著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Theoretical and Natural Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ発酵食品の「タンパク質分解酵素」に注目するのか
しょうゆやみそ、納豆、魚醤、発酵ソーセージ、チーズなどの伝統発酵食品には、多様な細菌、カビ、酵母が生きています。発酵の過程で特に重要な反応の一つが、タンパク質がペプチド(アミノ酸が短くつながったもの)や遊離アミノ酸へと分解されていく「タンパク質分解」です。この反応は、消化のしやすさ、食感、うま味や香り、さらに生理的な働きをもつペプチドの生成にも関わります。その分解を担う酵素がプロテアーゼです。
この論文は、新しい実験結果を報告する研究ではなく、伝統発酵食品から新しいプロテアーゼの遺伝子を探し出し、その働きを確かめる研究の現状をまとめた総説です。著者は、高い塩分や酸性、水分の少なさ、温度の変動といった発酵特有の環境に適応してきた微生物の酵素は、安定性や分解する相手(基質)の選び方に役立つ性質をもつ可能性があり、食品用酵素を探す資源として価値があると位置づけています。
一方で著者は、遺伝子の配列から「プロテアーゼらしい」と予測できても、それだけでは実際に酵素として働くことや、食品加工で役立つことは示せないと強調しています。遺伝子、酵素、分解される基質、そして食品の性質の変化を、実験で裏づけながら結びつけることが中心的な課題だと述べています。
探し方の変化と、植物性・動物性の発酵食品が持つ資源
従来は、微生物を分離・培養し、モデルとなるタンパク質を分解する力を測って有望な株を選ぶ方法が主流でした。ただしこの方法では、培養できる微生物しか対象にできません。現在は、ゲノム解析に加え、食品中の微生物全体の遺伝子をまとめて読むメタゲノム解析、実際に働いている遺伝子や作られているタンパク質を調べる解析、生じたペプチドを網羅的に調べるペプチドミクスなどを組み合わせる流れが進んでいると、論文は整理しています。著者は、培養に基づく選抜と配列からの探索を対立させるのではなく、補い合うものとして組み合わせるべきだとしています。
植物性の発酵食品、特に大豆を原料とするしょうゆ、みそ、豆豉、腐乳、納豆、テンペ、キネマなどについては、バチルス属の細菌やアスペルギルス属、リゾプス属のカビなどが重要なプロテアーゼの供給源とされています。紹介されている例の一つが、アスペルギルス・ニガー由来の塩に強いプロリルエンドペプチダーゼです。この酵素は、しょうゆで二次的な沈殿の原因となる大豆タンパク質のB3サブユニットを分解し、超音波処理でその分解がさらに進んだと報告されています。
動物性の発酵食品、たとえば発酵魚、魚醤、エビペースト、発酵肉、乾燥ソーセージ、伝統的なチーズでは、乳酸菌、テトラジェノコッカス属、ブドウ球菌属、バチルス属、酵母、カビなど多様な微生物が関わります。こちらは原料自体の酵素と微生物の酵素が同時に働くため、どの酵素が何をしているのかを見分けるのがより難しいと著者は指摘しています。そのため、まず実際の性質で株を選び、その後にゲノム解析と安全性評価を行う手順が特に重要だとし、検出される遺伝子の数を増やすことよりも、加工上の目的に合う性質と安全性をもつ酵素を見つけることを優先すべきだと述べています。
候補の酵素を「食品で役立つ」と確かめるには
論文は、候補遺伝子を見つけた後の機能評価の流れも整理しています。遺伝子を大腸菌や枯草菌、酵母などの宿主に導入して酵素を作らせ、精製して分解活性を確認し、最適な温度やpH、熱や塩への耐性、金属イオンや阻害剤の影響、どのタンパク質をよく分解するかを調べます。
著者が特に重視しているのは、実験室で使う標準的な基質だけでなく、大豆のグリシニン、カゼイン、ホエイタンパク質、コラーゲン、筋肉や魚のタンパク質など、目的の食品に関係する本物のタンパク質で評価することです。さらに、高い塩分、少ない水分、脂質や発酵中の代謝物などが混在する実際の食品の中で、タンパク質の分解の程度、生じるペプチド、風味、食感、栄養面への影響、好ましくない物質の生成を確かめる必要があるとしています。
また著者は、最も活性の高い酵素が最良とは限らないと述べています。分解が進みすぎると、苦味のあるペプチドができたり、組織が軟らかくなりすぎたり、好ましくない含窒素化合物が増えたりするおそれがあるためです。活性がほどほどでも、狙った基質を分解し、加工条件で安定し、望ましいペプチドを生む酵素の方が価値が高い場合があるという見方を示しています。
残された課題と、この総説が示す方向性
著者は、配列解析で見つかる候補遺伝子の数が、実験で機能が確かめられる数を大きく上回るようになったことを、この分野の大きな課題として挙げています。同じ系統の酵素でも働きや分解する相手が大きく異なること、複雑な微生物群集の中で遺伝子がどの微生物に由来するかを決めにくいこと、培養できない微生物の遺伝子は別の宿主で酵素として作らせることが難しい場合があることなどが具体的に指摘されています。
そのうえで、複数の解析を組み合わせ、遺伝子の存在だけでなく、実際に働いていること、タンパク質として検出されること、基質の分解や風味の変化と対応していることなど、複数の証拠がそろった候補を優先して検証すべきだとしています。AIによる候補の絞り込みや、タンパク質を改変する技術、大量の候補を効率よく試す手法も役立ちうるとしつつ、AIはあくまで支援の道具であり、生化学的な検証の代わりにはならないと位置づけています。実用化の前には、病原性に関わる遺伝子や薬剤耐性遺伝子、苦味、アレルギー性、生体アミンの生成などの安全性・官能面の評価が必要だとも述べています。
この総説から伝わるのは、伝統発酵食品が、長い時間をかけて食品に関わる厳しい条件のもとで微生物と酵素が選ばれてきた資源だという見方です。ただし、その資源を生かすには、遺伝子をたくさん見つけることよりも、特定の食品加工の目的に合う酵素を実験で確かめながら選び出すことが重要だというのが、著者の主要な主張です。
原著論文の著者・所属:Yuxin Jia(Qingdao Agricultural University)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Yuxin Jia. Current Status, Challenges, and Future Trends in Mining and Functional Characterization of Novel Protease Genes in Traditional Fermented Foods. Theoretical and Natural Science 2026-10-27. DOI: 10.54254/2753-8818/2026.38372. 原著ライセンス:CC BY.