著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Foods
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
豚肉の品質は、やわらかさ、加熱時に重さがどれだけ保たれるか、肉色、pH、筋肉内の脂肪(筋肉内脂肪)、脂肪酸やアミノ酸の組成など、多くの性質が組み合わさって決まります。品種による遺伝的背景や改良の方向性の違いは、筋肉の成長や脂肪のつき方、栄養素の代謝に影響し、品種ごとの肉質の特徴につながると考えられています。
研究チームが取り上げたのは、中国東北部の遼寧省で地域的に作出された二つの品種、遼丹黒豚(LDM)と新金豚(XJM)です。論文によると、遼丹黒豚は遼寧黒豚の雌とデュロック種の雄の交配をもとに、戻し交配と選抜を重ねて作られ、2021年に国の品種認定を受けました。新金豚は旧新金県・金県を起源とする品種で、黒を主体とした毛色に、鼻先や尾の先、脚の下部に白い模様が出ることが多いとされています。
肉質の形成には、遺伝子の働き(転写)、タンパク質の量、小さな分子の代謝といった複数の段階の変化が関わります。著者らは、これまでの研究が在来豚と赤身型の商業豚の比較や、筋肉内脂肪・風味など個別の性質に偏りがちで、一般的な肉質指標、脂肪酸・アミノ酸組成、そして遺伝子・タンパク質・代謝物の網羅的データを一緒に扱った研究は限られていると指摘しています。そこで本研究は、同じ飼育条件で育てた二品種の豚の筋肉を比較し、肉質の違いに関連する分子的な特徴を探ることを目的としました。
何をどのように調べたか
両品種の雌豚を同じ農場で、同じ飼育手順と同じ飼料のもとで育てました。品種ごとに1つの囲い(各20頭)で飼育し、生後6か月の時点で各品種から無作為に3頭ずつを選んで、LTL筋と呼ばれる筋肉の試料を採取しています。と畜前の平均体重は遼丹黒豚が118キロ、新金豚が120キロでした。
肉質としては、筋肉内脂肪の含量、肉を切るのに必要な力(せん断力。値が低いほどやわらかいことを示します)、加熱後に残る重さの割合(加熱歩留まり)、肉色、と畜後45分のpHを測定しました。あわせて脂肪酸とアミノ酸の組成も調べています。
さらに、筋肉で働いている遺伝子を網羅的に調べる「トランスクリプトーム解析」、タンパク質の量を網羅的に測る「プロテオーム解析」、小さな分子である代謝物を網羅的に測る「メタボローム解析」を行い、これら三つのデータを統合して、肉質の違いと結びつく分子の候補を絞り込みました。このように複数の層のデータを組み合わせる手法は「マルチオミクス統合」と呼ばれます。
主な結果
肉質では、新金豚のほうが筋肉内脂肪が有意に多く、せん断力が低い、つまりやわらかいという結果でした。一方、加熱歩留まりは遼丹黒豚のほうが高く、新金豚は加熱時に重さが減りやすいことが示されました。肉色とと畜後45分のpHには差が見られませんでした。
脂肪酸では、いくつかの項目で見かけ上の差がありましたが、多数の比較を同時に行うことによる偶然の差を補正した後も有意だったのはオレイン酸だけで、新金豚のほうが多く含んでいました。アミノ酸組成では、新金豚でセリン、アルギニン、プロリン、メチオニン、フェニルアラニンが多く、遼丹黒豚でイソロイシンとロイシンが多いと報告されています。なお、代謝物としてのアルギニンやプロリンは逆に遼丹黒豚で相対的に多めでしたが、著者らは、タンパク質を分解して測る全体の組成と、筋肉から抽出される小分子を測る方法とでは見ている対象が異なるため、必ずしも矛盾しないと説明しています。
分子レベルでは、両品種の間で働きの異なる遺伝子が5678個、量の異なるタンパク質が533個(2067個中)、量の異なる代謝物が622個(推定で同定された1844個中)見つかりました。遺伝子とタンパク質の両方で差のあった258項目のうち、変化の向きがそろっていたのは139項目(53.9%)で、著者らは遺伝子の働きの変化が必ずしもタンパク質量の違いを予測しないことを示すとしています。遺伝子の結果の一部は別の測定法(qPCR)でも同じ傾向が確認されました。また、遼丹黒豚ではコラーゲンなど細胞外の支持構造に関わる遺伝子の働きが高いことも報告されています。
統合解析では、遺伝子とタンパク質の両方で同じ向きに変化した項目のうち、酵素としての注釈と差のあった代謝物とのつながりから、9つの候補分子が挙げられました。統計的な検定の結果、候補タンパク質の量をまとめたパターンは筋肉内脂肪と関連し、差のあった代謝物のパターンは加熱歩留まりやせん断力と関連していました。一方、候補遺伝子の働きのパターンについては、肉質との統計的に有意な関連は見られませんでした。さらに、多重比較の補正をかけた相関の解析では、GOT1とGLO1というタンパク質の量がせん断力と加熱歩留まりの両方と負の相関を示し、ESDというタンパク質の量は筋肉内脂肪と正の相関を示しました。著者らは、やわらかさ、加熱時の性質、脂肪のつき方に関わる分子的特徴が同じではなく、これらは互いに関連しながらも別々の要素であると解釈しています。
研究が示す意味
この研究は、同じ条件で育てた二つの地域品種の豚肉について、新金豚は筋肉内脂肪とオレイン酸が多くやわらかい一方、遼丹黒豚は加熱時に重さを保ちやすいという特徴の違いを示し、その背景にある可能性のある分子の候補を複数の層から挙げました。
ただし著者らは、これが探索的な研究であることを強調しています。分析は各品種3頭に基づいており、血縁関係も確認できていません。また各品種が1つの囲いで飼われていたため、品種の違いと囲いの環境の違いを切り分けられません。そのため、得られた差は今回の飼育条件下での二つの群の違いとして読むべきもので、見つかった関連は今後検証されるべき仮説として位置づけられています。
原著論文の著者・所属:Zhanpeng Jia(College of Animal Science & Veterinary Medicine, Shenyang Agricultural University, Shenyang 110866, China)、Yujinhe Tian(College of Animal Science & Veterinary Medicine, Shenyang Agricultural University, Shenyang 110866, China)、Yuqiao He(College of Animal Science & Veterinary Medicine, Shenyang Agricultural University, Shenyang 110866, China)、Xianjun Liu(College of Animal Science & Veterinary Medicine, Shenyang Agricultural University, Shenyang 110866, China)、Fubo Qiao(College of Animal Science & Veterinary Medicine, Shenyang Agricultural University, Shenyang 110866, China)、Wen Li(College of Animal Science & Veterinary Medicine, Shenyang Agricultural University, Shenyang 110866, China)、Jing Chen(College of Animal Science & Veterinary Medicine, Shenyang Agricultural University, Shenyang 110866, China)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Zhanpeng Jia, Yujinhe Tian, Yuqiao He, et al. Multi-Omics Integration Reveals Molecular Signatures Associated with Pork Quality Differences Between Liaodan Black and Xinjin Pigs. Foods 2026-10-15. DOI: 10.3390/foods15203656. 原著ライセンス:CC BY.