この研究は、イタリアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Trends in Food Science & Technology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ「香り」に注目したのか
ヨーグルト、漬物、発酵ソーセージなど、世界中の発酵食品づくりに使われてきた乳酸菌の一つに、Lactiplantibacillus plantarum(ラクティプランティバチルス・プランタルム)という種があります。この細菌は、野菜や果物からチーズ、肉、魚、さらにはヒトの消化管まで、きわめて幅広い環境にすみつくことができます。著者らは、その背景として、ほかの乳酸菌に比べてゲノム(遺伝情報の全体)が大きく、利用できる代謝の経路を数多く備えている点を挙げています。環境に合わせてゲノムを小さくしていった特化型の乳酸菌とは対照的に、特定の生息環境に縛られない「ノマド(放浪型)」の性質をもつ種として論じられてきました。
著者らによれば、この菌の整腸作用に関わる性質や、有害微生物を抑える働き、発酵能力については多くの研究が積み重ねられてきた一方で、「どんな香り成分をつくるのか」という面は、食品ごとの個別事例として報告が散らばったままでした。香りのもとになるのは揮発性有機化合物(VOC)と呼ばれる、空気中に広がりやすい分子群です。これらは食品の香りの印象を直接左右し、消費者が「おいしい」と感じるかどうかを大きく決めます。そこでこの総説は、発表済みの査読論文を集めて横断的に見比べ、この菌に共通する香りの特徴と、食品の種類によって変わる部分とを切り分けることを目的としています。
どのように調べたか
著者らが集めたのは、この菌を単独で接種して発酵させた研究(単独培養の実験)を中心とした報告です。複数の微生物を混ぜると、それぞれの働きが絡み合って、どの成分がどの菌に由来するのか判別しにくくなります。単独培養に絞ることで、この菌自身の代謝活動と結びついた香り成分をより確かに評価しようとした、というのが選定の理由として説明されています。
対象としたのは、乳製品(チーズ、ヨーグルト、発酵乳)、食肉、魚介類、果汁、野菜汁、穀物を使った食品、農業副産物、そして植物性ミルク代替品という八つの食品カテゴリーです。比較は、化学的な分類(アルコール類、アルデヒド類、ケトン類など)、個々の成分、使われた菌株、そして食品の種類という複数の切り口から行われました。また、菌を接種していない試料との直接比較があるものを優先し、それが得られない場合は菌株どうしの比較などを手がかりに「増えたのか減ったのか」の向きを推定しています。著者らは、後者については絶対的な変化量ではなく、あくまで相対的な傾向として読むべきだと注意を促しています。さらに、酵母やほかの細菌と組み合わせて発酵させた研究も参照し、この菌を単独で使う場合の限界と、組み合わせによって補える部分を位置づけました。
報告された主な結果
食品の種類を問わず一貫して現れたのは、ピルビン酸という代謝の中継点から生じる成分群でした。ピルビン酸は糖の分解過程でできる物質で、ここから複数の経路へ枝分かれしていきます。なかでもアセトイン(バターやクリームを思わせる香り)と酢酸は、どの食品カテゴリーでも増加するか、発酵後に新たに検出される形で繰り返し現れ、発酵が進んでいることの指標となる成分として挙げられています。著者らは、この二つだけが全カテゴリーで変化の向きが揃った成分であり、糖代謝という菌に広く保たれた経路に由来するためだと説明しています。
一方、アルデヒド類の挙動は食品によって逆向きでした。乳製品、食肉、穀物では増える傾向があったのに対し、果汁や植物性ミルクでは減る傾向が報告されています。後者では、アルデヒド類が青臭さや豆臭さといった好ましくない香り(オフフレーバー)と結びつくことが多く、この菌がアルデヒドを対応するアルコールへ変換する働きが、こうした臭いを和らげる方向に作用すると整理されています。
著者らは、繰り返し現れた三つのパターンも示しました。第一に、2,3-ブタンジオールの生成量は菌株によって大きく異なること。第二に、ヨーグルトらしい爽やかな香りのもとになるアセトアルデヒドの生成は、この種に生まれつき備わった共通の性質ではなく、特定の菌株だけがもつ性質だということ。たとえばヨーグルトの研究では、ある一つの株だけが意味のある量を生成し、ほかの株では痕跡程度にとどまっていました。第三に、果実様の香りをもたらすエステル類は、発酵時間が長いほど蓄積しやすいことです。これは、工業的に用いられる短時間の発酵では、エステルが香りに寄与するほど溜まらない可能性があるという指摘につながっています。
香りの出来ばえは、菌株と食品との組み合わせに強く左右されました。ある基質で優れた結果を出した菌株が、別の基質でも同じようにふるまうとは限りません。興味深い点として、本来の生息環境とは異なる食品に菌株を導入する「異分野からの接種」が、香りの複雑さを増すことがしばしばあったと報告されています。たとえば、中国の伝統的なザワークラウト(発酵キャベツ)から分離された株が、ヨーグルトで高いアセトインとジアセチルの生成を示した例が挙げられています。また、酵母などとの混合発酵は香り成分の幅を広げ、とくにエステルの生成を促し、硫黄に由来する不快な臭いを減らす方向に働いたとされています。
なお著者らは、報告された頻度の高さがそのまま香りへの寄与の大きさを意味するわけではないと断っています。実際に香りとして感じられるかどうかは、その成分の濃度、人が感知できる最低濃度(におい閾値)、食品中のほかの成分との相互作用に左右されるためです。整理の対象となった50件の研究のうち、機器分析とあわせてにおいの寄与度や官能評価のデータを報告していたのは16件にとどまっていた、という点も明記されています。
この整理が示すこと
この総説が描き出したのは、L. plantarumの香りづくりが「菌株がもつ遺伝的な可能性」「その経路が実際に働くかどうかの調節」「発酵させる食品の化学的な環境」という三つの要素の相互作用から生まれる、という見取り図です。遺伝子が存在することは代謝の潜在能力を示すにすぎず、その経路が実際に動くことまでは保証しない――著者らはこの区別を繰り返し強調しています。発酵温度や時間、どの時点で発酵を止めるかといった条件の違いも、香りの違いを生む要因として加わります。
したがって著者らは、この菌を香りの設計に用いる際には、「この種はこういう香りをつくる」とひとまとめに語るのではなく、菌株ごと・食品ごとに見ていく枠組みが必要だと結論づけています。目指す香りの方向――バターのようなコクなのか、ヨーグルトのような爽やかさなのか――に応じて菌株を選び分け、食品側の組成や発酵条件とあわせて考えることが、香りを狙って設計する発酵の土台になる、という整理です。
著者:Antonia Corvino(Center for Agriculture Food Environment C3A, University of Trento, San Michele all’Adige (TN), Trento, Italy)、Giuseppe Spano(Department of Agriculture, Food, Natural Science, and Engineering (DAFNE), University of Foggia, Foggia, 71122, Italy)、Franco Biasioli(Research and Innovation Centre, Fondazione Edmund Mach, via E. Mach 1, 38098 San Michele all’Adige (TN), Italy)、Vittorio Capozzi(National Research Council of Italy – Institute of Sciences of Food Production (ISPA) c/o CS-DAT, via Michele Protano, 71121 Foggia, Italy)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Antonia Corvino, Giuseppe Spano, Franco Biasioli, et al. The aromatic footprint of Lactiplantibacillus plantarum: Volatilome intraspecific diversity and variability across food matrices. Trends in Food Science & Technology 2026-09-10. DOI: 10.1016/j.tifs.2026.106076. 原著ライセンス:CC BY.