著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Frontiers in nutrition
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
研究の目的
食パンの香りは、品質の印象を左右する大切な要素です。香りは、酵母による発酵の段階と、焼成中の加熱反応の段階の両方で生まれます。これまでパンの香りを改善する工夫は、主に発酵条件の調整に向けられてきました。一方、植物由来の食材を直接加えて香りを変える方法は、あまり調べられていません。
研究チームが注目したのは、熟した柑橘の果皮を乾燥・熟成させた食材「陳皮(ちんぴ)」です。陳皮は独特の香りを持ち、香り成分の中心はテルペン類と呼ばれる化合物群で、とくにD-リモネンが多いことが知られています。ただし、陳皮の粉末をパンに加えたときの香りの変化を、添加量ごとに、人の感覚と化学成分の両面から調べた研究は限られていました。著者らは、小麦粉の一部を陳皮パウダーに置き換えた食パンを作り、焼き上がりの品質と香りがどう変わるかを総合的に調べることを目的としました。
何をどのように調べたか
研究チームは、中国・江門市新会区産の陳皮から内側の白い部分を除き、乾燥・粉砕して粉末にしました。予備試験の結果をもとに、小麦粉の0%、1%、2%、3%を陳皮パウダーに置き換えた4種類の食パンを作りました。粉の合計量とその他の材料・製法はすべてそろえています。
焼き上がったパンについて、体積や高さ、色、硬さなどの食感を測定しました。香りは、経験のある11人の評価者による官能評価(人が香りを嗅いで点数をつける評価)に加え、複数のセンサーで香り全体のパターンをとらえる「電子鼻」で調べました。さらに、ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)という方法で香り成分を一つずつ分けて検出し、その量を推定しました。各成分の量を「人が匂いを感じ取れる最小濃度」で割った「匂い活性値(OAV)」も計算し、香りに寄与しうる成分を絞り込みました。なお、論文では、成分量は基準物質を用いた半定量による推定値であり、OAVも主に候補成分の選び出しやグループ間の比較のために使ったと説明されています。
主な結果
官能評価では、陳皮パウダーを増やすほど陳皮らしい香りの強さが高まり、2%と3%のグループで有意に高い点数になりました。パンらしい焼けた香りの強さは、グループ間であまり変わりませんでした。香りの調和や澄んだ印象は2%のグループで比較的良好でした。3%では2%より低くなり、著者らは2%が陳皮の香り、調和、純粋さ、豊かさのバランスがとれた添加量だと判断しています。
一方で、焼き上がりの品質には影響が出ました。重さあたりの体積(比容積)とパンの高さは、0%と1%の間では有意な差がありませんでした。しかし2%と3%では有意に低下しました。パンの断面は黄色みが増し、3%で最も暗い色になりました。食感では、硬さが0%の7.41Nから3%の9.37Nへ、かみごたえの指標も47.18mJから57.80mJへ高まりました。弾力性には有意な差がありませんでした。著者らは、小麦粉が置き換わることでグルテンが薄まり、陳皮に含まれる食物繊維などが水分を奪い合うことが関係している可能性を挙げています。ただし、これらの仕組みはさらに検証が必要だとしています。
電子鼻の分析では、陳皮を加えていないパンと、陳皮を加えたすべてのパンの香りのパターンがはっきり分かれました。また、1%、2%、3%の間でも違いが見られ、添加量を増やすと香りが単に強まるだけでなく、香りの組み立て自体が変わる様子が示されました。
GC-MSでは、合計33種類の香り成分が検出されました。陳皮を加えていないパンではアルコール類が中心で、テルペン類は検出されませんでした。陳皮を加えたパンでは、テルペン類が主要な成分となりました。その量は1%、2%、3%でそれぞれ約3,024、6,746、8,426μg/kgと推定され、香り成分全体のおよそ66〜87%を占めました。中でもD-リモネンが圧倒的に多く、テルペン類の約9割を占めました。ただし、2%と3%の間でD-リモネン量に有意な差はありませんでした。OAVの分析でも、D-リモネンは陳皮を加えたすべてのパンで1を大きく上回り、陳皮らしい柑橘の香りに関わる主な成分と位置づけられました。ほかのテルペン類はOAVが1未満で、単独での寄与は限られると考えられています。
陳皮を加えたパンでは、アルコール類やアルデヒド類の検出量が下がりました。2%と3%ではエステル類が増えました。著者らは、アルコール類の減少は主に1-ペンタノールが検出されなかったことによるもので、アルコールの生成そのものが抑えられたとは解釈すべきでないと注意しています。また、脂質の酸化が抑えられたかどうかは、今回の測定では判断できないとしています。
研究が示すこと
この研究は、陳皮パウダーを小麦粉の一部と置き換えると、D-リモネンを中心とするテルペン類によって食パンに陳皮らしい柑橘の香りが加わり、香りの構成が大きく変わることを、官能評価と機器分析の両面から示しました。一方で、添加量を増やすとパンのふくらみが小さくなり、食感が硬くなるという側面も確認されました。著者らは、香りと品質のバランスから2%程度を比較的適した添加量としています。なお、今回の分析は焼き上げて1時間冷ました直後のパンを対象としており、保存中に香りがどれだけ保たれるかは、この研究では明らかにされていません。
原著論文の著者・所属:Jiang Y(School of Food Engineering, Guangdong Teachers College of Foreign Languages and Arts, Guangzhou, China.)、Yang H(School of Food Engineering, Guangdong Teachers College of Foreign Languages and Arts, Guangzhou, China.)、Hu Y(School of Food Engineering, Guangdong Teachers College of Foreign Languages and Arts, Guangzhou, China.)、Lin Y(School of Food Engineering, Guangdong Teachers College of Foreign Languages and Arts, Guangzhou, China.)、Hu E(College of Culinary and Food Science Engineering, Sichuan Tourism University, Chengdu, China.)、Shi Q(Sichuan Digital Economy Industry Development Research Institute, Chengdu, China.)、Hu J(Cuisine Science Key Laboratory of Sichuan Province, Sichuan Tourism University, Chengdu, China.)、Zhang H(Cuisine Science Key Laboratory of Sichuan Province, Sichuan Tourism University, Chengdu, China.)、Yi Y(Cuisine Science Key Laboratory of Sichuan Province, Sichuan Tourism University, Chengdu, China.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jiang Y, Yang H, Hu Y, et al. Effects of <i>Citri Reticulatae Pericarpium</i> powder on the baking quality and volatile flavor compounds of toast bread. Frontiers in nutrition 2026-10-06. DOI: 10.3389/fnut.2026.1964585. 原著ライセンス:CC BY.