著者の所属・活動拠点の国は、ドイツです。
掲載誌:Journal of Plant Diseases and Protection
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究のねらい
ジャガイモは世界の食料を支える主要作物ですが、さまざまな細菌やカビ(糸状菌)による病気に悩まされています。論文が取り上げたのは、そのうち2種類の糸状菌です。ひとつはアルタナリア・ソラニ(Alternaria solani)で、葉に同心円状の黒っぽい病斑をつくる「夏疫病」の原因菌として知られています。もうひとつはリゾクトニア・ソラニ(Rhizoctonia solani)で、塊茎の表面に黒いかさぶた状の斑点ができる「黒あざ病」や茎の病気を引き起こします。著者らは、こうした感染を早く確実に見つけることが重要だと述べています。
そこで注目されたのが、植物や微生物が放出する揮発性有機化合物(VOC)、つまり空気中に漂う「におい成分」です。感染が起きると、植物や微生物は特徴的なにおい成分の組み合わせを出すことがあり、それが病気の目印になりうると考えられています。ただし、におい成分は種類が多く、さまざまな要因で変わるため、病原菌ごとの特徴を取り出すのは簡単ではありません。
研究チームは以前、ジャガイモがんしゅ病の原因菌の感染に結びつく7種類のにおい成分の組み合わせを、多変量解析を使って見つけ出しています。今回はこの手法を応用し、2種類の菌に感染した塊茎と、人工の培地(LB寒天培地)で育てた菌そのものについて、におい成分の特徴を調べました。目的は、感染によって健康な組織と区別できる、再現性のある「においの指紋」が生じるかを確かめることでした。
どのように調べたか
実験では、リゾクトニア菌に感染させた塊茎、アルタナリア菌に感染させた塊茎、健康な塊茎の3種類を用意し、接種から5日後ににおい成分を測定し、その後2週間にわたって追跡しました。並行して、何も植えていない培地と、それぞれの菌を植えた培地も測定し、菌そのものが出すにおいを調べました。塊茎・培地とも、各条件3個ずつの試料を用いた独立した試験を3回行っています。
塊茎はガラス容器に入れてフィルムで覆い、培地も個別にフィルムで包んで、放出されたにおい成分をためました。それを吸着剤の入った管に集め、ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)という装置で分析しました。これは混ざった成分を一つずつ分けて、それぞれが何の物質かを推定する方法です。
得られたデータは、主成分分析(大量のデータを少数の要素に要約する手法)と線形判別分析(試料をグループに振り分ける手法)を組み合わせて解析されました。データの一部で判別の仕組みを作り、残りのデータでどれだけ正しく分類できるかを確かめています。さらに、グループの区別に大きく寄与した成分を特定し、その物質名を調べました。
主な結果
論文によると、塊茎どうし、培地どうしの組み合わせで行った6通りの比較すべてで、判別の正解率は学習用データ・検証用データともに80%以上となり、6つのグループを安定して区別できました。6グループをまとめて扱った解析でもはっきりと分かれ、塊茎の試料と培地の試料は互いに離れたまとまりをつくりました。
塊茎では、リゾクトニア菌に感染したものだけから、1-オクテン-3-オン、1-オクテン-3-オール、3-オクタノンの3成分が検出されました。これらは炭素を8個もつ「C8オキシリピン」と呼ばれる仲間で、キノコのような香りのもとになる、菌類でよく知られた成分です。著者らによると、先行研究では同じ3成分が菌の純粋培養から見つかっていましたが、今回は実際に塊茎に感染している状態でも出ることが示されました。
アルタナリア菌に感染した塊茎からは、このグループだけに見られる成分が14種類検出されました。そのうち物質名まで特定できたのは、α-ヒマカレン、β-セドレン、ツヨプセン、エレモフィレン、ソラベチボンの5種類です。残りの9種類は名前を特定できませんでしたが、構造の特徴からセスキテルペンと呼ばれる成分群やその関連物質に分類されました。著者らは、最初の4種類がさまざまな菌で報告されているにおい成分である一方、ソラベチボンはジャガイモが病原体などのストレスを受けたときに作る防御物質(ファイトアレキシン)の一種だと説明しています。
一方、培地で育てた菌のにおいは、塊茎に感染したときのにおいとほとんど対応していませんでした。アルタナリア菌の培地からは別の4成分が特有に検出され、リゾクトニア菌の培地には特有の成分が見られませんでした。塊茎で見つかった目印の成分は、どちらの菌でも培地上では検出されませんでした。
研究が示すこと
この研究は、におい成分の分析と統計的な解析を組み合わせることで、健康な塊茎と、2種類の菌それぞれに感染した塊茎をはっきり区別できたことを報告しています。著者らは、得られた成分の特徴が、以前に調べたがんしゅ病のものとも異なっていたことから、この手法で複数の糸状菌による病気を、それぞれ固有のにおいの指紋で見分けられることが示されたとしています。
また、同じ菌でも、人工培地で育てたときと塊茎に感染したときとでは出すにおい成分が大きく異なることも明らかになりました。著者らは、においの出方が宿主や育つ環境に強く左右されるため、診断の目印となる候補成分は、実際の作物と病原菌の組み合わせの中で確かめる必要があると強調しています。
原著論文の著者・所属:Sarah Vermeeren(Institute for Safety and Security Research, Hochschule Bonn-Rhein-Sieg University of Applied Sciences, Von-Liebig-Str. 20, 53359, Rheinbach, Germany)、Markus Witzler(Institute for National and International Plant Health, Julius Kühn Institute - Federal Research Center for Cultivated Plants, Stahnsdorfer Damm 81, 14532, Kleinmachnow, Germany; Institute for Safety and Security Research, Hochschule Bonn-Rhein-Sieg University of Applied Sciences, Von-Liebig-Str. 20, 53359, Rheinbach, Germany)、Carsten Engelhard(Bundesanstalt für Materialforschung und -prüfung (BAM), Richard-Willstätter-Strasse 11, 12489, Berlin, Germany; Department of Chemistry and Biology and Research Center of Micro- and Nanochemistry and (Bio)Technology (Cµ, University of Siegen, Adolf-Reichwein-Str. 2, 57068, Siegen, Germany)、Peter Kaul(Institute for Safety and Security Research, Hochschule Bonn-Rhein-Sieg University of Applied Sciences, Von-Liebig-Str. 20, 53359, Rheinbach, Germany)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Sarah Vermeeren, Markus Witzler, Carsten Engelhard, et al. Chemometric evaluation of volatile organic compounds as diagnostic markers for infections of potato tubers with Rhizoctonia solani and Alternaria solani. Journal of Plant Diseases and Protection 2026-08-21. DOI: 10.1007/s41348-026-01336-w. 原著ライセンス:CC BY.