ヨーグルトやチーズ、発酵乳製品などに使われるスターター菌やプロバイオティクス菌は、これまでも『どの菌種か』『病原性や毒素産生がないか』『発酵に適した性質を持つか』といった観点で安全性が確認されてきました。しかし近年、これらの食品用微生物の安全性を語るうえで、もう一つの重要な論点が浮上しています。それが抗生物質耐性です。ロシアの乳製品研究機関ВНИИ молочной промышленности(全ロシア乳業研究所)に所属するE.G. Lazareva氏らの研究チームは、スターターおよびプロバイオティクス培養物における抗生物質耐性の評価方法について、国内外の規制・学術動向を整理したレビュー論文を発表しました。
背景にあるのは『ワンヘルス(One Health)』という考え方です。これは人・動物・環境の健康を一体としてとらえる概念で、抗生物質耐性菌がヒトの医療現場だけでなく、食品を介して環境中に広がる可能性も懸念されています。発酵食品に使われる菌が抗生物質への耐性遺伝子を持っていて、それが腸内などで他の菌に伝わってしまうとしたら、食品の安全性という観点から無視できない問題になります。
研究でわかったこと——遺伝子の『出どころ』まで見る必要性
この論文では、FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)による勧告、欧州食品安全機関(EFSA)のQPS(Qualified Presumption of Safety、資格ある安全性推定)制度、米国FDAのGRAS(Generally Recognized As Safe、一般に安全と認められる)の枠組み、カナダ保健省(Health Canada)の対応、さらにユーラシア経済連合(EAEU)とロシア連邦の現行規制という、複数の国・地域の基準が比較検討されています。
そのうえで著者らが強調しているのが、抗生物質耐性の評価は『菌株ごと(strain-specific)』に行う必要があるという点です。具体的には、①抗生物質への感受性を実際に調べる表現型検査、②全ゲノム配列を読み取るホールゲノムシーケンシング、③検出された耐性遺伝子(ARG:antibiotic resistance genes)の周辺にどんな遺伝子配列があるかを調べる『遺伝的背景』の解析、④実際の製造ロットを対象にした継続的なモニタリングという、複数の手法を組み合わせた評価スキームが最も科学的に妥当だとされています。
特に論文が重視しているのが、『生まれつき持っている耐性(natural/intrinsic resistance)』と『後天的に獲得した耐性(acquired resistance)』の区別です。前者はその菌種がもともと持っている性質であり、他の菌へ伝わる心配は基本的にありません。一方、後者はプラスミドやトランスポゾン、インテグロンといった『動く遺伝因子(mobile genetic elements、MGE)』に乗っている場合があり、これらは細菌同士の間で遺伝子を水平に受け渡す仕組み(水平伝播)に関わることが知られています。論文では、単に『抗生物質が効きにくい』という表現型の結果だけを見ても、その耐性が他の菌に伝わるリスクがあるかどうかは判断できないと指摘されており、耐性遺伝子がどのような遺伝的環境に置かれているか、MGEと関連しているかまで分析して初めて、伝播リスクを評価できるとしています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この論文は、実験によって新しい菌株を調べたものではなく、既存の国際的な規制文書や学術文献を整理・分析したレビュー(総説)です。そのため、特定の乳酸菌やビフィズス菌が実際にどの程度の耐性を持っているかといった個別データが示されているわけではありません。あくまで、スターター・プロバイオティクス菌の安全性評価をどのような枠組みで行うべきかという、方法論・制度面の議論が中心になっている点に注意が必要です。
著者らは、ARG(耐性遺伝子)とMGE(動く遺伝因子)のプロファイルを、微生物株の『パスポート化(証明書付与)』の仕組みに追加基準として組み込むことが、ゲノムレベルでの安全性確認やトレーサビリティ(追跡可能性)、そして国際的な評価手法との整合性を高めるうえで有益だと結論づけています。
まとめ
発酵食品に使われる微生物の安全性評価は、菌種の同定や病原性の有無だけでなく、抗生物質耐性遺伝子の有無とその『伝わりやすさ』まで視野に入れる方向に広がりつつあることが、今回のレビューから見えてきます。今回の論文は特定の実験結果を示すものではなく、国際的な規制動向を踏まえた評価の枠組みを提案する一つの研究であり、これによって発酵食品の安全性に関する結論が確定したわけではありません。今後、実際の菌株を対象にした全ゲノム解析や表現型検査の蓄積が進むことで、こうした評価スキームの実用化がどう進んでいくか注目されます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:E.G. Lazareva, Дарья Дмитриевна Коваль, Алексей Владимирович Хан, et al. Антибиотикорезистентность как критерий безопасности заквасочных и пробиотических культур. 食品加工産業 (2026). DOI: 10.52653/ppi.2026.9.9.015.