著者の所属・活動拠点の国は、アルメニア、ブルガリアです。
掲載誌:Pharmacia
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
抗生物質が効きにくい細菌への新たな手がかりを探る
抗生物質は長く細菌感染症の治療を支えてきましたが、広く使われるうちに、複数の薬が効かない「多剤耐性菌」が増えてきました。特に大腸菌の仲間などのグラム陰性菌が大きな脅威とされています。こうした状況から、抗生物質に代わる、あるいは抗生物質を補う手段への関心が高まっています。
その候補の一つが「ポストバイオティクス」です。生きた菌そのものではなく、不活化した微生物やその成分からなり、宿主に役立つ働きをもつ製剤を指します。乳酸菌は増殖する際に、細菌の増殖を抑える物質を周囲に放出します。代表的なものが、タンパク質や短いペプチドでできた抗菌物質「バクテリオシン」と、菌が外に分泌する糖の大きな鎖「菌体外多糖(EPS)」です。
著者らによると、これまでの研究は主にバクテリオシンが特定の病原菌を抑える効果に集中しており、多剤耐性株を含むグラム陰性菌とグラム陽性菌を幅広く調べた研究は限られていました。そこで研究チームは、6種類の乳酸菌株からバクテリオシンとEPSを取り出し、その抗菌作用を通常の抗生物質と比べることを目的としました。
伝統的な発酵乳の乳酸菌と、幅広い病原菌で比較
使われた乳酸菌は、伝統的な発酵乳から分離された在来の株で、エンテロコッカス・フェシウム3株(KE5、KE13、KE14)、エンテロコッカス・デュランスKE6、ラクトバチルス・ラムノサス2012、ラクトバチルス・ヘルベティカスKG5の6株です。研究チームは乳清をもとにした培地でこれらを培養し、菌を取り除いた液からバクテリオシンとEPSをそれぞれ分離・精製しました。分析の結果、EPSは主にブドウ糖とガラクトースからなる多糖であると報告されています。
試験相手には、国際的な菌株保存機関から入手した標準株を用いました。腸内細菌科(大腸菌、プロテウス・ミラビリス、肺炎桿菌)、ブドウ糖を発酵しない菌(緑膿菌、アシネトバクター・バウマニ)、グラム陽性球菌(黄色ブドウ球菌、肺炎球菌、エンテロコッカス・フェカリス)の3グループです。それぞれ薬がよく効く株と、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)や、強力な抗生物質であるカルバペネム系を分解する酵素をもつ株などの耐性株の両方が含まれます。
抗生物質の効き方は欧州の標準的な基準に従って「感受性」「中間」「耐性」に分類しました。ポストバイオティクスについては、病原菌を一面に塗った寒天培地に試料を滴下し、周囲にできる菌が育たない領域(阻止帯)の大きさで抗菌作用を評価しました。最初の選別段階ではサルモネラ菌を使って有効濃度を調べ、5 mg/mLを以後の比較試験の標準量としています。
バクテリオシンは多糖より強く、株によって差
サルモネラ菌での予備試験では、EPSは多くの株で100 mg/mLの高濃度でほぼ完全に増殖を抑えた一方、E. デュランスKE6のEPSは200 mg/mLでも抑制は約50%にとどまりました。濃度を下げたときの挙動には株ごとの差があり、E. フェシウムKE5のEPSは50〜1 mg/mLの中間的な濃度でも作用が残ったのに対し、L. ラムノサス2012のEPSは100 mg/mLを下回ると急に作用が弱まりました。
バクテリオシンは、10〜50 mg/mLの濃度ではいずれの株由来でも約95〜100%の増殖抑制を示しました。濃度を下げると差が現れ、E. フェシウムKE5由来のものは5 mg/mLでもかなりの作用を保ち、最も持続的な効果を示しました。また、L. ラムノサス2012は分子量の異なる2種類のバクテリオシンをもつことが知られています。研究チームはこの2株を、最終的な比較の対象に選びました。
病原菌の3グループを対象とした比較では、抗生物質は薬が効く対照株にはよく作用したものの、耐性株では効き目が大きく落ちました。たとえば、基質特異性拡張型βラクタマーゼ(ESBL)などの薬剤分解酵素をもつ肺炎桿菌の株では、βラクタム系抗生物質に対する感受性が0%、カルバペネム系では5%と報告されています。6株から得たポストバイオティクス全体を各グループに当てた比較では、バクテリオシンもEPSも抗生物質に比べて作用は限定的で、特にEPSは多くの菌株に効果が見られませんでした。
一方、選ばれたL. ラムノサス2012とE. フェシウムKE5由来のバクテリオシンは、最終比較で試験したすべての病原菌株に対し、耐性の有無にかかわらず一貫した阻止活性(論文では100%)を示したと報告されています。抗生物質ではグループや耐性の型によって効き方が大きくばらついたのとは対照的だったと、著者らは述べています。
試験管内での初期段階の知見
著者らは、この研究の最も重要な成果として、特定の乳酸菌株由来のバクテリオシンが、実験条件のもとで複数の耐性株に対しても一貫した阻止活性を保った点を挙げています。バクテリオシンは小さなペプチドで、細菌の膜に穴をあけるなど直接的に作用すると考えられる一方、EPSは大きな分子で、作用は間接的である可能性があるとしています。ただし、こうした仕組みは今回の研究で直接確かめたものではなく、仮説として示されています。また、分子の大きなEPSは寒天中を広がりにくいため、この試験法では作用が小さく見えた可能性も限界として挙げられています。
結論として著者らは、ポストバイオティクスの抗菌作用は菌株ごとに異なり、抗生物質よりも効く範囲は狭いとしています。今回の結果はあくまで試験管内での予備的な観察であり、治療への応用を判断するには、生体での効果や毒性を調べる必要があると明記されています。研究は、伝統的な発酵乳に由来する乳酸菌が、耐性菌に対する新たな抗菌物質の候補を探す出発点になりうることを示しています。
原著論文の著者・所属:Flora Tkhruni(Probiotic Biotechnology Laboratory, Scientific and Production Center “Armbiotechnology” NSPO, National Academy of Sciences, Yerevan, Armenia)、Svetla Danova(Bulgarian Academy of Sciences, Stephan Angeloff Institute of Microbiology, Sofia, Bulgaria)、Gayane Melik-Andreasyan(National Center for Disease Control and Prevention, SNCO, Ministry of Health, Yerevan, Armenia)、Naira Aleksanyan(National Center for Disease Control and Prevention, SNCO, Ministry of Health, Yerevan, Armenia)、Arevik Israyelyan(Probiotic Biotechnology Laboratory, Scientific and Production Center “Armbiotechnology” NSPO, National Academy of Sciences, Yerevan, Armenia)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Flora Tkhruni, Svetla Danova, Gayane Melik-Andreasyan, et al. Antimicrobial properties of postbiotics of different LAB against multidrug resistance bacteria. Pharmacia 2026-08-24. DOI: 10.3897/pharmacia.73.e189800. 原著ライセンス:CC BY.