この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Metabolites

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜ葉酸に注目するのか

2型糖尿病は、インスリンの効きが悪くなる「インスリン抵抗性」と、インスリン分泌の低下によって起こる慢性の代謝疾患です。著者らによれば、病気の初期には筋肉・脂肪組織・肝臓でインスリンの感受性が下がり、血糖を下げる働きが鈍ります。それを補うために膵臓が過剰にインスリンを出す状態が続き、やがて腎症・網膜症・末梢神経障害といった細い血管や神経の合併症につながります。

葉酸はビタミンB9の総称で、サプリメントや強化食品に使われる合成型は葉酸(フォリックアシド)と呼ばれます。細胞の増殖や、硫黄を含むアミノ酸の代謝に必要な栄養素です。体内に入るとテトラヒドロ葉酸を経て、MTHFRという酵素の働きで5-MTHFという主要な活性型になります。

この総説の著者らは、葉酸は従来「血糖値に直接は影響しない」と考えられてきたと述べています。しかし近年の研究では、2型糖尿病患者の血糖の状態やインスリン抵抗性の改善、糖尿病の予防、糖尿病性末梢神経障害の管理に葉酸が関わる可能性が報告されてきました。そこで著者らは、葉酸が2型糖尿病とその合併症にどう関与するのか、生物学的な役割としくみを整理することを目的としています。

報告されている観察結果

著者らがまとめた臨床研究では、2型糖尿病の患者は血清葉酸の値が低く、水溶性ビタミンが不足しがちであることが繰り返し報告されています。新たに2型糖尿病と診断された人と、年齢・性別を合わせた健康な人を各50人集めたオマーンの研究では、患者群で血清葉酸とビタミンB12が低く、ホモシステインという物質が高い状態(高ホモシステイン血症)がみられたと紹介されています。なぜ葉酸が低いのかは完全には解明されていませんが、糖尿病モデルのラットでは血液や肝臓中の濃度はほぼ変わらず尿中への排泄が増えていたことから、著者らは尿からの排出増加が一因ではないかと述べています。加えて、高血糖によるビタミンの消費、果物や野菜を控える食事制限、メトホルミンなど吸収を妨げる薬の影響も挙げられています。

合併症との関係も整理されています。米国の大規模調査(NHANES)のデータを用いた前向きコホート研究では、2型糖尿病患者8067人の解析で、血清葉酸が低いことと心血管疾患による死亡率の高さが有意に関連していたと報告されています。末梢神経障害については、多数の研究をまとめたメタ解析で、2型糖尿病に神経障害を併発した患者では血清葉酸とビタミンB12がさらに低いという結果が紹介されています。認知機能に関しても、2型糖尿病患者では葉酸が低く、認知機能障害を伴う患者ではさらに低いという報告や、葉酸欠乏食を長期に与えたマウスで不安に似た行動や空間学習・記憶の障害が現れたという動物実験が引かれています。ここで重要なのは、これらの多くは「関連」の報告であり、因果関係が確定したものとして示されているわけではない点です。

一方、妊娠糖尿病については方向の異なる知見が並びます。4万人規模のコホート研究や複数の研究をまとめた解析では、妊娠中の葉酸が高いこと、とくにビタミンB12が不足したまま葉酸が高い組み合わせが、妊娠糖尿病のリスク上昇と関連していたと報告されています。赤血球中の葉酸が200 ng/mL増えるごとにリスクが8%高まるという推定も紹介されています。他方で、葉酸サプリメントを摂らない場合にもリスクが上がるという症例対照研究があり、著者らは「不足も過剰もどちらも望ましくない」とまとめています。

想定されているしくみ

著者らは、葉酸が関わる経路を複数挙げています。中心にあるのは「一炭素代謝」と呼ばれるしくみです。葉酸はメチル基(炭素1個を含む小さな化学の部品)を渡す役割を担い、核酸の合成、アミノ酸のバランス、DNAのメチル化、酸化への防御などに関与します。葉酸が足りないとホモシステインがメチオニンへ戻れず蓄積し、酸化ストレスや慢性的な炎症を引き起こして、膵臓β細胞の機能を損ねたりインスリン抵抗性を悪化させたりすると説明されています。

葉酸代謝の律速酵素であるMTHFRの遺伝子多型も取り上げられています。ある研究では、MTHFRの677T型を持つ人で糖尿病リスクが4倍高かったと報告されています。また、DNAのメチル化を介した経路も紹介されており、2型糖尿病患者の肝臓では重要なCpG部位の94%でメチル化が低下しており、血中葉酸の低下がこの低メチル化を部分的に説明しうると述べられています。炎症や酸化ストレスへの作用としては、高グルコース環境の細胞に活性型葉酸を加えると炎症関連タンパク質の発現が下がったという培養実験などが引かれています。

補充の効果については結論が分かれる

治療としての葉酸補充について、著者らは一致していない結果を並べています。糖尿病患者2万人超を含む18研究のメタ解析では、葉酸補充(1日0.15〜15.00 mg)が空腹時血糖、インスリン抵抗性、インスリン値を下げる可能性が示されました。別のメタ解析では、空腹時インスリンとHOMA-IR(インスリン抵抗性の指標)は下がったものの、空腹時血糖やHbA1cには全体として効果がなかったと報告されています。

逆の結果もあります。心血管疾患のリスクが高い女性を対象とした研究では、葉酸とビタミンB6・B12を毎日補充してホモシステインを下げても2型糖尿病のリスクは減りませんでした。軽度の高ホモシステイン血症のある患者に6か月間葉酸を投与した研究でも、血管内皮機能や低度の炎症の指標は改善しなかったと紹介されています。中国の成人を対象とした横断研究では、糖尿病患者の葉酸値が対照より高く、食事からの葉酸摂取がリスク上昇と関連していたという報告もあります。著者らは、こうしたばらつきの一因として、多くのデータが大規模な無作為化比較試験ではなく観察研究に由来することを挙げ、葉酸補充を治療として位置づけるにはより大規模な臨床研究が必要だと述べています。

この整理が示すこと

この総説が描き出しているのは、栄養素としてなじみのある葉酸が、2型糖尿病の成り立ちと合併症に思ったより深く関わっている可能性です。ホモシステインの代謝、DNAのメチル化、炎症や酸化ストレスといった複数の経路を通じて、代謝の状態と結びついていることが示されています。

同時にこの整理は、観察された関連の多さと、介入して効果を確かめた結果の少なさとの落差も浮かび上がらせます。妊娠糖尿病で不足も過剰も好ましくないとされるように、「多いほど良い」という単純な図式では捉えられません。著者らが葉酸を有望な標的として挙げつつ、結論を留保しているのは、この落差を踏まえた判断だと読めます。

著者:Xiaoyu Xiao(School of Medicine, Yangtze University, Jingzhou 434020, China)、Siyi Qin(School of Medicine, Yangtze University, Jingzhou 434020, China)、Zijian Jiang(School of Medicine, Yangtze University, Jingzhou 434020, China)、Yuhui Huo(School of Medicine, Yangtze University, Jingzhou 434020, China)、Junlin Li(School of Medicine, Yangtze University, Jingzhou 434020, China)、Minlan Yang(School of Medicine, Yangtze University, Jingzhou 434020, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Xiaoyu Xiao, Siyi Qin, Zijian Jiang, et al. Folate: An Emerging Target in Type 2 Diabetes Mellitus and Its Complications. Metabolites 2026-09-17. DOI: 10.3390/metabo16090685. 原著ライセンス:CC BY.