この研究は、エジプトの研究機関の研究論文です。
掲載誌:BMC Plant Biology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜこの研究が行われたのか
ゼラニウム(Pelargonium graveolens L.)は、地中海地域を原産とする常緑の多年草で、精油を採るために広く栽培されています。この精油にはゲラニオール、シトロネロール、リナロールといった香り成分が多く含まれ、香水や化粧品、アロマセラピーの分野で使われています。論文によれば、ゼラニウム精油には抗酸化・抗菌・抗炎症作用などの生物活性も報告されており、薬用・芳香作物として価値の高い植物とされています。
一方で、栽培の土壌条件が課題になります。砂質土は水分や養分を保つ力が弱いため、塩害や乾燥といった環境ストレスを受けやすく、芳香植物の生産性や精油の品質に悪影響が出ると著者らは述べています。エジプトでは耕作地が国土のわずか4%程度にとどまり、砂質土の農地化が国家的な課題になっていることも、研究の背景として挙げられています。
そこで注目されているのが「バイオスティミュラント」です。これは植物から作られた天然由来の資材で、植物ホルモンやビタミン、アミノ酸、ミネラルなどを含み、生育や養分吸収、ストレス耐性を助けると考えられています。本研究で使われたアゾラ(Azolla pinnata)は水面に浮かぶシダの仲間で、窒素を固定するシアノバクテリア(アナベナ・アゾラエ)と共生し、土壌の窒素供給を高める性質があります。ただし著者らは、アゾラを薬用・芳香植物に用いた研究はこれまでマヨラナでの1件に限られていると指摘しています。もう一方のモリンガ(Moringa oleifera)葉抽出液は、サイトカイニンやオーキシンなどの植物ホルモンを多く含むバイオスティミュラントとしてすでに複数の芳香植物で使われてきました。
著者らが取り組んだのは、この2つを砂質土条件下で比べることです。加えて、芳香植物は1つの栽培期間中に複数回収穫できるという農業上の利点があり、収穫回数が生育や精油の質に影響することが知られています。研究チームは、アゾラとモリンガの抽出液が、2回の収穫にわたってゼラニウムの生産性、生理反応、養分吸収、精油の特性をどう変えるかを比較する目的で実験を設計しました。
何をどう調べたか
実験は2023年と2024年の2つの栽培シーズンにわたって行われました。均一なゼラニウム苗を各シーズンの3月第1週にプラスチック鉢(直径30cm、高さ50cm)に植え、45日後に1鉢3株に間引いたうえで、エジプト・ギザ県の農業気候中央実験施設の温室に移して栽培を続けています。
処理は5種類です。対照区(T1)にはホーグランド処方の完全培養液だけを与えました。T2とT3はアゾラ抽出液をそれぞれ50%、75%の濃度で、T4とT5はモリンガ抽出液をそれぞれ5%、10%の濃度で、いずれも灌水に混ぜて与えています。抽出液は間引き後から生育期間を通じて週1回施用され、根の周りに均一に行き渡るようにしたとされています。アゾラ抽出液は洗浄した生のアゾラ1kgを蒸留水1Lで30分煮出して原液とし、モリンガ抽出液は生葉1kgを水1Lで摩砕・ろ過・遠心分離して原液としたうえで、それぞれ希釈して用いました。抽出液はその都度作りたてを使い、組成の変化を抑えています。
収穫は植え付け後90日と180日の2回で、地表から約5cm上で地上部を刈り、その後の再生を可能にしています。刈り取った草の生重量はその場で測り、乾物重量は一定重量になるまで乾燥させて求めました。葉の光合成色素(クロロフィルa、クロロフィルb、カロテノイド)は分光光度計で測定し、精油は生の地上部250gをクレベンジャー型装置で3時間水蒸気蒸留して採り、その含有率(重量比%)と収量(乾物あたり、g/株)を算出しています。精油の成分はガスクロマトグラフィーおよびGC-MSで分析し、質量スペクトルと保持指標を標準物質や既存のスペクトルライブラリと照合して同定しました。このほか、総フェノール量(フォリン-チオカルト法)、総フラボノイド量(塩化アルミニウム法)、DPPHラジカル消去活性、総炭水化物、粗タンパク質、窒素(N)・リン(P)・カリウム(K)の含有量と吸収量も測定されています。
試験は完全無作為化法で、処理あたり4反復(1反復は8鉢、1鉢3株)です。5つの処理と2回の収穫を組み合わせた2要因の配置とし、2シーズンの平均値を二元配置分散分析にかけて、処理・収穫・両者の交互作用の効果を評価しました。
報告された主な結果
著者らの報告では、アゾラ抽出液もモリンガ抽出液もゼラニウムの生育を有意に高め、最も大きな反応を示したのは10%モリンガ抽出液でした。この処理で2回目の収穫時に、草丈は第1・第2シーズンでそれぞれ114.5cmと119.6cm、分枝数は8.0本と10.3本、生重量は685.3gと677.7g、乾物重量は119.9gと126g(いずれも1株あたり)という最高値が記録されています。対照区と比べると、草丈は2.5〜2.6倍、分枝数は2.1〜2.3倍、生重量・乾物重量は2〜2.1倍に増えたと報告されています。
収穫回による違いも整理されています。生育に関する各形質は、どちらのシーズンでも2回目の収穫のほうが1回目より高い値でした。一方、光合成色素は1回目の収穫のほうが高い値を示しています。精油では、含有率(%)は1回目の収穫のほうが高く、収量は逆に2回目のほうが多いという反対の傾向が見られました。10%モリンガ抽出液を与えた2回目収穫の株で、精油含有率は1.5%と1.3%、精油収量は1.4gと1.7g(1株あたり)という最高値が得られ、対照区に対して含有率は1.1〜1.4倍、収量は1.4〜2.3倍だったとされています。
精油の成分としては、シトロネロール、ゲラニオール、α-グルジュネンが主要成分と同定され、α-ピネン、ミルセン、cis-β-オシメン、メントン、酢酸リナリル、ゲルマクレンD、フェネチルチグレート、α-フムレンなどが少量成分として挙げられました。検出された成分は4つのグループ(モノテルペン炭化水素、含酸素モノテルペン、セスキテルペン炭化水素、含酸素セスキテルペン)に分類され、このうち含酸素モノテルペンが優勢なグループで、残る3グループは少量の画分だったと報告されています。10%モリンガ抽出液を2回目収穫で施用した区では、シトロネロールが774.2mg/株、α-グルジュネンが224mg/株、含酸素モノテルペン全体が1087.8mg/株と最も高くなり、対照区と比べてシトロネロールは2.4倍、ゲラニオールは3.3倍、α-グルジュネンは2.7倍、含酸素モノテルペン全体は2.3倍に増えたとされています。なお、5%モリンガ抽出液を2回目収穫で施用した区では、ゲラニオール(313.2mg/株)やcis-β-オシメン、酢酸リナリル、モノテルペン炭化水素全体が最も高い値でした。α-ピネンについては、無処理の2回目収穫の精油が最も高い濃度(2.4mg/株)を示しています。
生化学的な指標でも、両抽出液の施用によって総フェノール量、総フラボノイド量、DPPHラジカル消去活性、総炭水化物、粗タンパク質がいずれも対照区より増えました。これらはおおむね2回目の収穫で高い値を示し、最高値は10%モリンガ抽出液の2回目収穫で得られています。総フェノール量は16.6mg/gと19.3mg/g(対照比1.5〜1.6倍)、総フラボノイド量は9.4mg/gと10.7mg/g(同1.6〜1.9倍)、ラジカル消去活性は阻害率62.34%と60.2%(同1.7〜1.8倍)、総炭水化物は17.2%と19.3%(同1.3倍)、粗タンパク質は18.8%と18.1%(同1.5〜1.8倍)という値が報告されました。
養分についても、N・P・Kの含有量と吸収量が対照区より高まり、最高値は同じく10%モリンガ抽出液の2回目収穫でした。含有量では、窒素が第1・第2シーズンでそれぞれ3.1%と2.9%に達し、リンは両シーズンとも0.5%、カリウムは両シーズンとも2.5%に達したと報告されています。対照比では窒素が1.5〜1.8倍、リンが2.5倍、カリウムが1.5〜1.7倍とされています。吸収量では窒素吸収が第1・第2シーズンで3.6gと3.7g、カリウム吸収が3.0gと3.2g(1株あたり)に達し、対照比で窒素吸収は3.1〜3.6倍、カリウム吸収は2.9〜3.3倍と報告されました。統計解析では、多くの項目で処理と収穫の効果が高度に有意(P≤0.001)でしたが、交互作用については有意でない項目も含まれており、たとえばクロロフィルaやクロロフィルb、カロテノイド、精油の生産では交互作用に有意な影響は認められなかったとされています。
考察では著者らが、こうした反応の背景として考えられる仕組みを整理しています。アゾラについては、アナベナ・アゾラエとの共生による窒素供給、分解による有機物と養分の供給、含まれるオーキシン・ジベレリン・サイトカイニンなどの植物ホルモンの働きが挙げられ、砂質土のように肥沃度が低く保水力に乏しい条件で養分吸収を改善しうると述べられています。モリンガについては、ゼアチンをはじめとする高濃度のサイトカイニンが細胞分裂や新芽の伸長を促し、葉の老化を遅らせることに加え、多量・微量要素やアミノ酸、ビタミン、抗酸化物質が寄与するという説明が示されています。これらは、本研究で観察された結果を既存の知見と照らして解釈したものです。
この研究が示すもの
この研究は、砂質土という条件のもとで、アゾラとモリンガという2つの天然由来の資材を灌水を通して与えたときに、ゼラニウムの生育、光合成色素、精油の量と成分、抗酸化に関わる成分、養分の吸収がどう変わるかを、2回の収穫にわたって比較したものです。報告された結果では、どちらの抽出液も対照区より各指標を高め、なかでも10%モリンガ抽出液が最も大きな反応を示しました。
もう一つの読みどころは、収穫回によって指標の動き方が一様でなかった点です。精油の含有率は1回目の収穫で高く、収量は2回目で多いという逆の傾向が示されたことは、「濃さ」と「総量」を別のものとして見る必要があることを示唆しています。著者らが強調するように、収穫の頻度は収量と精油の質を左右する要因であり、この研究はその視点を具体的なデータで裏づける報告になっています。
著者:Hala S. Abd-Rabbu(Medicinal and Aromatic Plants Department, National Research Centre, Giza, Egypt)、Fatma S. Aboud(Climate Change Information Center, Renewable Energy, Expert System, Agriculture Research Center, Giza, Egypt)、Khalid A. Khalid(Medicinal and Aromatic Plants Department, National Research Centre, Giza, Egypt. [email protected])
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Hala S. Abd-Rabbu, Fatma S. Aboud, Khalid A. Khalid. Response of geranium to soil applications of Azolla and Moringa extracts: effects on growth, essential oil and physiological parameters. BMC Plant Biology 2026-09-21. DOI: 10.1186/s12870-026-09900-0. 原著ライセンス:CC BY.