレビシエを加えたもの、そしてプルケリマとウバルムを同時に加えて2日後にセレビシエを加えた3菌株の組み合わせです。
発酵中の酵母の数、β-グルコシダーゼ活性、糖とアルコールの変化を追跡しました。完成した酒については、香り成分を分離・同定する分析機器(ガスクロマトグラフ質量分析計)で揮発性成分を調べ、電子的に匂いや味を測る電子鼻・電子舌、統計的な判別分析、さらに人による官能評価も行いました。なお、香り成分の量は標準物質を用いた厳密な定量ではなく、目安としての半定量値として報告されています。
主な結果
セレビシエ単独では酵母が速く増え、糖も速やかに消費されました。最終的な残糖は1リットルあたり6.1グラム、アルコール度数は12.57%でした。一方、プルケリマやウバルム単独では発酵力が弱いことが示されました。2菌株の順次接種では、セレビシエを加えた後に非サッカロミセス酵母の増殖がある程度抑えられ、β-グルコシダーゼ活性も酵母数とおおむね同じ傾向で低下しました。3菌株の組み合わせでは、非サッカロミセス酵母の数が2菌株の場合より多く、減り方も緩やかでした。
香り成分では、果実のような甘い香りに寄与するエステル類が最も多い成分群でした。51種類のエステルが同定され、そのうち26種類は複数の酵母を組み合わせたグループでのみ検出されました。エステル類の中心であるエチルエステルの半定量値は、3菌株の組み合わせで最も高く(1リットルあたり3337.80マイクログラム)、次いでウバルムとセレビシエの組み合わせでした。リンゴやパイナップルのような香りを持つ酢酸エチルは、3つの組み合わせグループすべてでセレビシエ単独より有意に多くなっていました。豊かな香りや口当たりに関わる高級アルコール類も、3菌株の組み合わせで最も多くなりました。
香りへの寄与の目安となる指標でみると、3菌株の組み合わせでは、果実様の香りを持つヘキサン酸エチルと酢酸イソアミル、バラのような香りのフェネチルアルコールが中心となり、果実と花を合わせた香りの特徴を示しました。統計的な判別分析では、発酵前の果汁、単独発酵、複数酵母の発酵が明確に分かれ、電子鼻でも複数酵母のグループはセレビシエ単独とは異なる香りの傾向を示しました。
人による官能評価では、セレビシエ単独はアルコール感が強く、花や果実の香りの評価が低めで、香りが比較的単調とされました。非サッカロミセス酵母単独では青臭さや甘さの評価が高く、これは発酵が十分に進まなかったことを反映していると著者らは述べています。複数酵母の組み合わせでは香りの質が向上したとみられ、渋みの抑制や甘みと酸味の調和も良好でした。特に3菌株の組み合わせは、花・果実・ナッツの香りの評価が最も高く、青臭さや溶剤のような匂いは低めで、全体のバランスが良いと評価されました。
この研究が示すこと
著者らは、非サッカロミセス酵母を先に加えてからセレビシエで発酵を仕上げる方法により、ナツメ酒の香りの複雑さが高まり、特に2種類の非サッカロミセス酵母を併用することが香りの多様性と品質を高める有効な方法であると結論づけています。この結果は、ナツメ酒づくりで使う酵母の組み合わせを検討する際の理論的な手がかりになるとしています。
一方で、香りの変化を生んだ具体的な酵素や調節の仕組みはまだ分かっていません。また、セレビシエを加えるまでの2日という間隔や接種する割合は固定した条件で、最適化はされていないことも著者らは限界として挙げています。今回の結果は、実験室の特定の条件で、酵母の組み合わせ方によって同じ原料からでも香りの性格が大きく変わることを示したものといえます。
原著論文の著者・所属:Binbin Li(Institute of Agricultural Products Processing, Xinjiang Academy of Agricultural Reclamation Sciences, Shihezi 832000, China)、Qian Mu(Institute of Agricultural Products Processing, Xinjiang Academy of Agricultural Reclamation Sciences, Shihezi 832000, China; School of Food Science, Shihezi University, Shihezi 832003, China)、Huijing Guo(Institute of Agricultural Products Processing, Xinjiang Academy of Agricultural Reclamation Sciences, Shihezi 832000, China)、Wenting Jia(Institute of Agricultural Products Processing, Xinjiang Academy of Agricultural Reclamation Sciences, Shihezi 832000, China)、Ya Liu(School of Food Science, Shihezi University, Shihezi 832003, China)、Xinwen Jin(Institute of Agricultural Products Processing, Xinjiang Academy of Agricultural Reclamation Sciences, Shihezi 832000, China)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Binbin Li, Qian Mu, Huijing Guo, et al. Influence of Fermentation Methods on Jujube Wine Quality: A Volatile Metabolomics-Based Investigation. Foods 2026-10-10. DOI: 10.3390/foods15203604. 原著ライセンス:CC BY.