この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:npj Science of Food

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的:同じ六堡茶でも香りが違うのはなぜか

六堡茶(ろっぽちゃ)は中国広西チワン族自治区梧州市六堡鎮を主な産地とする、後発酵茶の代表的な一つです。著者らによれば、千年以上の栽培と飲用の歴史をもち、「紅・濃・陳・醇」と表現される特徴で国内外に知られています。製造工程や熟成期間の違いによって、びんろう(檳榔)の香り、陳(ちん)香、朝鮮人参のような香り、干しナツメのような香りといった異なる香調が生まれると報告されています。これらの香りは飲み手にとっての楽しみであると同時に、品質等級を評価する手がかりにもなっています。

論文は、六堡茶の香りに関するこれまでの研究が単一の香りタイプや全体的な品質特性に偏りがちで、香りタイプごとの成分を定性的に同定する段階にとどまっていたと整理しています。そして、分子レベルの相互作用という視点から異なる香りタイプの形成メカニズムを体系的に解明した報告はこれまでなかったと述べ、その空白を埋めることを本研究の狙いとしています。

何をどう調べたか

著者らはまず、四つの香りタイプに属する16点の六堡茶について官能評価(訓練された評価者が香りや味を実際に確かめる方法)を行い、香りと水色(すいしょく、茶の液体)の味を中心的な指標としました。そのうえで各タイプで評価点が最も高かった試料を代表として選び、びんろう香(BX)、陳香(CX)、人参香(SX)、ナツメ香(ZX)と名付けています。報告によれば、BXは強く持続するびんろうの香りと濃厚な味、CXは際立つ陳香とまろやかな厚み、SXは西洋人参や甘草を思わせる甘く涼やかな薬草様の香りと、最初の苦味のあとに訪れる甘み、ZXは干し赤ナツメに似た甘い香りとなめらかな口当たり、甘い後味が特徴とされています。

成分の分析には二つの手法が使われました。一つはHS-SPME-GC/MS、すなわち試料の上部空間(ヘッドスペース)に立ちのぼる香り成分を細い繊維に吸着させて集め、ガスクロマトグラフィーと質量分析で種類と量を調べる方法で、香り成分(揮発性成分)の分析に用いられます。もう一つはUPLC(超高速液体クロマトグラフィー)で、カテキン類、没食子酸(ガロ酸)、アルカロイドといった、香りとして揮発はしないが味を左右する非揮発性成分を測るために使われました。

さらに著者らは、香り成分がヒトの甘味受容体T1R2とT1R3にどのように結合しうるかを、分子ドッキングという計算シミュレーションで検討しています。これは成分(リガンド)と受容体の結合の仕方を計算で再現し、結合の強さや関与する部位、相互作用の種類を推定する手法です。論文は、ヒトの甘味の知覚がT1R2とT1R3を介して成立し、六堡茶の陳(ちん)香とまろやかさが茶に含まれる成分由来の甘味の知覚と関連づけられてきたことを背景として挙げています。

主な報告結果

全試料を通じて、15のカテゴリーに分類される計1509種の揮発性成分が同定されました。内訳としてはテルペン類307、脂質253、ケトン類179、複素環化合物144、アルコール類117、アルデヒド類97などが多く、テルペン類・エステル類・ケトン類が主体だったと報告されています。揮発性成分の相対含量の合計はBXで最も高く(209.186±53.021 μg/g)、ZXで最も低く(129.168±6.452 μg/g)、CXとSXは同程度でした。著者らはこの差が熟成期間の違いと関係している可能性を指摘しており、熟成が最も短いBX(4年)で含量が最も高く、最も長いZX(20年)で最も低かったとしています。なお、これは観察された対応関係についての考察であり、因果が確定したものとしては述べられていません。

多変量解析では、主成分分析(PCA)で四群が明確に分かれ、OPLS-DA(群分けの情報を使って差を際立たせる判別分析)でも有意な分離が確認されました(R²Y=0.996、Q²=0.963、p<0.005)。このモデルから、VIP≥1かつp<0.005を満たす差異成分が599種同定されています。

香り成分が実際の香りにどれだけ効いているかは、水中での匂いの閾値(感じ取れる最小濃度)を踏まえた相対匂い活性値(ROAV)で評価されました。ROAV≥1の成分はBX、CX、SX、ZXでそれぞれ230、209、200、202種と、タイプ間で大きく変わりませんでした。そこで著者らは影響がより大きいと期待されるROAV≥100の成分に絞り、四タイプを区別する鍵となる香り成分として計47種を挙げています。なかでもROAVが最も高かったのはp-メンテン-8-チオール(硫黄様、グレープフルーツ、樹脂様、木質の香り)と、2(5H)-フラノン,5-エチル-3-ヒドロキシ-4-メチル-(甘い、果実様、カラメル様の香り)でした。前者は水中での閾値が極めて低く、自然界で最も強力な香り成分の一つとされ、グレープフルーツの重要な匂い成分と考えられていると紹介されています。上位の成分ではβ-ダマスコン(バラやタバコ様)がBXとCXに、2,4-ウンデカジエナール(青葉様、バター様、焙煎様、果実様)がSXとZXに共通して現れました。また、3-プロピルフェノールやp-クレゾールはBX固有、(Z)-6-ノネナールはCX固有、デカナールはZX固有、セドロールや4-エチルオクタン酸はSXとZXに共通といった具合に、タイプ特異的な成分も報告されています。

非揮発性成分としては、カテキン類、没食子酸、プリンアルカロイドを含む7種が定量されました。カテキン(C)、エピカテキンガレート(ECG)、エピカテキン(EC)はBXで最も高く、CとECGではBXと他試料との間に有意差が認められました。エピガロカテキン(EGC)は四タイプで差がありませんでした。没食子酸は茶液の酸味に寄与する成分で、BXで最も高くSXで最も低い値でした。カフェインには有意差がなく、テオブロミンには有意差があり、両者ともCXで最も高くなっています。論文は、カテキン類が抗酸化などの薬理活性をもつ重要な二次代謝産物である一方、茶液の渋みや苦みにもつながると説明しています。

揮発性と非揮発性の関係については、47種の鍵となる香り成分と7種の非揮発性成分の間でMantel検定(二つのデータ全体の対応を調べる統計手法)が行われました。カテキン類、アルカロイド、酸性成分はそれぞれ16、5、11種の香り成分と有意な正の相関を示しました(r≥0.4、p<0.05)。酸性成分と相関した11種はカテキン類と相関した成分と完全に重なっており、著者らは香りへの寄与において両者が相乗的に働く可能性を示唆しています。一方、アルカロイドと相関した5種は重複せず、異なる調節の仕組みが働いている可能性が指摘されました。これらは相関関係に基づく解釈であり、因果の証明ではありません。

分子ドッキングでは、12種の香り成分が主にファンデルワールス力と静電相互作用を介して甘味受容体T1R2およびT1R3に結合すると報告されています。さらにKEGG代謝経路の解析からは、セスキテルペン・トリテルペン生合成、モノテルペン生合成、チロシン代謝、トリプトファン代謝、各種アルカロイド生合成などが全比較群に共通して濃縮され、テルペノイド代謝とアミノ酸代謝が香りの差異を主に支配していたとまとめられています。著者らは、セスキテルペンであるネロリドールが花や果実の香りを与え、モノテルペンのtrans-リナロールオキシドが爽やかな香りに寄与するといった例を挙げています。

この研究が示すこと

この研究は、同じ六堡茶という括りのなかでびんろう香・陳香・人参香・ナツメ香が異なって感じられる背景に、香り成分の構成の違いだけでなく、カテキン類や没食子酸、テオブロミンといった味に関わる成分の違い、そして成分同士の相関が重なっていることを示しました。さらに、一部の香り成分が甘味受容体にどのような力で結合しうるかを計算で描き出すことで、「甘い香り」「まろやかさ」といった感覚的な表現を分子レベルの言葉に置き換える道筋を提示しています。

著者らは、HS-SPME-GC/MSが与えるのは揮発性成分の定性・定量の情報であり、感覚としての寄与を直接測るものではないと明記しています。そのうえで本研究は、香りタイプごとに鍵となる代謝産物とその風味形成の分子的な仕組みを特定し、六堡茶の香りタイプ分類を支える理論的な枠組みを提供したものとして位置づけられています。

著者:Ya Li(School of Food and Pharmaceutical Engineering, Wuzhou University, Wuzhou, China)、Hailin Wu(School of Food and Pharmaceutical Engineering, Wuzhou University, Wuzhou, China)、Jianfeng Liang(School of Food and Pharmaceutical Engineering, Wuzhou University, Wuzhou, China)、Pan YuHua(School of Food and Pharmaceutical Engineering, Wuzhou University, Wuzhou, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ya Li, Hailin Wu, Jianfeng Liang, et al. Analysis of key compounds and flavor differences across four Liupao tea aroma types via flavoromics and molecular docking. npj Science of Food 2026-09-28. DOI: 10.1038/s41538-026-01166-y. 原著ライセンス:CC BY.